第19話 離れ離れ
上井くんはご両親の故郷が富山らしくて、毎年夏に帰省してるんだって。
今年はコンクールを考えて、いつもならお盆頃に帰省してるのを、7月末からにして、期間も短くしてもらったらしい。
そのことを教えてもらったのは、上井くんが竹吉先生に実は…って告白した次だから、アタシは2番目なんだ。なんか、他の子よりも早く上井くんの事情を知れたことが、彼女の特権みたいで少しだけ嬉しかった♫
でも上井くんは凄い不安がってた。
(俺がいない間、部活はどうなるか心配でね…)
上井くん、そんな心配するなんて…。
流石部長になったら違うね。
そんな、部長になってグングンと成長してる上井くんの彼女でいれて、アタシは嬉しいよ♪
でもアタシだって不安だよ?
富山へは3泊4日で帰省するらしいけど、その間アタシは1人で帰らなくちゃいけない。
1人のアタシを見て、誰かが茶化したりしないかな、とか。
考え過ぎかもしれないけどね…。
そして上井くんが富山に行く前日、部活終わりの夕方に上井くんは、しばらく親の実家に行くので休みます、と部員に説明してた。そして船木さんに、その間の部活の鍵とかを頼んでた。
「上井部長〜。もう少し早く教えてほしかったなっ」
「ご、ごめん…船木さん」
船木さんが指摘したら、上井くんは平謝りしてた。船木さんの顔を見たら、そんなに怒ってる顔じゃなかったから、一応言っとこう…みたいな感じに思えたけど、トラブルは避けたい上井くんには、突き刺さる言葉だったのかもね。
そしてその日、当面最後になる上井くんとの帰り道。
アタシはしばらく話せなくなるから、色んなことを話したり聞いたりしたよ。
「ねー、富山ってどんな所?」
「うーん、田舎だよ。広島より確実に田舎。でも俺は好きな町かな」
「そうなんだね。富山まではどれくらい時間が掛かるの?」
「広島からだとね、新大阪までひかり号で2時間、新大阪から雷鳥って特急で4時間の、計6時間だね〜。その前にここから広島駅までの時間も加わるから、7時間未満かな」
「わぁ…。遠いんだね。新幹線を使っても6時間かぁ」
「親は疲れるって言ってるよ。でも横浜にいた時も同じくらい掛かってたし。個人的には電車に沢山乗れるから、嬉しいんじゃけどね」
「そうなの?上井くんって、鉄道ファンだったんだね」
「そうだね~。生まれついてからの鉄道マニアかも。じゃけぇ、今住んでる社宅が、国鉄の線路の真横なのが、メッチャ嬉しいんよ、実は」
「鉄道が好きならそうじゃろうね。あの、夕方から夜にかけてさ、東京に行く寝台列車?何本か走っていくよね。あれはアタシでも憧れるもんね」
「ね!寝台特急は憧れるよね!いつか乗りたいんだ、あれに」
アタシはそこで、上井くんと一緒に乗れるような日が来ればいいね、と言おうとしたけど、止めちゃった。
かなり遠い未来になりそうだから…。
そしていつもの信号機に着いた。
「じゃ、じゃあ、しばらく会えないけど、ゴメンね」
「ううん、富山は上井くんのご両親の故郷でしょ?ちゃんとアタシは広島で待っとるから」
「何かいいものあったら、買ってくるね!」
「無理しなくていいよ?上井くんが元気に帰ってきてくれれば、アタシは…それでいいから」
アタシはそう言ったら、何故か上井くんと二度と会えなくなるような気がして、不意に涙が込み上げてきた。でも上井くんにバレたくないから、横を向いて上井くんから見えないようにして。
「うん、元気に帰ってくるよ!待っててね。じゃあ、バイバイ」
「…バイバイ」
アタシは上井くんの顔を見れないまま、バイバイをして、家に向かった。
いつものように上井くんはアタシが見えなくなるまで、見ていてくれてるのは気配で分かったけど、今日は振り向けなかった…。
そして上井くんがご両親と共に富山へ帰省する初日。
部活はいつも通り始まったけど、やっぱりアタシはポッカリと心に隙間が出来たような気持ちになっちゃった。
「チカちゃん!元気ないよ?やっぱり上井くんがしばらくいないからかな?」
ケイちゃんはアタシの様子がいつもと違うと、すぐに声を掛けてくれる。
「そんなことないよ!って言いたいけど…」
「ウンウン、分かるよその気持ち。愛する人と離れ離れになるって、寂しいよね」
「愛するって…?まだそんな、深い関係じゃないよ、アタシと上井くんは」
「そう?傍から見ていたら、もうこのままずっと付き合って結婚すれば良いのにって思うけど」
「またぁ、ケイちゃんってば、大袈裟なんじゃけぇ」
「エヘヘ。どう?少しは気が紛れた?」
「え?あっ、うん…。ありがとう」
ケイちゃんと、なんか久しぶりに話した気がする。
アタシが元気がないのを見て、ワザと大袈裟な話をして楽しませてくれたんだわ。
「しかし上井くんも罪な男よね〜」
「え?どうして?」
「好きな女の子をしばらく放置しちゃうんだもん」
「そ、それはご両親と一緒に富山って所へ帰省するから、仕方ないよ」
「アタシも連れてって!って言えば良かったのに」
「んもう、ケイちゃんってばどこまで本気なのか分かんないよ〜」
「エへ、ごめんごめん。話ついでにもう一つ。秘密の話ね。フルートの横田ちゃんがアタシに、上井先輩って神戸先輩と付き合ってるって聞いたんですけど、本当ですか?って聞かれたから、うん、夏休み前からだよ、って答えたの。そしたら凄い落ち込んでた。もしかしたら横田ちゃんも隠れ上井くんファンだったのかもしれないね」
「えっ…それって、本当に?」
「本当だよぉ。昨日聞かれたんじゃもん」
アタシは、上井くんに憧れてる女の子として、打楽器の2年女子がいるのは、船木さんから聞いたけど、フルートの横田さんもなのかな…。
「まだまだ隠れ上井くんファンはいるかもね。アタシ達同学年はともかくとして。後輩には、特に女子には人気があるけぇ」
「えっ、そうなの?」
「チカちゃん、知らないの?好きとかいうレベルまで行くかどうかは分からんけど、多分殆どの2年と1年の女子は、上井くんのファンだよ」
「アタシ、全然知らない…」
「フフッ、多分ね、上井くんも知らない。彼はそういうのに鈍感じゃけぇ」
「でも、なんでケイちゃんは分かるの?」
「うーん、そうね…。独自の情報網とだけ言っとくわ」
「なんかスッキリしなーい」
「だよねぇ、肝心の本人が、今は大阪辺り?チカちゃんと同じ苗字の神戸は過ぎたのかな?」
「…何時に行くとか、そこまでは聞いとらんけぇ…」
「えっ、聞いとけば良かったのに〜。そうすれば今頃はあの辺りね♫なんて、空想旅行出来たのに」
「空想旅行って言っても…。あたし、上井くんが乗る『雷鳥』って特急を知らないから、今どこを走ってるって言われても分かんないよ」
「なーに硬いこと言ってんのよ〜。付き合い始めてまだそんなに日が経ってないからこそ、彼が今どこら辺なのかとか、想像するのが楽しいんじゃない」
「なんかアタシ以上に、ケイちゃんが上井くんの動向を知りたがってるみたいに感じるよ?」
「なっ、なんでそうなるの?アタシは…チカちゃんを心配して…」
「ごめん、アタシの考えすぎだね。とにかく上井くんが無事に広島に戻って来ることを祈るしか、今は出来ないよ」
「うんうん、そんな健気なチカちゃんのこと、上井くんは富山にいる間も忘れたりしないよ、きっと。上井くんが富山にいる間に、電話でもする約束とかしたの?」
「えっ、そんなこと出来るわけないじゃない!今の上井くんのお家にだって、まだアタシは電話したことないもん。ましてや上井くん一家は、多分ご両親の実家に泊まるんだと思うし。無理だよ~」
「そっかぁ、広島と富山での遠距離通話は大変かぁ」
すっかりケイちゃんと話し込んじゃって、午前の個人兼パート練習は終わっちゃった。
練習の鬼、上井くんが見たら、怒るかも…。
その日の練習が終わり、船木さんが最後に鍵を閉めようと待ってたけど、いつもノンビリとクラリネットを片付けて時間ギリギリまで掛かってるアタシの後輩2人は、今日はテキパキと片付けて、殆どアタシと変わらないくらいに楽器庫へクラを仕舞ってた。
(え?ちゃんと早く片付けられるんじゃない…。いつものはなんなの?)
そしてみんな音楽室から出たのを確認して、船木さんは鍵を閉めた。
アタシはなんだか上井くんの仕事を船木さんにやらせちゃった罪悪感があって、最後に一言、謝っておこうと思った。
「船木さん、上井くんの代わりの鍵閉めありがとう」
「おぉ?あっ、神戸さん、どこに隠れてたのよ」
「別に隠れてたつもりはないんじゃけどね、ドアの横におったよ」
「そうなんじゃ。神戸さんもしばらく上井くんがおらんけぇ、寂しいじゃろ?」
一緒に歩きながら、サバサバした感じで船木さんは話してくれた。
「うーん、なんか慣れなくて」
「だよね~。付き合い始めて、もう半月くらいだっけ?」
「ううん、まだ1週間過ぎたところ」
「わぁ、なんでそんな初々しい時に、上井くんは旅に行っちゃうかねぇ」
「いや、多分ご両親の実家への帰省じゃけぇ、アタシと付き合う前から決まっとったんじゃないかな」
「まあそうかもね。お父さんのお休みとかの調整も必要だしね。でも、帰りはどうするの?せっかく2人で帰れるようになったのに、しばらく1人で?」
「うん。それは仕方ないよ。上井くんと帰るようになる前は、1人か、山神のケイちゃんとだったし」
「そっか。じゃ、今日はアタシと帰ってみる?」
「船木さんと?」
「そう。鍵、返してくるから待っとってね」
船木さんはそう言うと、スタスタと職員室に音楽室の鍵を返しに行った。
(そう言えば船木さんって、どこに住んでるんだっけ?)
アタシは船木さんを待ちながら、考えていた。
「神戸さん、お待たせ〜。さっ、帰ろうよ」
「船木さんって、どこに住んでるの?」
「アタシ?んもう、同じ小学校だったじゃん。神戸さんのお家より、まだちょっと山の方だよ」
「え、じゃあ三ッ石?」
「そうそう。だから松下さんや伊野さんと近所だよ」
「そっかぁ~」
「だから実はね、毎日上井くんとバイバイした後のちょっと寂しげな神戸さんを、たまに少し見てるんだ」
「えーっ、恥ずかしいーっ!」
アタシ達は靴を履き替えて、家路に着いた。
(船木さんって話してみたら、何でも話せる関係になれるね)
アタシは練習や合奏の時の船木さんしか見たことが無かったから、無口で近寄りにくい雰囲気なんだと思い込んでたけど、この前話した時とか、今も、実際に話すと凄い心地好い。
「じゃあ今日は、アタシが見てきた上井くんについて話しながら帰ろうか」
「えっ、どんな話?」
「まずはね…」
<次回へ続く>
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