第17話 帰り道の壁

 夏休みの部活の帰りに、ほんの少しの距離だけど上井くんと一緒に帰るようになって、色々上井くんと話せて嬉しいな、と思ってたんだけど、2日目に早くも同期で同じクラスの国本さんに見付かっちゃった。


 次の日の部活は、なんか周りから言われるのかな…と少しビクビクしながら登校したんだけど、先に着いてた上井くんを見たら、特に何も無かったかのように、後輩男子君達と話をして笑ったりしていた。


 アタシも最初は気を付けてたけど、特に何も言われなかったから、国本さんが誰にもアタシと上井くんが付き合い始めたことを言わずに黙っててくれたんだ、って思ったんだけど…。


「神戸さん、ちょっといい?」


「え?」


 振り向いたら、あまりこれまで話しをしたことがない、クラスは違うけど副部長の船木さんだった。


「うん、いいけど…」


「じゃ、ここで聞くのもナンじゃけぇ、外でも…いい?」


「分かったよ」


 もうこの時点で、アタシは上井くんとのことを聞かれるんだろうな、と察しが付いた。


 外と言っても音楽室の廊下で、船木さんから話し始めた。


「答えにくいかもしれんけどさ、神戸さん、上井くんと付き合い始めたん?」


 アタシが否定したとしても、昨日現場を国本さんに見付かっちゃってるから、素直に答えた。


「うん…。でも、何で知ってるの?」


「本当だったんだね。国本さんがさ、昨日の帰りに神戸さんが上井くんと2人で帰りよった、って言っとったから、まさか〜なんて思ってね、でも流石に部長を副部長が問い質すわけにもいかんけぇ、神戸さんに聞いちゃったんよ。ごめんね」


 思ったよりも柔らかな物腰だったから、アタシの緊張も解けたけど、やっぱりこういう噂…実際のことだけど、こんな話はすぐ広まるんだね。


「いいよ、いつかはバレることだしね。隠してるつもりもなかったし」


「そう?でも意外だったよ、神戸さんと上井くんの組み合わせって」


「そう?」


「うん。確かに部活ではいつも神戸さんが山神さんと一緒に上井くんをからかったりしてて、上井くんも逃げながら、でも楽しそうな感じではあったけどさ」


「うん…。クラスと部活が一緒ってのがあるけぇ、あと上井くんがちょっと照れ屋さんじゃけぇ、ついからかっちゃうのよね」


「分かるよ。アタシ、1年の時に同じクラスだったんよ、上井くんとは」


「へぇ、そうだったの?」


「最初は横浜から引っ越してきて、誰も知り合いがいないから凄い緊張してたなぁ。そこに村山くんが同じ趣味を持ってるって声を掛けて、上井くんと仲良くなっていったんよね」


「ふーん…。じゃ、村山くんは上井くんにとって、広島で初めて出来たお友達ってことなのかな?」


「そうなるね、きっと。なんでアタシがそんなことを覚えてるかって言ったら、村山くんがね、何故かアタシにラブレターくれてね…」


「えーっ?ホンマに?」


 アタシのウチは、ケイちゃんの山神家ともだけど、上井くんの親友、村山家とも昔から付き合いがあるの。

 ケイちゃんとは幼稚園で出会ってからだけど、村山家は、お母さん同士が同級生なんだって。で、生まれたアタシ達も同級生になったもんだから、必然的に家族ぐるみのお付き合いになるよね。


「最初はなんでアタシ?って思ったんじゃけど、そんなに思ってくれるなら…って、一度お付き合いしたことが、実はあるんだ」


 船木さんはちょっと照れ気味に打ち明けてくれた。


「そうなの!?初めて知ったよ」


「だろうね~、誰にも見付からない内に、アタシがフッちゃったから」


「えぇっ、そうなん?」


 矢継ぎ早に繰り出されるアタシの知らない話に、アタシはドキドキしてきた。


「でもそれって、いつのこと?」


「中1の終わり頃かな。アタシが村山くんのラブレターに応じたって形じゃけど、お互い付き合うってことがよく分からなくって、アタシからいきなり恋人とかじゃなくて、友達になることからやり直さない?って、形的には別れたんよ」


「ふーん…」


「でも2年の時も同じクラスになったから、話さないわけにもいかないし、アタシから普通に話し掛けるようにして、今は友達みたいに話せるよ」


「そうなんだね。全然知らんかったよ」


「そこで経験者のアタシから2つ!」


 船木さんはちょっと笑顔を浮かべて、Vサインをしながらアタシにそう言った。


「2つ?」


「うん。1つは、せっかく部長のハートを射止めたんじゃけぇ、末永くお付き合いしてね」


「うっ、うん…。頑張る…」


 アタシは照れてしまった。


「もう1つは、アタシが観察してきた上井くんの特徴からのアドバイスじゃけど…」


「うん…」


「彼は物凄い照れ屋さん。実際に話すと面白くて楽しいんじゃけど、自分から女の子に積極的に話し掛けられる性格じゃないと思うんよ。アタシに話し掛けてくる時も、あくまで副部長という存在に話し掛けてるって感じで、まるでアタシを女子と思わずに話してくるから、実はムカついとるんじゃけどね。アハハッ!」


 つられてアタシも笑っちゃった。船木さんは最後にこう言ったの。


「もしかしたら2人って、上井くんじゃなくて、神戸さんがリードする形の方が上手くいくと思う。彼は照れ屋だから、なかなか神戸さんに自分から声を掛けるってのが難しいんじゃないかな?」


「うん…。そうかもしれない」


 今、2人で帰ってるのも、上井くんが2年生の竹田くんを使者にして、やっと話をして決めたことだもんね。


「村山くんを翻弄してるアタシが言うのもなんじゃけど、上井くんと仲良くしてね。そして長続きさせてね。そうすれば吹奏楽部も安心だし」


「ありがとう」


「じゃ、練習前にごめんね。…おっともう一つ!」


「な、なに?」


 音楽室に戻りかけた船木さんが振り返って、付け足しの言葉をくれた。


「ウチの打楽器の、2年生の女子が失恋しちゃったから、その子の分も上井くんを大切にね!」


「えっ?う、うん…」


 船木さんはそれだけ言うと、自分のパートである打楽器の準備にと、音楽室へ戻っていった。


(最後の一言って、なに?打楽器の2年生の子が失恋した?もしかして上井くんのことが好きだった女の子がいたの?)


 船木さんは名前は言わなかったけど、アタシは気になって気になって、練習中もつい打楽器の方を見ちゃった。

 打楽器は結構人数がいて、2年生も3人いる。船木さんの話を当てはめると、その3人の誰かが、上井くんを好きだったってことだよね?

 2年生は森本さん、諏訪さん、高田さんの3人。

 でも練習中の様子を見てても、誰が上井くんのことを好きだったのかは、分からなかった。


 その日の帰り、アタシはこのことを上井くんに言おうかどうしようか迷った挙げ句、言わないことにした。

 上井くんのことだから凄い動揺すると思ったし、何よりアタシの彼になってくれたばかりだもん。

 例え後輩でも、他の女の子が上井くんを好きだったなんてこと、伝えるのは抵抗があったから…。


「今日も暑かったね〜」


「ね、暑いよね、毎日」


「神戸さんにもらったタオル、活躍してるよ!ありがとう」


「使ってくれてるんだね。嬉しいな、アタシも」


「俺も何かプレゼントしなくちゃ。神戸さん、どんなものが好き?」


「えーっ、そんな…なんでもいいよ。上井くんがくれるものなら」


「そう?お返しにタオルってのも芸がないよね。何がいいかな…」


 って会話をしてる時に、今度は同じクラリネットの同期、川野さん、中谷さんに出会っちゃった。

 この2人は同じパートで仲良しだから、バレてもアタシは構わなかったけど、上井くんはどうだろう…?


「あれ?神戸さん、横にいるのは…上井くんじゃん!えーっ、いつの間に?」


「あ、あのね、先週から…」


 昨日は上井くんが国本さんからの質問攻めに対応してくれたから、今日は同じパートの2人だしアタシが答えなくちゃ。


「へぇ~っ、全然分からんかった!神戸さん、練習中も全く上井くんのことなんか眼中にない感じだったし」


 中谷さんがそう言ってくれたけど、そんなことはなくて…。

 合奏の時なんか、意識しまくってたよ…。


「アタシなんか同じクラスなのに、全然気付かんかったわぁ。いつから?もしかしたら林間学校から?」


 川野さんがそう聞いてきた。

 半分当たってるけど、その辺はボカシて答えなくちゃ。


「もしかしたらそうかも…」


「しかし上井くん!やるわね~。練習の鬼だと思っとったけど、しっかり女の子のことも考えとったんじゃね〜」


 中谷さんが、上井くんの脇腹を突付いて半分からかうように言った。


「い、いや…。みんな誰か気になる異性くらいはおるじゃろ?中谷さんや川野さんにも。偶々俺は、タイミングが…」


 上井くんは真っ赤になりながら、そう答えていた。


「じゃあアタシ達、お邪魔虫になるけぇ、お先にね。お幸せに〜」


 川野さんと中谷さんはそう言って、アタシと上井くんを追い抜いて行った。


 その2人の背中を見ながら、上井くんはポツリと言った。


「こんな感じで見つかるのって、神戸さんとしては、嫌かな?」


「アタシ?え、そ、そうね…」


 アタシは半分半分だった。2人で帰ってるんだから見付かるのも仕方ないけど、部内やクラス内全員に、あっという間に知られるのはちょっと恥ずかしい…。


「少し恥ずかしいかも」


「じゃ、もう少し学校から出るのを遅くしようか?」


「え、そんなこと、出来る?」


「音楽室でしばらく話してればいいかな?って」


「うーん、竹吉先生に怒られない?いつになったら鍵を返しに来るんだ!って」


「大丈夫だよ。先生が先に帰っとる時もあるんじゃけぇ」


「…じゃ、じゃあ、明日は上井くんが言ってくれた方法にしようか…」


「うん。色々試してみようよ」


「そうだよね。でも、ゴメンね、少しずつバレたいっていうアタシの我儘のせいで」


「いや、俺も初めてのことじゃけぇ、ゴメンね。上手く付き合えてなくて」


 上井くんは申し訳なさそうにそう言うので、そんなことないよ、と上井くんの肩を軽く叩いて、励ました。


 そして信号機まで来たので、今日もお互いが見えなくなるまでバイバイと手を振って、お別れした。


 でも明日から、上井くんの言うとおり、上手くいくかな…。


 …ケイちゃんにでもアドバイスもらいたいよ~。


<次回へ続く>

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