第9話 林間学校の準備その2

 今日は7月11日、いよいよ明日は林間学校!


 前日は、吹奏楽部だけじゃなく他の部活も、3年生は公認欠席になって、各班で当日の準備に専念させてくれるの。


 上井くんは前々日に、多分次の部長に…って意識してる2年の石田くんに、11日と12日の部活を上手く1年と2年で回してくれるように頼んでた。


 そして前日の買い出しは、店を玖波駅前のスーパーに決めたの。

 多数決で大竹駅の近くのスーパーにするか、玖波駅前のスーパーにするか決めたんだけど、上井班は玖波駅が近い班員が大半だったみたい。


 そのスーパーへ、一旦みんな帰宅して私服に着替えてから集合になったんだけど、これには女子のみんなが慌ててた。

 まだ中3だからお化粧なんかはしなくてもいいけど、男子3人に見せる私服ってなると、やっぱり緊張しちゃうもんね。


 特にアタシは、上井くんに初めて私服姿を見せるかも?


「お母さーん!」


「あれ?お帰り、千賀子。どうしたの、部活は休みにでもなったの?」


「違うよ!明日林間学校でしょ?今日は前日の買い出しのために、3年生はみんな部活も休んでるの」


「ふーん。凄い学校側も気合を入れてるのね」


「でしょ?でね、今から着替えて、玖波駅前のスーパーに集まるんじゃけどね、アタシ、スカートがいいかな、それともジーンズがいいかな」


「何々、チカは私服で悩んでるの?」


「う、うん…」


「照れちゃって。もしかしたら上井くんに見せる私服だから、イメージよくしたいんでしょ?」


「…うん」


 お母さんはストレートだなぁ、いつも。アタシが照れちゃう。


「目的が上井くんに披露する、っていうのなら、やっぱり女の子だもん、スカートにしなさいよ」


「そう?ジーンズで活発な女の子に見せてもいいかな、って思ったんじゃけど」


「それよりも上井くんに見せる初の私服なんでしょ?それならやっぱり女の子だもん、スカートが良いわよ」


「そうね…。うん、スカートにしようっと。お母さん、ありがとう」


 アタシは制服から私服に着替えようと、自分の部屋に向かおうとしたら、お母さんが言った。


「チカ、恋する乙女の顔になってるよ〜」


「そ、そんなこと、ないもん」


 でもお母さんの言う通りだった。男の子を意識して私服を選ぶなんて、初めてだったから…。


 そして何とか上も下も白系でまとめて、フワリとした感じのスカートを履いて、スーパーへと出掛けた。


 スーパーへはアタシが一番遠かったから、集まるのも一番最後になっちゃった。


「上井くーん、遅くなってゴメンね」


「おぉ、やっと待ち人来る、じゃね。これで全員揃ったよ。…神戸さん、なんか爽やかじゃねぇ…」


 上井くんがそう言ってくれた。


「えっ、ホント?」


 上井くんに私服を褒められていい気になってたら、


「普段の制服の時とは大違い」


 だって!んもう、何のためにアタシが頭を悩ませてたのよ、上井くんってば!


「上井くん、神戸さんの服がお嬢様みたいじゃけぇ、照れとるんじゃないん?」


 絶妙なアシストをしてくれたのが、笹木さん。この7人の中で、一番背が高いの。男子は山本くんが一番高いけど、山本くんよりももう少し高いから…。

 やっぱり女子バレーボール部員だけあるね。


「いや、まあ、普段なかなか私服とか見んけぇね。そういう笹木さんも、これまたボーイッシュやね」


「アタシこそ、神戸さんみたいなコーディネートは似合わんでしょ。アタシはTシャツに短パンだもん、夏はいつも。スカートなんて、持ってたっけな?制服だけかもしれんよ?」


「じゃ、明日の仕事も笹木さんには男子の仕事を任せん?上井くん…」


 あ、松田くんが初めて面白いことを言ったわ。いつも話し合いでは寡黙だけど、ちゃんと話せるじゃない。


「松田くん、ちゃんと聞こえとるけぇね!明日は松田くんだけ、激辛カレーにしよっか?アハハッ」


 つられてみんな笑っていた。いい雰囲気だな、上井くんの班。ホントに上井くん、アタシを一緒の班にしてくれてありがとう…。


「まあお店の前で話してても邪魔じゃけぇ、早目に買い物しようや。女子の選ぶ品物を、男子が運ぶ、と。そんな感じでええかね、ヤマさん?」


「まあそうじゃろうね。俺らは肉ぐらいしか分からんけぇね」


「じゃとりあえず店内に入って、女子の後を男子が追い掛ける、と。そのうち役割分担とか出てくるかもしれんし、今は誰が何を担当するとか、決めずにおこうか」


「そうね、女子の得意分野も違うけぇね。アタシはサラダとか作るのに、野菜メインかな」


 そう言ったのは松下さんだった。


「じゃ、女子は二手に別れようよ。ユンちゃんと芝田さんは野菜やデザート、アタシと笹木さんで肉とかカレールー。男子は好きな方に付いて、荷物持ち」


「アハハッ、神戸さんも面白いね!男子は荷物持ちって。じゃ、ここまで来たんなら、一緒に回ってもらう男子も決めようか?男の子3人の希望はある?」


 笹木さんはスポーツ系だからか、グイグイと話を進めてくれて助かるわ。上井くん、班長としての出番がなくて、ちょっと戸惑ってるかな…。


「僕、肉を選びたいな」


 松田くんがポツリとそう言った。


「うん、松田くんなら柔道部じゃけぇ、助かるわ」


 笹木さんがそう言うと、松田くんもあまり女の子に免疫がないのか、照れた顔をしていた。


「俺はどうしようか。松田が肉系なら、野菜系に付こうか」


 山本くんが迷いつつ、野菜チームへ付くことを決めていた。


「野菜とかデザートも結構重いけぇ、山本くんなら力強いわ。ね、芝田さん」


 ユンちゃんはそう言って、おとなしい芝田さんを引っ張っていた。


「上井くんは、どうする?」


 アタシが勇気を出して聞いてみた。


「どっちも重要じゃもんね。でも肉が好きじゃけぇ、カレーのルーも選びたいし。松田くんと一緒に肉チームに付こうかな」


「ホント?助かるよ〜」


 アタシ、ここまで私服とか頑張ってきたのに、上井くんと離れて買い物するなんて、考えられなかったもん。

 きっと上井くんも、アタシを意識してくれてるはず…。


「じゃあ、二手に分かれて買い物しようか。女子に流石!って感覚を発揮してもらって。最後、レジが終わったらお互いのチームで買ったものを照らし合わせて、買い忘れがないか、確認しよう。で、みんなの使ったお金が平等になるように割り勘しようね」


 という上井くんの号令で、二手に分かれて店内に入ったの。


 松田くんは、アタシの女の勘だと、笹木さんが好きなのかもしれない。

 あまり喋らないけど、アタシよりも笹木さんの方に意識が向いてて、笹木さんも自分で取れるのに、高い棚の品物を松田くんに取らせてるし。


 アタシは…


 上井くんがカゴを押して、アタシが選んだモノをカートに入れてる。


「上井くん、明日は何カレーがいい?」


「ん?何カレーって、ククレカレーとかボンカレーとか、そういう区別?」


「もう、ワザと言ってるでしょ!ビーフとかポークとかチキンとか、あと辛口か甘口かとか。香辛料も入れようかとか!」


「ゴメンね、ワザとボケたんじゃないんよ。本気でそう思ったんよ」


「ホントに?だとしたら、アタシも強く言いすぎちゃった。ゴメンね」


「…謝らんでもええよ、神戸さん。実はやっぱり、ワザとボケとったけぇ」


「んもーっ!やっぱり!上井くん、班長なんじゃけぇ、そんなボケてる暇があったら、どんどんカレーライスに必要なものを選んでよ!」


 アタシと上井くんがやり合ってるのを見て、同じ班の松下ユンちゃんは、似合いの夫婦だ、って思ったらしいの。後から聞いたけど…。恥ずかしいわ…。


 大体みんな買い物が終わって、店の前で買ったものの確認や、お金のチェックをしてたんだけど、山本くんがポツリと言ってくれた。


「あのさ、肝心のライスは買った?」


「あーっ、買うとらん!ありがとう、山本くん。危うく明日のお昼はカレースープになるところだったわ」


 笹木さんが、アタシが買ってくると言ってもう一度店内に行ったら、上井くんがそっと松田くんの背中を押して、手伝っておいでって言ってた。


 …上井くん、松田くんが笹木さんを好きだってことを知ってて、同じ班にしたんだね。


 アタシには冗談言ったりしてるけど、やっぱり優しい男の子なんだな、上井くんって。


 最後にみんなが出したお金を精算して、現地解散になった。

 買ったものは男子3人が手分けして持って帰って、明日の朝、学校に持ってくるの。


 何となく同じ方向に向かうみんなで固まって、少しずつ帰り始めたんだけど、一番近いのは上井くんと笹木さんなんだよね。

 でも上井くんは松田くんを笹木さんと一緒に帰らせるように、ワザとゆっくり歩いてた。

 山本くんは芝田さんに一生懸命話し掛けてた。


 そんな4人を、ちょっと離れた所からゆっくり歩いて見ている上井くん。

 アタシは松下のユンちゃんと、更に上井くんの後ろを、ゆ~っくり歩いてた。


 上井くんはもしかしたら、もうみんな帰って、アタシ達が後ろにいるのを気付いてないかもしれない。


(ね、ユンちゃん、上井くんは完全にみんな先に帰ったと思ってるよね)


(そうだね。全然アタシ達の方を見ないもん)


(どうする?脅かしてみる?)


(えーっ、脅かすのは良くないよ。食べ物持ってくれてるもん)


(あ、そっか。じゃあ…)


「松下さんと神戸さん、もっとでかい声で話しゃあええのに」


「えっ、聞こえてたの?それより、アタシ達がいるのに、気付いてたの?」


「当たり前じゃん。4人が先に歩いとるもん、俺を除けば後は神戸さんと松下さんは帰ってない、って分かるし」


「は、恥ずかしい〜」


 ユンちゃんは物凄い照れてた。アタシもバレてたのは恥ずかしかったけど、ちょっと悔しかったから、


「上井くん、せっかくだから、もう少し気付かないフリしててほしかったな」


「え、なんで?神戸さん、何かを企んでたの?」


 上井くんは荷物を積んだ自転車を押して歩きながら、アタシの方を見て言った。


「だって、いつも上井くんにイタズラされるから、ちょっとイタズラしちゃおうかなって思ったのに〜」


「イタズラって大げさだよ!神戸さんの肩を叩いてこっち向いたら、人差し指が刺さるだけじゃん」


「それをイタズラって言うの!だからアタシも上井くんの肩を叩いて…って思ってたのに。もー」


「ハハッ、ほっぺを膨らませてる神戸さんも珍しいね」


「チカちゃん、落ち着いて。でも上井くん、神戸のチカちゃんとは、いい感じで話せるんだね」


 ユンちゃんが突然そんなことを言ったから、アタシは慌てちゃった。


「そっ、そんなこと、ないもん。上井くんが悪いのよ、ちょっかいを出してくるんじゃもん」


「でも、スカートを捲られたりはしてないでしょ?」


「そ、そりゃあそこまでは…。まあもし上井くんにスカート捲られても大丈夫なように、ブルマはいつも穿いてるけどさ」


「なんで俺が神戸さんのスカートを捲る前提で話が進んどるんよ!俺、いつそんなことした?女子にそんなことはせんよ。そんなん、小学校低学年でオシマイ」


「えっ?ということは、上井くんは小学校低学年の時、女の子のスカート捲ったことがあるんだぁ…。わ〜、エッチ!」


「それは小2の時に、相手の女の子が俺の教科書に落書きしたり、友達の前で俺のことをバカにしたりするけぇ、頭にきて思わずやっちゃったことだよ」


「でもそれって、相手の女の子は上井くんのこと、好きだったから、じゃないの?ほら、好きな子にワザと意地悪するような…」


「そんなの、小2とかで分かるわけないよ。俺は毎日嫌な目に合わされてるとしか思わんもん。なんか、嫌な思い出が蘇って来ちゃった」


 な、なんか上井くんを本気で嫌な気分にさせちゃったかも…。アーン、失敗したよぉ…。


「まあまあ上井くん、チカちゃんも落ち着いて。せっかく明日は楽しい林間学校なんじゃけぇ、最後は笑ってバイバイしようや」


 ユンちゃんが間に入ってくれて、なんとかなったけど、なんか上井くん、不機嫌そうだったな…。


 バイバイって別れた後も、振り向かずにそのまま行っちゃったし。


「ユンちゃん、アタシ、上井くんに嫌われたかな…」


「まあチカちゃん、ちょっと大袈裟に言っちゃったね。上井くんにスカートを捲られたことがあるなら別じゃけど、捲られたことがないんなら、あれだと上井くんを犯人みたいに扱っちゃってるし。小学校の時の話も上井くんには嫌な思い出なのに、チカちゃんは美化しようとしたり笑い話にしようとしたり。2人の話は嚙み合ってなかったわ」


「どうしよう…。謝らなきゃ」


「今日はもう仕方ないよ。明日でいいじゃん。もしかしたら…いや、言わないでおくわ」


「えっ?何々?」


「アタシの勘じゃけどね、上井くんは明日の朝、照れながらチカちゃんに謝ってくると思うよ。班長じゃもん、1日無事に楽しく過ごしたいじゃない?」


「そうかなぁ」


 そうなればいいけど…。


 早く明日が来てほしい!


<次回へ続く>

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