第18話 志望校?
上井くんの提案を受けて、今日の部活後は、上井くんが鍵を閉めるふりをしてくれて、その間アタシは部員が全員音楽室から出ていくのを、屋上に通じる階段に座って待っていた。
この階段、音楽室からは意外と死角なのよね。
そしていつもの通り、アタシのクラリネットパートの2年の女の子2人が片付けに時間が掛かって、最後は上井くんにカウントダウンされてた。
「2人には罰金を科そうかなぁ~」
上井くんが冗談でそう言ったら、2人の内の1人、藤田恵美ちゃんが、
「えーん、そんなことしたら、神戸先輩に言い付けますよ!」
「へ?」
え、なんで藤田さんからアタシの名前が出てくるの?
同じクラリネットパートではあるけど…。
「上井先輩、いつの間に神戸先輩と付き合い始めたんですかぁ?」
「あっ、そ、それはさ、あのー…あんまり関係ないかな、なんて…」
階段の上側に座って見ているアタシにまで、上井くんの緊張と動揺が伝わってくる。上井くん、ゴメンね、1人で2人の相手させちゃって。
「きっと上井先輩のことを好きな女子が、陰で泣いてますよ〜」
「まっ、まさか!そんな女の子なんかおらん…」
「まあいいや。神戸先輩と仲良くして下さいね。もっと部活中でも、イチャイチャすればええのに」
「んなこと出来りゃあ、苦労せんわい」
上井くん、必死に喋ってるけど…
「あ、今の先輩の発言は、やっぱり神戸先輩と付き合ってるって自供したようなもんですね」
女の子の方が、やっぱり恋愛とかの駆け引きは、男子より上手いのかな。まさか藤田さんがあんなに上井くんを攻めるなんて。
「じ、自供って大袈裟な…。犯人か、俺は」
「うーん、先輩が知らないだけで、いつの間にか先輩のことを好きになってた女の子には、犯人かもしれませんよ?アタシの気持ちはどうなるのよ!って」
「そんな女の子、おらんってば。半年前のバレンタインは全滅じゃったんじゃけぇ。2年生ならその頃、もう一緒に卒業式の練習しとったじゃろ?」
「そのバレンタインの後に、上井先輩を好きになってる可能性もありますよぉ。1年の女子なんかは、4月からですし…」
「…いや、そんなことは…」
「とにかく先輩、神戸先輩を泣かせちゃダメですよ。アタシ達の大事なお姉さんですから。じゃ、お先に失礼しまーす」
お姉さん?アタシが?確かに1年上だけど。そんな風に思っとったんじゃね。
アタシは2人が帰ってから少し間を置いて、音楽室の中に戻った上井くんを追い掛けた。
「あ、神戸さん。暑かったじゃろ?屋上への階段は。ゴメンね、すぐ来れる状況じゃなくて」
「ううん。大丈夫だよ。それより、藤田さんの攻め込み方!あの子、あんなに上井くんを追い込むなんて思わなかったわ…。聞いててドキドキしちゃったよ」
「俺も…。タジタジなんて言葉は漫画の中だけでしか使わないと思ってたけど、さっきは本当にタジタジだったよ」
上井くんらしい表現だわ。何とか最後は無事に…でもないけど、終わったからホッとしてるのかも。
「とりあえず藤田さんと政岡さんの2人が完全に帰ったと思われるまで、しばらくここで話でもしてようよ」
「そうだね。10分ぐらいかな?」
「うん、それぐらい経てば…大丈夫だよね」
それからアタシ達は、2人きりじゃないと話せないこととか、沢山話した。
上井くんは部活では部長として過ごしてるから、毎日精神的に疲れる、って言ってた。
そうだよね、去年途中入部して、部員としての経験が少ないまま部長になったから、毎日のプレッシャーはアタシが思うよりも凄い感じてるんだろうね。
「じゃけぇこの前なんか、夏休みの宿題をやりながら寝ちゃってさ、途中からミミズが這ったような字になっちゃって」
「そんなに疲れてるの?」
「ね、オッサンだよね、もはや。四捨五入したら20歳じゃもん」
「何言ってんのよ、アタシ達はまだこれからよ。この後、高校に行って、大学に行って、就職して…」
「わぁ~、そんな先のことまで神戸さんは考えとるん?」
「え?ま、まぁ…」
「凄いや!俺なんかどの高校に進めば良いのかがまだ分かっとらんし」
「高校ね…。アタシはね、もう決めとるんよ」
「もう決めとるん?早っ!やっぱり神戸さん、頭がええけぇ、市内六校とか?」
「ううん、そんな危険なことはしないわよ。それに、そこまでアタシだって、頭が良いわけじゃないもん」
上井くんが本気か冗談か分からないようなことを言うから、ついムキになっちゃった。
「ゴメンね、機嫌悪くしちゃったら…」
「大丈夫…。アタシこそごめんね」
「で、神戸さんがもう決めた高校ってどこ?やっぱり廿日高校?それとも五日高校?あの2つは総合選抜じゃけぇ、廿日に行きたくても五日に行かされる危険とかあるよね」
「ううん、違うよ」
「えっ?廿日でも五日でもないん?」
「うん。アタシの目指してる高校はね、西廿日高校」
「西廿日かぁ…。新設校だよね?」
「そう。その割に進学指導に力を入れてるっていうし、新しい学校だから、吹奏楽部の楽器も新しいんだよ。まあアタシは自分のクラリネットを買ってもらっちゃったけど…」
「ふーん…。楽器が新しいってのは魅力的じゃね」
「あ、上井くんもそう思う?ということは、高校でも吹奏楽続ける?」
「うん。とてもスポーツ系の部活は無理じゃけぇ、やっぱりここまで吹奏楽部に染まると、高校で違う部活とかは考えられんよね」
「じゃあさ、アタシと一緒に、西廿日高校、目指そうよ!」
「い、いいのかな…」
「うん!だってその方が、アタシも上井くんと同じ高校に行くんだ!って勉強頑張れるし。同じ高校に進めたらさ、一緒に登下校も出来るよ。確か国鉄の宮島口駅が最寄り駅で、そこからは30分ほど歩かんといけんみたいじゃけど」
「そこまで調べとるんじゃ?凄いね…」
上井くんは感心した表情で、アタシをジッと見ていた。
「無理にとは言わないけど…」
「いや、俺も今この瞬間、志望校は西廿日高校に決めた!」
「本当に?わぁ、嬉しいな♫頑張って一緒に進学しようね!夢が一つ出来たわ!」
アタシは上井くんと同じ高校を目指すんだ!そして高校でも仲良くして、いずれは…上井千賀子になったりして。
「神戸さん?神戸さん?」
「えっ?あれ?アタシ、なんか変だった?」
「うん…。俺の言葉が聞こえてないみたいで…」
「エヘヘ、ゴメーン。上井くんと同じ高校を目指せるって思ったら嬉しくって」
アタシ、妄想の世界に入っちゃってたのかもしれないけど、こんなの初めての経験だわ…。
好きな男の子と同じ未来を目指すって、こんなに女にとっては嬉しく感じるものなのね。
「ホンマに?…俺も嬉しいよ」
「ね!一緒に頑張ろうね!ところでアタシに何を呼び掛けてたの?」
「あっそうそう、そろそろ帰らないと校門が閉まっちゃうけぇ、帰ろうよ、って…」
「えーっ、アタシ達、そんなに話し込んじゃったの?じゃ、早く学校から出なくちゃね」
アタシ達は慌てて音楽室を出て、上井くんが職員室へ音楽室の鍵を返しに行ったけど…。
なかなか下駄箱に来ないの。
ちょっと心配になった頃、やっと上井くんが来てくれた。また走りながら来るから、息を切らせてたけど…。
「上井くん、職員室で誰か先生に捕まったの?なかなか来ないから心配しちゃった」
「うん…。竹吉先生にバレちゃった」
「えっ!本当に?」
「うん…。部活は終わったのに、なかなか音楽室の鍵を俺が返しに来んけぇ、何しとるんじゃ、って音楽室まで来たんだって!」
「えーっ!」
アタシと上井くんは、一緒に歩きながら、再び話し始めた。
「そしたら俺と神戸さんが2人で話してるのを見て、そうかそうかとニヤニヤしながら職員室へ戻って、いつ俺が来るか待ち構えてた、ということで…」
「わぁっ、よりによって2人きりで話してる所を目撃されちゃったの?」
「そういうこと…」
「は、恥ずかしぃ…。アタシ、明日からどう先生に話し掛ければ良いのかな」
「うーん、俺は今まで通りのつもりだよ」
「そう?」
「だって、現場を見られちゃあ、もう逃げられないもん。相談に乗ってたとかいう言い訳は、竹吉先生から先に『通用しないぞ』って言われてさ」
「そうなのね…。他には何か聞かれた?」
「いつからや?って聞かれたから、先週からです、って答えたら、先生は嘘じゃろ、もっと前からじゃないんか?だって」
「えぇ?なんでだろ」
「先生って、よく生徒を見てるなって感心したよ。神戸さんがクラスの席を、俺の横に移したじゃろ?」
「あ、うん。あっ、それで?」
「先生は、そんなことするなんて神戸さんも大胆じゃのぉと思いつつ、そこまでするくらいなら、もっと前から俺達はデキてるって思ってたらしいよ」
「上井くんのお話、聞けば聞くほど恥ずかしくなっちゃう…」
少しずつアタシ達が付き合ってることがバレていく。
これって、良いことなのかな、悪いことなのかな…。
上井くんを好きな気持ちは変わらないけど、これからもこのままで良いのかどうか、考えちゃった。
「じゃあ、また明日。バイバイ!」
信号機に着いて、お互いにそう声を掛け合って、お別れした。
いつものように上井くんはアタシが見えなくなるまで、見守ってくれていた。
(ありがとう、上井くん。でも、この先、どうお付き合いすればいいのかな…)
<次回へ続く>
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