第22話 話せない2人
上井くんに、一緒に帰るのを一旦中断して、落ち着いたら再開しよう…って告げた翌日の朝。
アタシは部活に出るために、いつも通りに学校に着いた。
「おはよー」
「あっ、チカちゃん!ちょっとこっち来て!」
「なっ、なに?」
朝、アタシが部活に出るために音楽室に着くや、ケイちゃんが凄い勢いでアタシの腕を掴み、アタシは音楽室の外へ再び連れ出された。
「どしたん?何かあったの?」
「チカちゃん、呑気だねぇ…。まさか、上井くんともう別れてはないよね?」
「えーっ?別れてなんかないよ?なんで?」
「本当に?」
「うん、本当」
「だってね、アタシ今朝は珍しく早起きしたけぇ、早く音楽室に着いたんよ。一番乗り!で、二番乗りが上井くんじゃったの。だけどアタシが『上井くん、おはよっ!』って声掛けても、下向いたまま小さな声で『おはよ…』ってやっと返事してるような状態だったの。昨日は富山とかいう遠距離から帰ったばかりなのに元気だった上井くんが、なんで今日になってオバケみたいになってるの?って考えたら、昨日チカちゃんと帰り道で何かあったに違いない!って、アタシの勘ピューターが結論を出したのよ。ね、昨日何があったの?」
ケイちゃんは一気にアタシに対して、疑問をぶつけてきた。
「えっ…」
アタシは次の言葉が出て来なかった。
(2人で帰るのをしばらく止めようって言ったせいなのかな…。でも…上井くんも納得してくれたと思ったのにどうしよう…。だけどケイちゃんにはちゃんと言わないと、このままじゃ収まらないわ、きっと)
横目で上井くんを見たら、いつもとは違う方を向いて、パリトンサックスの準備をしていた…。つまり、練習中にアタシが見えない方を向いて…。
「本当に別れてないの?」
「うっ、うん…」
「でも上井くんのあの落ち込みようは、神戸千賀子と何かあったからとしか思えないよ、アタシは。誰にも言わんけぇ、昨日何があったのか、教えてよ」
「ケイちゃんには…他の誰よりもちゃんと言わなくちゃいけないね…。実はね、アタシ、昨日の帰りに、しばらく2人で帰るのを止めようって、上井くんに言ったの」
「はぁっ?なんでそんなこと言うの?なんでそんなこと1人で決めたの?まだ付き合い始めて2週間だっけ?一番楽しい時期じゃん。何回一緒に帰ったの?ほんの数回じゃない?なのに、なんで上井くんを地の底へ落とすようなこと、言ったりしたのよ?」
ケイちゃんは本気で怒ってた。アタシは少しずつ、事の重大さを認識し始めた。
「あっ、あのね…」
アタシは上井くんに昨日説明したのと同じことを、ケイちゃんに話した。
「そんなの些細な、どーでもいいことじゃん!そんなことでイチイチ傷付いたのなんだの言ってたら、アタシは今頃死んでるよ?どれだけ北村先輩とのことでアチコチから色々言われたやら…。とにかく、今日のチカちゃんの仕事は、昨日はごめんね、やっぱり一緒に帰ろうって、上井くんに言うこと!」
「でっ、でもっ」
「あのさ、アタシが前に言ったこと覚えてる?上井くんは基本的にポジティブに振る舞ってるけど、心の奥には今までの傷が何処かに残ってて、何かのキッカケでそのネガティブな部分が表に出てくると、とことんまで落ち込んじゃうんだよ!」
「…確か、春先にケイちゃんのことを、上井くんが好きだった時の話だよね」
「う、うん。アタシが北村先輩と付き合ってるのは噂だけで、本当は付き合ってないんじゃないか?って思って、アタシのことを好きでいてくれた時。卒業式の後にアタシと北村先輩が抱き合ってる場面を見ちゃったから、上井くんは…アタシが言うのも変じゃけど、失恋した形になって、その後アタシをずーっと避け続けたことがあったでしょ?」
「ケイちゃん、悩んでたもんね」
「今、まさにその再現が起きようとしてるのよ?きっと上井くんはああいう性格じゃけぇ、物凄い自分を責めてるはず。チカちゃんに対して何か悪いことをしたんだ、だから距離を置こうって言われたんだ、もう駄目だ…って。チカちゃん、このままだと上井くんから避けられ続けるよ?」
既に上井くんは、練習中にアタシの顔が見えないように、昨日までとは椅子の向きを変えていた。避けられ始めてる…。
「そんな…。アタシ、上井くんのこと、好きだもん。上井くんは何も悪くないよ」
「だったら、そう言ってあげなよ。このままだと、せっかく付き合ったのに2週間でオシマイになるよ?上井くんのことを好きなのに、神戸先輩と付き合ったからって上井くんのことを諦めてた1年、2年の女の子達は、2人が別れたって知ったら、すぐ行動を起こすよ?それに文化祭での引退まで、いや、2人は同じクラスじゃけぇ、卒業式までずっと気まずい関係が続くんよ?」
「…アタシは、そんな深いことまで考えてなかった…。周りから色々茶化されるのが嫌だった、ただそれだけなの…」
「そう思うのも分からなくもないけど、なんでアタシに相談もなく、いきなり上井くんに一緒に帰るのは止めようなんて言ったの?何かあったら上井くんを知り尽くしてるアタシが相談に乗るよ!って言ってたのに…」
アタシは本当に軽い気持ちで、一緒に帰ってる時の事を茶化されるのが嫌なだけだから、2人で帰るのだけは止めるけど、別れる訳じゃないし、部活の昼休みとかに話せると思ってた。
でもよく考えたら、昼休みに2回上井くんと話した時も、直接上井くんがアタシを誘ったわけじゃなくて、上井くんが2年生の男子に頼み込んで、アタシを呼び出してくれていたんだった。照れ屋な上井くんが必死に考えた行動だったんだ。
アタシは自分でやったことが、思った以上に上井くんにダメージを与えたことが、ケイちゃんに言われてやっと分かって、つい泣きそうな気持ちになった。
「…ごめん、朝からチカちゃんを責め続けて。みんながどんどん登校してるし、もうやめるね。でも、なんとかして上井くんの誤解を解くんだよ。じゃないと…」
「じゃないと?」
「…上井くんにフラれたアタシが惨めだもん!」
ケイちゃんは最後に、無理に明るくそう締めて、練習に戻った。
だけどアタシは上井くんのことが気になって気になって、全然練習に身が入らなかった。
午前中の個人・パート練習の時には、何度かサックスパートの方を見てみたけど、上井くんは背中しか見えなかった。
昼休みも、もしかしたら2年の男子が
「上井センパイが図書室前で待ってますので」
って呼びに来ないか、心の何処かで期待していた。
だけどそんなことはなくて…。
昼のお弁当も、いつものみんなで食べたけど、全然食欲がなくて食べられない。
「神戸さん、元気ないじゃん。何かあったん?」
クラの中谷さんが気を使って、声を掛けてくれた。
「チカちゃん、女の子って…月に一回、面倒だよね」
ケイちゃんがすかさず助け舟を出してくれた。アタシは女の子の月イチのあの日ということにされてしまった。
「そうなんじゃ…。結構重たいの?」
「うっ、うん…」
本当にあの日が来た時、大丈夫かな…。誤魔化せるかな…。
「じゃ上井くんには、女の辛さは分からんじゃろうけぇ、今日は近付くな!って言っといてあげようか?」
「いや、そこまでしなくてもいいよ…」
そこまで中谷さんがしてくれなくても、アタシは上井くんと話せなくなっちゃったから。
アタシが上井くんのことを友達以上の存在って思い始めたのが、一緒のクラスになった4月、本気でちゃんと好きになったのが7月12日の林間学校、アタシが強引に告白し合うようにして付き合い始めたのが7月18日、2人で一緒に帰り始めたのが7月22日、上井くんが富山に行っちゃったのが7月25日、そして上井くんが広島に戻って部活に復帰したのが昨日の7月29日。
その昨日の帰りに、しばらく一緒に帰るのは止めようと上井くんに告げて…。
今、もう別れのピンチを招いてる。
アタシ、何やってんだろ。
短期間で上井くんを振り回してるだけじゃない…。
午後の練習はいつものように合奏。上井くんが傍目ではいつも通りに、起立、礼、と号令を掛けていた。
練習後にアタシがクラリネットを片付けていたら、ケイちゃんが話し掛けてきた。
「昼はごめんね、咄嗟にチカちゃんを助けて上げなくちゃって思ったら、つい…」
「あっ、大丈夫よ。どうせその内やって来るから。でも本当に来た時も重かったら、どうしよう…」
「普段も重いの?」
「どうなのかなぁ。あんまりこんな話、女子同士でもしないじゃない?だからよく分かんなくて」
「アタシはチカちゃんは、そんなに重くないのかなって思うよ。女のアタシでもいつなってるのか、全然横にいても分かんないもん」
「そう?」
「うん。だから本当にそうなった時も、誤魔化せると思うけどね」
ケイちゃんと並んでクラリネットを片付けながら、そんな会話を交わしていた。
「それよりチカちゃん、今日、上井くんに話し掛けることは出来たの?」
「…それが…」
「はい、もう言わなくていいよ。今日は話せてない。じゃ、いつ話す?ってことよね。チカちゃん、告白した時みたいに、上井くんが鍵を閉めるまでどっかで待機してて、鍵閉めて職員室に向かった時に上井くんを捉まえれば?」
「そ、そんなトリッキーなこと、出来ないよ」
「ついこの前、やったじゃん」
「あの時にはもう、一生分の気持ち、気力を使ったから…。それにそんな隠れて待ち構えてなんて、上井くん、アタシを気持ち悪い女って思うよ、きっと」
「気持ち悪い女って、自分で言うセリフじゃないよ…。チカちゃんまでネガティブになってるね。こりゃお互いに重症だわ。どうしようか…」
ケイちゃんは片付ける手を止めて、考え込んだ。
「アタシはとりあえず…今日は、前のとおりに帰る」
「そうね、今の心理状態の2人を無理に会わせたら、逆に良くない結果を招きそうだし」
「……」
「じゃ、明日の部活の…昼休みか帰り道を狙って、アタシが上井くんの気持ちを聞き出してみるよ!」
「ホント?」
「うん。親友には…幸せでいてほしいじゃん」
ケイちゃんはちょっと遠目でそう言ってくれた。
アタシが大したことはないだろうと思って起こした行動が、まさか上井くんとの危機を招くなんて、思いもしなかった。
アタシ達、どうなるんだろ。別れるなんて、嫌だよ…。
<次回へ続く>
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