第8話 林間学校の準備その1

「ねぇねぇ、チカちゃん、1組の班編成はどんな感じ?」


 林間学校の班分けが発表された日の部活で、山神のケイちゃんに早速聞かれたよ。


 もちろん…


「アタシ、上井くんが班長の班に入ってた♪」


 って答えたんだけど、ケイちゃんは


「良かったね!これからは余計に上井くんのこと、意識しちゃうんじゃない?」


 そう言ってくれた。だけど、何故か一瞬寂しそうな顔になったの。

 すぐ元通りになって笑顔になったけど、アタシは何か心に引っ掛かるモノを感じて、


「…ウン。…あっでも、まだ上井くんのことがよく分かってないから、好きっていうレベルじゃないよ。気になるだけだから、本当に」


 とケイちゃんに控え目に答えたの。


 …アタシ、本音と違うことを、なんで咄嗟に言っちゃうのかな。


 ケイちゃんは、そのアタシの返事を聞いて、逆にちょっと怪訝な表情を見せたけど、それはきっと、アタシが本当のことを言ってないって思ったからだよね。


『上井くんと同じ班になれて良かったよ。林間学校で進展があればいいな』


 これが本音なのに…。


 この日以来、今度はアタシとケイちゃんの関係が、なんかお互いに疑心暗鬼みたいな、変な感じになっちゃった。


 アタシは、ケイちゃんもアタシや他の子にも言わないけど、心はもう北村先輩からは離れてて、春先に失敗したとはいえ、まだ上井くんのことが好きなんだと思うの。


 だから春先に上井くんと話せなかった時は凄く落ち込んでたし、また話せるようになってからはいつもの笑顔が戻ってきたもん。


 それを敏感に感じ取ったから、アタシは咄嗟に上井くんと同じ班になれて嬉しいのに、曖昧なことを言って、ケイちゃんを傷付けないようにした…つもりなのかな。


 でもケイちゃんは、まだ形上は北村先輩の彼女だし。

 上井くんは…多分今はケイちゃんのことは諦めて、アタシのことが好きなはずと、信じてる。だからアタシと同じ班になるために、いの一番に班長に立候補してたんだと確信してるよ。


 だけどケイちゃんは、上井くんはアタシのことを好きなんだろうなと思いつつも、北村先輩には気持ちが無くて、上井くんのことが諦めきれずに好きなわけで。


 えっ、なにこの複雑な人間関係って、三角関係?


 アタシ、そんな状態に、いつの間にかなっちゃってたの?


 そんなの、嫌だよ…。


 でもアタシの上井くんへの思いが固まったら、アタシはちゃんと上井くんに告白するつもり。

 その時はケイちゃんには悪いけど、アタシが行動を起こさせてもらうね、ゴメンね。


 上井くん、アタシの決意が固まったら、気持ちを受け止めてね。アタシも上井くんの気持ちを、アタシにしっかり向けてもらえるように頑張るからね。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 そして7月に入って、期末テストも終わって、3年生の雰囲気はもう完全に林間学校モードになっちゃった。


 班での話し合いも、一応毎日帰りのホームルームの時間に設けられているの。

 お昼ご飯のメニューを決めたり、班内の結束力を高めるためか、当日のしおりが早目に配られて、各自のページに自分の役割を書き込むようになってて、その辺りを班長の仕事に慣れてきた上井くんが話し合いをリードして、男子3人と女子4人の役を、こんなの頼める?って感じで、少しずつ固めていってるの。


 アタシはそんな話し合いの時に、小学校の時に同じクラスになったことがあって割りと仲良しだった松下弓子ちゃんと一緒になって、上井くんを少し弄ったりしてたの、エヘヘ。


「女子のみんなは、どうしても調理メインでお願いしたいんじゃけど、みんな得意、不得意があると思うんよ」


 上井くんがそう言ったから、


「上井くーん、女子に苦手な料理なんて聞くもんじゃないよぉ。何でも作れるもん。ねっ?」


 アタシがそう言うと、松下の弓ちゃんはそうそう、と頷いてくれたし、この春千葉から転校してきた女子バレー部の笹木さんも


「アタシもこう見えて、結構器用なんよ」


 って言ってくれたし、同じ吹奏楽部だけどいつもおとなしい性格の芝田さんも


「うん、アタシも大丈夫。頑張るね」


 って言ってくれたの。


「ほらね、上井くん。女子は何でも大丈夫なの」


「いや、その…」


 上井くんはまた照れて、顔を赤くして下向き加減になっちゃった。ちょっとやりすぎたかな?

 山本くんが上井くんに助け舟を出してたよ。


「まあまあ神戸さん、俺ら女子の実力とか、家庭科を一緒に受けとらんけぇ、分からんじゃん。上井も控え目に言ったつもりじゃと思うよ。な、上井!」


「いや、まあ、そんな感じで…。ありがとう、ヤマさん」


「ゴメンね、山本くん。アタシも別に上井くんをいじめようなんて、思っとらんけん。何でも女子は頑張るよ、って意味じゃけぇね」


 アタシのちょっとしたイタズラ心が、想定以上に拡大しちゃった。反省、反省…。


 でもこんな感じで毎日コミュニケーションを測ってたら、少しずつみんなと仲良くなれて、男子も上井くんだけしかよく分からなかったけど、山本くん、松田くんがどんな男の子なのか分かったし、女子も笹木さんとも仲良くなれたし、芝田さんとも吹奏楽部の話とかして、話せるようになったよ。


 その話し合いの結果、お昼ご飯はやっぱりこれが無難かな?って、いうメニューで、カレーライスに決まったよ。

 何となく他の班の様子も見聞きしてたけど、どこもカレーライスっぽいわ。

 その買い出しは、林間学校の前日に各班毎に行くことになってて、どこで買い物するかとかは、班長に任されてるけど、そんなのは女子に任せてもらえばいいしね。


 こんな話し合いを放課後に少しずつ積み重ねてたから、部活に行く時は上井くんとアタシ、芝田さんの3人で行くことが増えたの。

 芝田さんはあまり喋らないから、殆どアタシが上井くんと話してるんだけどね。


 でも毎日話してると、今までよりも上井くんとの距離が縮まっていくのが分かるの。


「ねぇ、上井くん。カレーライスは甘口が良い?辛口が良い?」


「そっか、ルーも前日買うもんね。もちろん俺は大人の男じゃけぇ、辛口ジャワカレーでええよ!」


「上井くん、ホントの大人は、自分から大人だ!なんて言わないよ〜」


「なっ…。い、いいじゃん。俺はもう15歳なんじゃけぇ、映画とか、15歳にならんと観れないのも観れるもんね!神戸さんは誕生日1月じゃろ?残念やね、まだ大人の映画が観れんくて」


「何よ!上井くんはそんな15歳にならなきゃ観れない、エッチな映画を観たいんだ。へぇ~っ」


「なんでエッチな映画って決め付けるんよ。もしかしたらゾンビとかジェイソンとか出てくるような映画かもしれんよ?」


「うーん、アタシには上井くんが、そんな怖い映画を観たがる性格だとは思えないけどなぁ」


「じゃあ何さ、俺の顔はエッチなことに興味津々って顔ってこと?」


「えーっ?そうじゃないの?」


「くーっ、今日もまた音楽室に着くまでに神戸さんに勝てんかった…。明日こそ勝つけぇね!」


「うん。頑張れ〜班長!」


 芝田さんはそんなアタシと上井くんのやり取りを、ニコニコしながら眺めてる。


 そして音楽室に着いて、クラリネットケースを棚から出して、組み立てて練習の準備に入るんだけど、最近は3年生がそんな話し合いを放課後によくしてるから、1年生と2年生の方が早く集まってるのね。


 最近は上井くんと掛け合いしながら来てるから、後輩の女の子から、聞かれちゃった。フルートの2年生、横田さんから、


「神戸先輩、最近、上井先輩と急に仲良くなられてませんか?」


 って。アタシはその聞き方で、もしかしたら横田さんが上井くんのことを好きなのかなと勘付いたから、言葉を選んで答えたの。


「ううん、3年生は今度の金曜日に林間学校があるでしょ?アタシ、上井くんと同じ班なの。それでね、毎日放課後に話し合いした後に部活に来るけぇ、つい色々話しながら来るだけだよ」


「ホントですか?上井先輩ってモテるから、もしかしたら神戸先輩も上井先輩のことを好きなのかな…って思いました。でも今のお話で、ちょっとホッとしたかも」


 横田さんはそう言って、フルートの練習場所に戻っていった。


(上井くんがモテてる?え、ホントに?)


 アタシは上井くんのことを好きなのは、山神のケイちゃんとアタシの2人だけだと思ってたけど、よく考えたら上井くんは後輩の面倒見が良いから、特に女の子に上井くんファンの子がいてもおかしくないわ…。


「チーカちゃん!どしたんね、考え込むような顔してから」


 ケイちゃんもクラスの話し合いを終えて、部活にやって来て、アタシを見付けるなり、そう話し掛けてきた。


「あ、ケイちゃん。えー、アタシ、そんな顔してた?」


「うん。恋に悩む乙女の顔してたなぁ。違う?」


 ケイちゃんは最近、林間学校で恋愛の何かに区切りを付けようとしてるかのように、アタシの上井くんに対する思いを探るような聞き方をよくするんだよね。


「ち、違うよ!」


「だってさ、上井くんの方を見ながら、悩む…は大袈裟じゃけど、何か考えてたもん。当たっとるじゃろ?」


「うーん…。ケイちゃんには敵わないね」


「そりゃ、幼稚園からの付き合いですから。アハハッ」


 そう、アタシとケイちゃんは、幼稚園が一緒で、遊ぶようになったの。幼馴染みってやつだよね。

 ついでに言うと男子だけど、村山くんっていう、上井くんとよく遊んでる男の子も、同じ幼稚園で、昔からよく知ってるんだ。


「ね、ケイちゃん。上井くんって、1年や2年の女の子からモテてるって話、聞いたことある?」


 ケイちゃんもクラリネットを組み立てながら、答えてくれた。


「うん。上井くんは後輩、特に女の子には優しいけぇ、嫌い、苦手って声は聞いたことがないよ」


「そうなんだ…」


「で、そのことがさっき悩んでた顔に繋がるの?」


「隠しても仕方ないから正直に言うと、そうなの。フルートの横田さんが、アタシと上井くんは付き合ってるのか、って聞いてきて…」


「ふーん…。あ、最近林間学校の話し合いの後に部活に来るけぇ、どうしても上井くんと一緒に、何か喋りながら来るからじゃない?」


「そう。まさしくそう聞かれたのね」


「……付き合ってるけど?って答えちゃえば?いっそのこと。実際はお互い照れててまだじゃけど〜」


 ケイちゃんは明るくそう言ったけど、その前に一瞬、寂し気な表情を見せた。


 アタシはそれで、ケイちゃんも上井くんのことがまだ好きなんだ、って確信しちゃった…。

 でもそんな思いとは裏腹なことを、アタシには言ってくる。


「そんな…。まだアタシは、上井くんに告白出来るレベルまで、自分の中で上井くんに対する気持ちが固まってないんだもん」


「もうチカちゃんって…。恋なんて、早い者勝ちだよ?気持ちが完全に固まったらとか言ってる内に…、先に誰かが告白しちゃうかもよ?例えばアタシとか」


 ケイちゃんはそう言って、少しアタシを牽制してみせた。


「ケイちゃんは…北村先輩とまずちゃんと別れなくちゃ」


 ちょっと牽制し返さなくちゃ、そう思ってアタシは咄嗟にそう返したの。


「そうなのよね…。だからどうしようも動けないのが残念…」


 そんな話をしながらふと上井くんを見たら、バリサクを持ったまま、1年生に課題曲のフレーズを熱心に教えてた。サックスに入った1年生は2人いて、2人とも女の子。

 上井くんの教え方も、去年の今頃はまだ教えられてる側だったけど、今や自信なさげに吹いてたとは思えないほど、上手かった。今日はパートリーダーの吉岡さんがいないから、代わりに上井くんが教えてたの。


「ウメちゃんはどうしてもこのフレーズに入る時、半歩早くなっちゃうから、ワザと遅らせるくらいの気持ちで吹けばいいかもね。アルトの1stだから目立っちゃうしね。2ndトップの永野も、逆にウメちゃんの真横におるんじゃけぇ、ウメちゃんに合わせるようにした方がいいな、多分。でもウメちゃんはフライングしないように、譜面に何か書いておいたらいいよ。じゃ、もう一回課題曲通してみよっか?」


 そう言って上井くんはメトロノームのネジを回して、課題曲のテンポで動かし始めた。


(あんな優しくて丁寧に教えられたら、年下の女の子なら、キュンとしちゃうよね…。上井くんは汗かきだから、教えながら汗を流してるのも、逆にカッコよく見えるだろうし。遠くから見てるアタシだって、キュンとくるもん)


 何となく上井くん本人は気が付いてないまま、上井くんの周りで女の子達が牽制しつつ動き出してる、そんな印象を持った今日の部活…。


 林間学校まではあと3日!


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る