第4話 卒業式、そして
3学期で吹奏楽部としては一番大きなイベント、卒業式を迎えた。
アタシは…吹奏楽部の3年生って5人しかいないってことで元々人数が少なかったし、北村前部長とは相性が悪かったし、そんなに卒業式の日だからって、別れを惜しむような方はいないし、淡々と演奏をこなして、無事に終わった、って感じかな?
でも上井くんは部長になって初めてのイベント的な演奏だからか、音楽室から体育館まで楽器、楽譜、譜面台とかを運ぶ指示とか、式典終了後の片付けの指示とか、物凄く緊張してるのが伝わってきたよ。
隣に座るケイちゃんも、上井くん、緊張してるね~って言ってたし。
でも、一生懸命に頑張る姿は…やっぱりカッコいいなって思っちゃった!
アタシの中の上井くんに対する、気になる男の子指数はまた上がったよ!
その後、音楽室で楽器を片付けた後は自由解散になって、式典が終わって無礼講になってる現場へ行ってもいいし、すぐ帰宅してもいいし、各自に任されたの。
アタシはとりあえず一旦教室に戻って、忘れ物がないか確認してから帰ろうと思って、2年3組の教室に行ったんだけど、ふと隣の4組を見たら、上井くんが1人で窓の外をボーッと眺めてたの。
こういう時、男の子に声掛けていいのかどうか分かんなかったけど、アタシはつい、一言声を掛けちゃった。
「上井くん?どうしたの?」
「あ、神戸さん。お疲れ様」
「上井くんこそお疲れ様。部長になって初めての行事で、緊張したでしょ?」
「うん。一つの行事で演奏するのに、沢山楽器を動かさなきゃいけないし、その指示を出さなきゃいけないし、今日は勉強にもなったけど、疲れたよ」
「そうだね。去年の今頃って、上井くんはまだ吹奏楽部に入ってなかったよね?」
「そうじゃね。竹吉先生から猛烈な勧誘を受けて、逃げ回っとった頃だよ~」
上井くんはそう言って、笑わせてくれた。
「まだこの頃は、逃げよったん?でも2年生に上がる時に、よく決断したね」
「うん…。逃げてはおったけど、逃げ切れない、とも思ってたんだ。だからいつから入部したらいいのかな?って悩んでたのも事実だよ」
「そうなんだ。それで、正式に入部したのっていつになるの?」
「入学式の演奏の後だよ。ほとんど1年生の入部と同じタイミングだよね」
「へーっ。やっぱり最初は大変だったでしょ?」
「うん。想像してたんと違って楽器は重たいし、楽譜は読めんし記号の意味も分かんないし、かといって全部何から何まで先輩に聞くわけにもいかないし…。最初は辞めときゃよかった、って思ったなぁ」
やっぱり最初の頃、上井くんは辞めたかったんだね…。それを察知して、同じクラスだったケイちゃんが、一緒に音楽室に行こうよって頑張ってくれたんだね。
「でも、頑張って残って、今や部長さんだもんね。頑張ったね、上井くん!」
「うーん、結局竹吉先生のお陰になるのかなぁ。辞めたいな、辛いな、って時に相談に行ったら、俺の考えなんかお見通しだと言わんばかりに、アドバイスを沢山くれたり。合奏で偶然吹けた部分を大袈裟に褒めてくれたり。そしてコンクールで金賞取ったじゃん?あの頃から、吹奏楽って楽しいな…って思い始めたんよね。あと初めの頃は山神さんが結構助けてくれたんだ。一緒に音楽室に行ってくれたり」
「そうなんだ!上井くんが辞めなくてよかった…」
アタシがシミジミと呟くように言ったからか、上井くんは敏感に反応した。
「ん?神戸さん、今の言葉って…意味あり?」
上井くんは少し笑みを浮かべて、アタシのことを見た。
「えっ、あ、あのね、上井くんが辞めてたら、男の子っていう貴重な戦力が、またいなくなっちゃうじゃない?それに部長さんを任せられる人って、今の2年の女子にはおらんでしょ?」
不意に発した自分の言葉に、アタシ自身が慌てちゃって、必死に色んな言葉を繋いで答えた。
「いや、俺が入る前は、打楽器の船木さんが部長候補だったって聞いたけど…」
「それは…単なる噂じゃないかな。上井くんは気にしなくていいと思うよ」
「そう?そうならいいけど。なんとか今は船木さんとも話せてるから…。ところで神戸さんはもう帰るん?」
「アタシ?うん、特に用はないし…。3年の先輩には…特に前部長にはいい思い出がないし…」
「ハハッ、神戸さん、そんなこと言えるようになったんじゃね!良かったよ!元気になって」
「ううん、あの時は上井くんもアタシなんかのために色々動いてくれたって、先生やケイちゃんから聞いとるけぇ…改めてありがとう」
「いっ、いや…。俺は大したことしてないよ。でも、女の子を泣かせるような人は、たとえ先輩でも許せんかったけぇね」
ふと上井君を見たら、やっぱりこの話の時は照れて下を向いてた。優しいけど、恥ずかしがり屋さんでもあるのかな?
「上井くんは、まだ帰らないの?」
「うん…。あの滅茶苦茶な現場が収まったら帰ろうと思って、ずっと眺めとるんじゃけど、なかなか終わりそうもないね」
「そうね…。いつ終わるのやらね。じゃ、アタシはあの中を抜けて先に帰るね」
「うん、気を付けてね、神戸さん」
「じゃ、じゃあね、バイバイ」
「うん、バイバイ」
アタシ、勇気を出して、バイバイって手を振ってみたの。
そしたら上井くんも照れながら、小さな素振りで、手を振り返してくれたんだ。
それだけでとても嬉しくなっちゃう♪
ちょっと心が温かくなって、ニコニコしながら下駄箱へ向かってたら、山神のケイちゃんとすれ違ったの。教室に荷物でも取りに戻るのかな?今なら上井くんと鉢合わせになるけど…。
「ケイちゃん、まだ帰ってなかったんだ?」
「あっ、チカちゃん…。う、うん、北村先輩と色々あって…。また話すね」
なぜかケイちゃんは、ものすごく複雑な表情をしてた。
ケイちゃんと北村先輩の関係がどうなってるのかまでは、アタシは今は分からないから、今もどんなやり取りがあったのかは分かんないけど、ケイちゃんの表情を見る限り、あまりいい話が出来たわけじゃないみたい。
ちょっと心配になったけど…。
3年生が卒業して、学校内も少し寂しげになったけど、吹奏楽部は今度は入学式用の演奏の練習が始まった。
竹吉先生は、もし俺が1年生の担任になったら指揮が出来んけぇ、上井、その時は指揮者を頼むぞとか言って脅かしてるけど。
上井くんも真面目だから、もしそうなったらどうしようって、真剣に悩んじゃってるし。
…だけどそんな上井くんが、今までは普通に話してた山神のケイちゃんと、不自然に喋らなくなってることに、アタシは気付いちゃった。
(え?卒業式の朝は、普通に話してたよね…?なんだろ、ケンカでもしたのかな…)
何が不自然って、お互いに目が合ったら、ケイちゃんは何か話したそうなのに、上井くんからサッと視線を逸らしちゃうこと。
これって、なんなの?
ケイちゃんは上井くんに話したいことがあるのに、上井くんはケイちゃんと話すのを拒否してる。
…もし卒業式後にケンカでもして、喋らなくなったのなら、お互いに目線すら合わせようともしないはずだから、ケンカが原因ではなさそうね…。
上井くんから目線を外された後のケイちゃんは、凄く悲しそうな表情をするの。
アタシはそれが辛くて、春休みの練習日に、ケイちゃんに聞いてみたんだ。
「ケイちゃん、上井くんとケンカしたの?」
「ううん、ケンカなんてしてないよ」
「でっ、でもね、前は普通に会話してた上井くんとケイちゃんが、最近、不自然なくらい全然喋らないじゃない?何かあったの?」
「…アタシが悪いの」
「ケイちゃんが?」
「うん。アタシのせいで、上井くんのこと、傷付けちゃったんだ」
「そんな…。ケイちゃんは上井くんの味方だったじゃん。北村先輩さえいなければ上井くんにチョコ上げるのに、って。本当にケイちゃんに責任があるの?上井くんが何かを勘違いしてるってことはないの?」
「ううん、上井くんは、なんにも悪くないよ。勘違いもしてない。アタシが…アタシが…」
ケイちゃんはそこまで言うと涙を浮かべて喋れなくなっちゃったから、アタシもそれ以上は聞けなかったんだけど。
うーん、ケイちゃんは全部自分が悪いって言ってるけど、上井くんも絶対何か勘違いしてるよ。
アタシ、なんとか2人を仲直りさせたいな…。
<次回へ続く>
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