第21話 突然の暗転

 今日は7月29日。先週の木曜日からご両親と富山へ帰省していた上井くんが、予定通りなら昨日の日曜日に帰って来て、今日の月曜日から部活に復帰するんだけど…。


 朝、音楽室に行ったら、無事に上井くんの姿を見付けて、なんか凄くホッとした。


 上井くんが来てくれててホッとしたのもあるけど…。帰りに相談したいこともあったから。


 まだ来ている部員が少なかったから、お帰り、って声を掛けれたの。

 そしたら照れ屋の上井くんだから、照れながらただいま、って返事してくれたよ。


 楽器の練習は、1日休むと3日遅れるとか言うんだって。

 だからかまだ朝早い内から、上井くんはスイッチが入ってて、凄い熱量で練習してた。


 その後にサックスのメンバーが次々に登校して来たら、富山のお土産って言いながら、キーホルダーっぽいものを渡してたけど…。


 アタシにも何かくれるかな?なーんてね。


 そんなことを思いながら午前中の練習を終えて、昼休みにケイちゃん達とお弁当食べてたら、2年男子の永野くんがやって来た。


「どしたん、永野くん?」


 ケイちゃんが声を掛けたら永野くんは、


「あっ、あの~、上井先輩から、神戸先輩を呼んできてくれって頼まれまして…。図書室の前に来て、だそうで…」


 上井くんってば、今度は永野くんを使者に立てたのね。


「チカちゃん、良かったね~。きっと富山のお土産だよ!さ、行ってらっしゃーい」


 ケイちゃんや川野さん、その他の同期の女の子が冷やかすように言ってくる。

 でも一緒にお弁当を食べるみんなは、アタシと上井くんのことを応援してくれてるから、まだいいんだ。


 船木さんが言ってた、どっちかというと上井くんに反発的な数名の女子に見付かると、面倒だけど。


「ごめんね、ちょっと行ってくる」


 アタシは食べかけのお弁当の蓋を閉めて、1階の図書室の前に急いだ。


 そこにはワザと背を向けて、照れを隠してる上井くんがいた。


「上井くん、待った?」


「あっ、神戸さん。ごめんね、いつもこんな方法でしか声掛けられなくて」


「フフッ、仕方ないよ。だって上井くん、照れ屋さんだもん。みんながいる所では、アタシに声は掛けられないでしょ?まあ、アタシもそうじゃけど」


「お互い様なのかな~」


「船木さんとね、上井くんがいない間に一緒に帰ったの」


「へぇ。何か言ってなかった?上井のヤツは困ったヤツだとか」


「アハハッ、そんなことは言ってなかったよ。あのね、一つだけ教えて上げる。船木さんは上井くんを、戦友だって言ってたよ」


「せっ、戦友?こりゃまた凄い表現で…」


「多分ね、一緒に部活の運営やコンクールを頑張ろうって意味じゃないかと思うよ」


「そうなのかな。あっ、船木さんにもお土産買ってくれば良かった…。失敗した…」


「まあまあ。過ぎたことは仕方ないよ」


「ありがとう。神戸さんに慰めてもらえると、凄い嬉しいんだ。元気が出るよ!」


「本当に?フフッ、アタシこそありがと」


「でね、これが神戸さんに、と思って買ってきた富山のお土産。富山って日本海側なんよ。そこのナントカ海岸で取れた、ヒスイっていう宝石の原石みたいなもの…が入ってるキーホルダー」


「わぁっ!綺麗~✨えーっ、宝石の原石とか言ったら、結構高いんじゃないの?大丈夫?」


「うん、大丈夫。お土産用に、ほどほどの大きさの石が入ってるんだ。だからお金の心配は要らないよ」


「ありがと!大切にするね!」


「うん。持ってたら、きっといいことがある…らしいから、きっと同じ高校に進学出来るよ!」


「エヘヘ、そうなるといいね」


「うん、頑張らなくちゃね」


「アタシも何か上げたいけど…」


「いや、この前タオルハンカチもらったじゃろ?アレで十分だよ。いつも汗拭きに使ってるから」


「ホント?使ってくれてる?」


「…うん。初めて女の子からもらえたプレゼントじゃけぇ、大切にしつつ、使いよるよ」


「アタシはその言葉だけで嬉しい」


 アタシがそう言うと、お互いに照れてしまって、次の言葉が出て来なかった。


「…あのさ、ちょっと間が空いたけど、今日の帰り、一緒に帰れる?」


 上井くんから聞いてきた。


「……うっ、うん。前のとおりに待ってる」


 アタシは、朝から考えてることもあって、返事に躊躇しちゃったけど、上井くんは何も言わなかった。


「ありがとう。じゃ、昼からも頑張ろうね」


「…うん、頑張ろっ!じゃ、アタシが先に行くね」


「うん、分かったよ」


「上井くんは、ちょっと待ってから上がって来てね」


「ん?う、うん…?」


 上井くんは不思議そうな顔をしたので、説明した。


「上井くんがいない間に、アタシ達が付き合ってることがかなり広範囲に拡散されちゃってるの。だから、アタシのすぐ後に上井くんが来ると、何か言われやしないかなと思って…ね…」


「はぁ、なるほど…。そんなに広まったの?」


「まあ仕方ないけどね。気付いても黙っててくれる子もいれば、知ったからにはみんなに教えなくちゃって子もいる、ってことかなぁ」


「そっかぁ。それは悪いことしたね、ごめんね」


「いやいや、上井くんが悪いわけじゃないから、そこは気にしないで。ね!」


 アタシはそう言ってから、先に音楽室への階段を上がった。

 やっぱりケイちゃん達の餌食になっちゃったけど。


「宝石の原石?これが?わー、もう将来を約束したようなもんじゃないの?」


 そんな大袈裟な…。まだアタシ達、結婚なんて考える年じゃないよ。


 少しして落ち着いた頃、そーっと上井くんが上がってきた。まるで誰にも見付かっちゃいけないように…。


 そして元気よく竹吉先生が音楽室に入って来た。


「よーっし、上井部長も富山から帰って来たし、合奏始めるとするか!」


「はい!じゃ、皆さん、合奏の体系を組んで下さい」


 週を跨いだのと午前中の練習で、音楽室の中がグチャグチャになってたので、上井くんは早速号令を掛けてた。


 アタシはその号令を聞いて、ふと船木さんが言ってた、上井くんに反発してる同期女子数名は大丈夫かな?と思ったけど、表面的にはちゃんと従ってた。まあ、竹吉先生がおるしね。


「コンクールの…今日は自由曲からいってみるか、たまには。『音楽祭のプレリュード』の用意!」


 てっきり課題曲から始めると思ってたから、特に打楽器とかは慌てて担当楽器の場所を入れ替わってた。


 そして準備が整い、先生が元気よく指揮棒を振って、午後の練習が始まった。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



「ふぅ、今日の合奏は疲れたね。そんなことない?」


 部活後、前と同じようにアタシが上井くんを下駄箱で待って、一緒に帰りながら話していた。ちょっとした思いを秘めて…。


「うーん、竹吉先生が、上井くんはまだ旅の疲れが残っとるって思って、ワザとハードにしたんかもよ?」


「えーっ、そうかな…。やっぱり先生にもお土産買ってくれば良かった…」


「そんなにお土産ばっかり気にしてちゃ、お金がいくらあっても足りないんじゃない?」


「ま、まぁね。でも先生には買うべきだったよ。失敗、失敗」


「先生に買うとしたら、どんなのを買うの?」


「富山の名物に、『鱒の寿司』ってのがあるんよ。駅弁なんじゃけどね。これを一つ買っておけばよかった…」


「駅弁だと高いんじゃない?」


「千円ほどかな?」


「高いよ~。先生、きっと遠慮するよ、うん、遠慮する!そう思って、過ぎたことは忘れよ?」


「大丈夫かな…」


 変なところで心配性なのも、上井くんの特徴なのよね。アタシは大丈夫、大丈夫、って言い続けるだけだけど。


 そしていつもの信号機に着いた。


 実はアタシは今朝から、上井くんがもしかしたらビックリするようなことを言うつもりだった。


「ね、上井くん…」


「ん?どしたん、神戸さん」


「あの…ね。相談なんだけどね、一緒に帰るの、今日で一旦終わりにしない?」


「……えっ?」


 上井くんは明らかに固まって、動揺した表情をしていた…。


「ごめん、俺が何か気に入らないことしたんなら、謝るよ。だからそんなこと言わないで、これからも一緒に帰ろ…」


「ううん、上井くんは何も悪いことなんてしてないよ?」


「じゃあ、どうして?」


「…あのね、みんなに見られてるのが…辛いんだ」


「そんな…。でも今日なんかは誰にも見られてないと思うけど」


「それがそうでもないの、実は。昼にも言ったけど、上井くんがいない間に、色んな人から2人で帰りよったね、って言われて。凄い照れとったとか、初々しかったとか、もっとくっ付けばいいのにとか、とにかく色んなことを言われるの。それがアタシは…もう嫌で…」


「そんなこと言って神戸さんを苛める部員は誰?俺が一言…」


「ううん、やめて。そんなことしたら、上井くんが部長として部の運営がやりづらくなっちゃう。だからね、しばらくは元通り、別々に帰って、ほとぼりが冷めたらまた一緒に帰ろう?」


 上井くんは凄い悩んでた。でも…


「…分かったよ。俺と一緒に帰ることで神戸さんが辛い思いをするのは、俺も耐えられんし。話せる機会が減るのは寂しいけど、神戸さんのためなら我慢しなくちゃいけないし…」


 物凄く寂しそうに下を向いたまま、上井くんはそう言ってくれた。アタシはやっぱり言わなきゃよかったかなと思ったりした。アタシが我慢すればいいだけなのに、上井くんを巻き込んで…。

 せっかく仲良くやれてきたのに、もしかしたらこれがキッカケで2人の関係が悪い方向へ進んだりしたら、それはアタシだって望まないし。


「じゃ、ここでバイバイって手を振るのは、今日が最後なんじゃね。また明日、頑張ろうね。バイバイ」


 信号が変わったタイミングで、上井くんはそう言って、アタシに道路を渡るよう、促してくれた。


「うん…。じゃあまた明日ね。バイバイ」


「じゃあね…」


 元気のない上井君の言葉が、アタシの胸に突き刺さる。上井くんがこんなに落ち込むなんて、アタシの想定外だった。


 ふと振り返ると、前なら上井くんはずっと手を振ってくれてたのに、今日はもういなくなってた。それもアタシにはちょっとショックだった。


(明日、上井くんと喋れるのかな…)


<次回に続く>

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