第3話 恋の予感

 中2の3学期も半分が過ぎた。


 吹奏楽部では上井くんが慣れない部長として悪戦苦闘してるのは分かったけど、声に出して応援したら、アイツらデキてるとか言われるから、アタシは心の中で祈ってた。


『上井くん、頑張ってね。応援してるからね』


 でも少しずつ、上井くんなりのリズムも掴めてきたのかな。

 部活後に鍵を閉める役が部長の仕事にあるんだけど、男子の後輩が廊下で遊びながら、上井くんが鍵を閉めるのを待つようになってた。

 そして男子達でなんか話しながら、一緒に途中まで帰るようになったみたい。


「上井くん、男子の後輩達と仲良くなって良かったね」


 ケイちゃんが練習中に、アタシにそう言った。


「うん。今までも話はしてたけどさ、最近は時々クイズ出したりして遊んだりしてるじゃない?あれは上井くんには心が落ち着くと思うよ」


「そうだよね。去年の最初の頃は、誰とも話さなくって、孤独を身に纏ってたから」


「そんな、ケイちゃんも大袈裟だね~」


「いやいや、だから同じクラスのアタシが一肌脱いだって話に繋がるのよ。で更に繋げると、この前言ったけど北村先輩の嫉妬に繋がるの」


「わ…。北村先輩ね」


 そのアタシを悩ませてきた北村先輩とも、もうしばらくしたらお別れになる。ちょっとアタシはホッとしている。


 その3年生の先輩達は、今は私立高校の受験に向けて頑張ってて、私立が終わったら次は本命の公立に向けてまた頑張らなくちゃいけない。アタシ達も卒業式で演奏する曲の譜面が配られたし。


「ケイちゃんはさ、北村先輩とまだ付き合ってるの?」


「えっ?うぅ…。痛い…」


 ケイちゃんはそう言って、胸の辺りを手で押さえてた。


「アハハッ、ケイちゃんも面白いね。もしかしたらこれから北村先輩とどうしようか、迷ってるの?」


「…うん。迷ってる」


「それは、北村先輩と別れたい…ってこと?」


「そうなっちゃうよね」


「アタシも…あまり他の人の事情に首突っ込んじゃいけないって思うけど、やっぱりね、ケイちゃんは北村先輩と別れた方がいいと思うな…」


 ついアタシってば、大胆なことを言っちゃった。だけどケイちゃんは受け止めてくれた。


「だよね?チカちゃんもそう思うでしょ?」


「うん…。だってケイちゃんが北村先輩と付き合ってても、楽しそうに見えないんだもん」


 アタシはこれまでずっと思っていたことを、このチャンスに…と思ってケイちゃんにぶつけてみた。

 もしかしたら流石にケイちゃんも怒るかな…って、ちょっとビクビクしたんだけど…


「チカちゃんの言うとおりよ。いつも先輩の都合に振り回されて、彼氏がいて楽しいスクールライフ!は、夢のまた夢だもん。もっと身近な、いつでもすぐ会える距離にいる、話していて楽しくて、優しい男の子と付き合いたいよ〜」


「身近な、話したら楽しくて優しい男の子?」


 アタシはふと、上井くんのことを言ってるんじゃないかと思った。

 上井くんはケイちゃんと同じクラスだし、身近で部活がない日でも会えてる。

 アタシは…部活に来ないと上井くんに会えない。


 あと上井くんは部長モードの時は別だけど、普段はお喋りすると次々とネタを放り込んでくるから楽しくて、時間があっという間に過ぎるし、何より優しいんだ。相手を傷付けないように話してるのがよく分かるの。

 他の男の子にはない魅力を、アタシだって上井くんに感じてるんだもんね。

 あっ、ケイちゃんは同じクラスだから、休み時間とかに上井くんと話したりして、楽しんでるんだ…。


 だとしたら…アタシはどうすれば…。


「ところでチカちゃんは、バレンタインに上井くんにチョコは上げたの?」


 わっ、突然話題が変わっちゃった。


「ば、バレンタイン?」


「うん。上井くん、チョコはもらえたのかな、部員の女の子から。アタシも北村先輩と別れてたら、上げたんだけどな」


「アタシは…。結局上げる決心が付かなくて、上げなかったの」


「えー?上げなかったの?なんで?」


「だって、チョコを上げるって、あなたが好きですってことでしょ?アタシ、まだ上井くんのことがそこまで好きなのか分かんないの…。そんな気持ちでチョコを上げたら、上井くんに逆に失礼だし」


 アタシ、何言ってるんだろう。上井くんのことは気になる存在だって、ケイちゃんには言ってるのに、チョコを上げるほど好きじゃない、なんて。


 でもケイちゃんは、そんな卵が先が鶏が先かみたいなイベントじゃないんだから、気楽に部長頑張ってね、くらいの気持ちで、上井くんが重たくならない程度に市販の板チョコでも上げれば良かったのに、って、何故か物凄く残念がってた。


「次のバレンタインって、来年だよ。アタシ達、高校受験生だよ?今年しか、バレンタインでチョコを上げるチャンスは無いのに〜。上井くん、可哀想に」


「ケイちゃん、アタシを応援してくれてるの?」


「えっ?」


 ケイちゃんはふと我に返り、ちょっと動揺した表情を見せた。えっ、もしかしたら…


「いや、そんなにアタシが上井くんにチョコを上げなかったことを勿体無いって言ってくれるのは、ケイちゃんはアタシと上井くんをくっ付けようとしてるのかどうなのかな、なんて思って」


「そ、そうじゃね、チカちゃんが上井くんと付き合ったら、お似合いかもしれないね」


「うーん、なんかケイちゃん、答えてるようで答えてないよぉ?」


「そ、そんなことないよ?答えてるよ?」


 なんかケイちゃん、動揺してる。

 北村先輩と別れたがってはいるけど、一応まだ彼氏、彼女なんだし、まさかケイちゃんが上井くんのことを好きになるなんて、想像もしてないけど。


 …もしケイちゃんが上井くんを好きになって、本気出してきたら、アタシ、勝てるわけないじゃん。緒方中一番のアイドル顔なんだもん。


 なんか、元気無くなってきちゃうな。


 その日はそのせいで、ちょっと落ち込んでお家に帰ったの。

 そしたらお母さんってば、すぐにアタシの様子が変だって気付いたみたい。


「チカ、お帰り。どうしたの?元気がないけど」


「え?そんなこと、ないよ。元気だよ」


「うーん、無理しなくてもいいのよ。何かあったの?お母さんに言えないことなら別にいいけど、言えるようなことなら、悩み相談に乗って上げるわよ」


「……あ、あの、ね」


「うん、なーに?」


「アタシ、山神のケイちゃんとね、同じ男の子を好きになったかもしれないの」


「へぇ、山神さんの娘さんと、同じ男の子を?その男の子は同じクラスの子?」


「ううん、クラスは違うけど、同じ吹奏楽部の男の子」


「ふーん、あの男の子かな。チカも、恋する女の子なんだね、やっぱり」


「な、なにそれ。アタシは一度も自分を男だなんて思ったことないよ?」


「何を変な返事してるの?まあ、落ち着きなさい。チカはその男の子を、どれぐらい好きなの?」


「それが…分かんないの」


「分かんない?なんで?好きか嫌いか、最後はこの二択でしょ、恋なんて」


「うーん、それで言うと、やっぱり好き…かな」


「やっと認めたわね。貴女はアタシとお父さんのどっちに似たのかしら。頑固で一度決めたことは曲げないんだから」


「だって…」


「お母さんには、山神さんには敵わない、だから傷が深くなる前に、その男の子を本気で好きになるのは止めとこうかな、そんな貴女の意図が透けて見えるわよ」


「えっ…。お母さん…」


「そんな考えは、もっと大きくなってからでいいじゃない。山神さんにその男の子を取られるとか怖がってないで、自分が好きになった男の子を、自分の方に引き寄せる為に、貴女らしい魅力で頑張ってみなさい。それでもダメだったなら、また新しい男の子を探せばいいじゃない」


「う、うん…。そうよね」


「やっと前向きな言葉が出たわね。もう少ししたら3年生でしょ?今はその男の子とは、違うクラスなんでしょ」


「うん、隣のクラス」


「だよね?じゃ、もしかしたらクラス替えで同じクラスになるかもしれないわよ。ね、諦めるのはまだ早いわよ」


「そうかも…ね」


「じゃあご飯の前にお風呂でも入って、スッキリしちゃいなさい!」


「はーい」


 お母さんに言わされたような、気付かされたような感じだけど、アタシはやっぱり上井くんのことが好きなんだな…。

 まだ好きで好きでたまらない…ってところまでは親しくないけど、ケイちゃんに取られたらって考えたら、悔しいって思うもん。


 3年生になったら、上井くんと同じクラスにならないかなぁ…。なれたら、上井くんとの距離が縮まって、もっとアタシの気持ちも高まると思うな…。


 それよりお母さん、何となく上井くんのことを知ってるのかな。時々ドキッとするようなこと、言ってたし…。


<次回へ続く>

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