第2話 恋、はじめまして
上井くんが、アタシと北村先輩のトラブル解決に、気が付かないように関わってくれていたのが分かって、アタシの中での上井くんの存在感は、グン!と上がっちゃった。
あ、上井くんって凄いんだよ。
2年生からの途中入部なのに、竹吉先生と3年の先輩方からの推薦で、部長になっちゃったの。
11月の文化祭で3年生が引退するんだけど、その文化祭の終わった次の日に、3年生の引退式と、役員交代式があるんだ。
アタシは山神のケイちゃんと並んで座って、色々予想してたの。
「ケイちゃんは誰が部長になると思う?」
隣に座ってるケイちゃんに聞いてみた。
「アタシ?うーん、やっぱり男子ということで上井くんかな?でも途中入部っていうハンディがあるから、どうかなぁ。竹吉先生も悩んでるんじゃない?」
アタシも似たような意見だった。
「アタシも…上井くんがいいなって思ってるの。でもまだ吹奏楽部では、1年生みたいなものだし…。どうなるかな」
あっ、竹吉先生が入ってきた。いよいよね…。
「みんな揃ってるか?じゃあ3年生の引退式と、新部長、新副部長の発表を行います。今回の決定は、俺と3年生とで、長い時間を掛けて話し合いました。中には不満があるヤツもおると思うが、まずは聞いてくれ。新部長は、サックスの上井、新副部長は打楽器の船木。以上」
アタシはケイちゃんと目を合わせた。音楽室の中も、なんかザワザワしてる。
(上井くん、部長になったね!)
小声でケイちゃんが話し掛けてきた。
で、肝心の上井くんを見たら、まさか自分が呼ばれたことに気付いてないのか、1年の男子と喋ってるの。
だから竹吉先生は、
「上井!ウ・ワ・イ!お前、新部長になったんだぞ!」
って叫んだの。
上井くんはキョトンとして、なんで?って顔してたけど、とりあえず前へ呼び出されてた。
「え?俺が、新部長ですか?」
「ああ。これから1年、船木さんと一緒に引っ張って行ってくれや。今の様子を見てると怪しいけど」
音楽室の中がドッと笑いで溢れた。
「まずは新部長からの挨拶。一言、何か言ってくれ」
上井くん、喋りとかは上手い方だと思うけど、突然何か喋れって言われて、緊張してるんじゃないかな…。
「えっ、えーと。・・・数秒前まで俺が部長になるなんて考えてもなかったんですけど、なった以上は頑張ります!よろしくお願いします」
音楽室内は拍手に包まれたけど、ちょっと周りを見渡してみたら、何人か同期の女子が首をひねって、納得いかないって顔してた。上井くん、大丈夫かな…。上手く部長を務められるかな…。
傍らに副部長として立ってる船木さんも凄い心配そうだし。
上井くんは北村先輩から、音楽室の鍵を預かる儀式の時、北村先輩から何か耳打ちされてた。
どんなことを言われたんだろ。
男同士の話かな?それともこれから頑張れよ、とかかな…。
その後、1年と2年でアーチを作って、3年生を見送ったんだけど、3年生は5人しかいないから、あっという間に終わっちゃった。
ケイちゃんは北村先輩の彼女だから、この後、2人だけのサヨナラのデートとかするのかな?なーんて。
竹吉先生はみんなを座らせて、
「さて、新部長の上井だが、経験不足なのは、十分先生も分かっとる。中には、なんで途中入部した上井が部長なんだって思ってるヤツもいると思うが、もし文句があるなら、後から俺の所に来てくれ。詳しく説明してやるから」
と、残った1年生と2年生に念を押すように話をした。
アタシはケイちゃんと目を合わせて、
(上井くんのこと、助けてあげようね)
とアイコンタクトしたの。
3年生が引退したら、卒業式まで当分吹奏楽部って出番がないから、どうしても練習も気が抜けたものになっちゃうんだ。
サボる人も増えちゃうし。
そんな時期を、去年上井くんは経験してないから、きっとちょっと暇な3学期の過ごし方とか、戸惑うと思うの。
だから上井くんが部の運営に困っていたら、さりげなく助けてあげようね、ってケイちゃんとも話してたの。
だけど、そんな心配は無用だったわ。
上井くんはとにかく練習熱心。
部長になってからは、必ずと言っていいほど一番を争うように音楽室にやって来て、練習を誰よりも早く始めるの。
これは部長になる前から続いてることだけど、部長になったからには…って感じで、より一層練習熱心さに磨きが掛かった感じ。
ケイちゃんが同じクラスだから、さりげなく上井くんに、なんでそんなに急いで音楽室に行くの?って聞いてみたんだって。そしたら、
『ただでさえ同期のみんなより1年周回遅れの自分が部長なんかやるんじゃけぇ、自分に付いてきてもらうためには、誰よりも早く練習を始めて、最後の鍵閉めまで部員の練習を引っ張らなくちゃ』
って言ったんだって。
カッコいい!
上井くんって、優しいだけじゃなくて、責任感の強いカッコいい男の子なんだね。
だから、同期生はともかく、1年生達は殆ど真面目に毎日練習に出てきてたよ。部長が率先して毎日一番乗りで練習に来てるんだもん、1年生は先輩より遅く来るなんて恥ずかしいから、少しでも上井くんより早く音楽室に来るようになる。相乗効果ってやつかな?アタシも上井くんに負けないように…とは思ってるけど。
そして上井くんは途中入部のハンディを克服するためか、なるべく後輩の1年生に沢山話し掛けて、後輩1人1人の性格や、まだ覚えていない後輩の名前を覚えようと努力してた。
同期はある程度、性格も名前も分かるもんね。
「チカちゃん、上井くんってアタシ達が心配する必要はないみたいだね」
ケイちゃんがある日の練習中に、アタシにそう話し掛けてきた。
「うん。凄い頑張ってるよね。もしかしたら上井くんは、突然部長になって戸惑ったような表情してたけど、内心では万一部長になったら…って考えて、色々シミュレーションしてたんじゃないかなぁ、なんて」
「へぇ、チカちゃん、そこまで考える?」
「うん。上井くんって途中入部してきた頃って、いつ辞めてもおかしくないくらい、存在感が薄かったじゃない?それが今や上井くんがいない吹奏楽部は考えられないもん」
「そうよね。だから最初はアタシが同じクラスだから、上井くんが辞めないよう、逃がさないように、一緒に音楽室に行こうよ、って誘ってたんだ」
「へーっ、そうだったんだ?」
「うん。それで上井くんも、音楽室に行きやすくなってくれたはずなんだ。でもね、北村先輩がそんなことするなって言うから、誘えなくなっちゃったんだけど」
「え?なんでそんな横槍入れるの?北村先輩って…」
「春先、覚えてない?アタシが元気なくって、チカちゃんが心配してくれた時」
「あっ、うんうん、覚えてるよ。北村先輩が嫉妬深いって…。あ!なるほど…。繋がったよ」
「今更だけどね。要は、アタシが上井くんと2人で音楽室に向かうと、アタシは上井くんと付き合っとるように見える、そんなのは嫌じゃ、やめろ、そういうこと」
「ふーん…。北村先輩って、やっぱりアタシは苦手だわ…。よくケイちゃん、耐えてるね?」
「う、うん…。今は先輩も高校受験だから、何も手が出せないし。卒業式まで身動き取れないの」
「そうなんだね…」
北村先輩…アタシはやっぱり相性が合わない先輩だわ。
物凄いケイちゃんを束縛してる。
アタシは束縛されるのは嫌いな水瓶座だから…。
「あっ、そうそう!チカちゃん、バレンタインには、上井くんにチョコ上げるの?」
「えっ?バレンタイン?」
「そう。もうすぐバレンタインだよ。チカちゃん、上井くんのことが気になるんじゃない?」
ケイちゃんはそんなことをアタシに言うの。
確かに去年、アタシと北村先輩のトラブルを解決するために、陰で動いてくれた時から、上井くんは単なる知り合いの男子っていうよりも、アタシの中での位置付けは全然変わったし、初めて上井くんに年賀状も送ったけど…。あ、ちゃんと年賀状はすぐに返ってきたよ。
「うん…。迷ってるんだ」
「迷う?え、なんで?」
「あの…あのね、確かに上井くんは、今のアタシの中で、一番気になる男の子。でも女の子がバレンタインにチョコを男の子に上げる時は、義理だよ!って友達のように上げるか、好きです!って気持ちを固めて上げるかの、どっちかだと思うの。今のアタシだと、上井くんに義理チョコ食べて、なんていうのはちょっと失礼だし…。で、でも、でもね、本命チョコです、付き合って下さい!って渡すほどまで好きなのかな?って気持ちではないかな、なんて思って…」
「チカちゃん…、なんか難しく考えすぎじゃない?哲学の話してるみたいよ。上井くんは友達以上の存在なんでしょ?アタシなら、はいチョコ!お返し待ってるからね!って気楽に渡すけどな~」
「う、うん…。まだバレンタインまでは日があるでしょ?もう少し考えてみる」
それでもケイちゃんは、北村先輩という存在さえいなかったら、アタシは上井くんにチョコ上げちゃうけどな~って言ってた。
アタシが考えすぎなのかな?
だって女の子から男の子に告白してもいい、1年に1回しかない日だよ?
今のアタシには、上井くんに義理チョコどーぞ、だなんて軽々しい気持ちはない。義理で上げるなんて、そんな軽々しい存在じゃないんだ、上井くんは…。
チョコを上げるなら、もっとアタシの気持ちを固めないと…。
そう思いながらアタシは、冬なのにバリトンサックスを汗をかきながら練習してる上井くんを見つめてた。
(…やっぱりカッコいいな、上井くん。チョコ、どうしよう…)
<次回へ続く>
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