上井くんとアタシの思い出日記

イノウエ マサズミ

第1章 プロローグ&中2編

第1話 優しい男の子って

【プロローグ】


 今日は高校の入学式。

 アタシは西廿日高校に進学して、部活と勉強を両立させて夢を叶えたいと思っている。


 その西廿日高校に同じ中学校から進学したのは、約20名ほどらしい。

 その中には、アタシが私立高校の入試直前にフッてしまった、上井純一くんもいる。


 母と高校の下駄箱に辿り着いたら、新一年生のクラス分け表が貼ってあった。


「8クラスもあるんじゃねぇ」


「そうね。中学の2倍だね」


 これだけクラスがあれば、上井くんと同じクラスにはならないと思った。

 吹奏楽部で一緒になるのは仕方ないけど…。


 でも先にクラス分け表を見て母が言った。


「チカ、あなたは7組で、上井くんと同じクラスになっとるよ」


「え?」


 アタシは慌てて自分の目で確認した。


(ほ、本当だ…。上井くんが男子の3番目、アタシは女子の4番目…)


 顔面蒼白になったアタシを見て母は、


「あのまま付き合ってたら、最高の船出じゃったのにねぇ…」


 そう言った。


 とりあえず母と分かれ、指定された1年7組へと向かう。

 そっとドアを開けて教室の中を見たら、まだチラホラとしか新入生は来てなかったけど、上井くんはもう来てた。


(アタシ、上井くんの左斜め後ろだよ…)


 覚悟を決めてゆっくりと自分の席に座ろうとしたら、その気配を感じてか、上井くんがアタシの方を見た。


 久しぶりに上井くんと目が合った。


 目が合ったからには、おはようとか、またよろしくとか言えばいいのかなと迷ってる内に、上井くんは無言でプイッと前を向いた。


 まるでお前なんか知らない、みたいに。


 …そうだよね、当たり前だよね…


 なんで上井くんと同じクラスになったの?


 アタシの頭の中がごちゃごちゃになる。


 去年の今頃は、上井くんの事が気になって気になって仕方なくて。

 夏前にやっと両思いになったのに。


 …いや、上井くんがアタシの誕生日に、あんな手紙をくれるのがいけないのよ。アレさえなければ…




【中2の時】



 アタシは緒方中学校の神戸千賀子。

 1年生の時に吹奏楽部に入って、クラリネットを吹いてきたんだよ。

 アタシの家は昔から音楽好き一家だったから、小学校の時も音楽クラブに入ってたんだ。


 親友の山神恵子ちゃんも一緒。

 小学校の時も一緒に音楽クラブに入ってて、中学では吹奏楽部に入ろうね、ってずっと言ってたんだ。


 でも小学校の時の音楽クラブは、金管楽器だけのバンドだったから、アタシが吹きたかったクラリネットはなかったの。だからトランペットを吹いてた。山神のケイちゃんも、クラリネットを吹きたかったんだけど、クラリネットはなかったから、トロンボーンを吹いてたの。


 だから中学校に入って、吹奏楽部でケイちゃんと一緒にクラリネットが吹けた時は、やっと夢が叶ったみたいでとても嬉しかったよ♪


 こんなアタシだけど、小学6年生の時に、アタシのことを好きだって言ってくれた男の子がいて、その男の子と一応付き合ってたことがあるんだ。

 周りからは早すぎるとか言われたけど、それはアタシだって同じだと思ったよ。


 小学生だから、男子と女子が付き合うって何なのかアタシにはよく分からなくて、結局彼が私立中学校へ行くことになって、小学校卒業と同時に自然消滅したの。

 一応6年生の時のバレンタインデーにチョコレートは上げたけど、ホワイトデーにお返しはなかったし。


 だから中学校に入ったら、ちゃんと好きな男の子を見付けて、出来ればちゃんとしたお付き合いをしてみたいな、それも夢だったんだ。


 でも1年生の時は、同じクラスにタイプの男の子がいなくて、恋に恋する状態だったかなぁ。

 吹奏楽部にいた、バリトンサックスを吹いてた唯一の男の子も、ちょっとアタシの好みとは違ってて…。


 でもその男の子は1年の2学期一杯で、お父さんの転勤で引っ越しちゃって、吹奏楽部のアタシの同期は、一時期女子ばかりになっちゃった。


 でもね、2年生になった時に、入れ代わりのようにバリトンサックスを吹く男の子が、途中入部してきたんだ。

 そう言えばこの男の子、中学に上がる時に、横浜から引っ越してきた男の子じゃなかったかな?

 去年、隣のクラスに都会から転校生が来た、って話題になってたのを覚えてるから…。


 パッと見、結構スリムで優しそうだし、毎日一生懸命練習を頑張ってるから、楽器はまだ初心者でこれからだけど、ちょっとだけ気になるかも♫


 2年でのクラスは、叉もアタシの3組の隣、4組らしいから、3組と合同でやる体育の時とかに、彼の授業中の姿を見れるかも。


 彼の名前は、上井純一くん。


 1年の時に音楽の先生で吹奏楽部の顧問の竹吉先生のクラスにいたからか、竹吉先生が熱心に吹奏楽部に勧誘してたのを、アタシも見たことがあるよ。


 2年に上がる時に、竹吉先生に遂に口説き落とされたんだね。


 山神のケイちゃんが2年4組で上井くんと同じクラスだから、部活に慣れなくて戸惑ってる上井くんを、何かと助けて上げていたよ。


 その内に上井くんも部活に慣れて、竹吉先生も褒め殺しみたいにして上井くんをノセていったから、最初はいつ辞めるかもしれない、不安そうだった上井くんも、夏休みにはすっかり1年生の時から吹奏楽部にいたような感じで、溶け込んでたよ。



 こんな感じで、楽しく吹奏楽部で活動出来ていたのに、2年生の2学期のある日、ちょっとした事件があったんだ。



 …部長の北村先輩はアタシのことが、本当は嫌いだったんだろうな…



 北村先輩って、アタシの親友、山神のケイちゃんに一目惚れして、去年の11月の文化祭後に役員改選で部長になったら、その勢いでケイちゃんに告白して、ケイちゃんもよく分かんないまま告白にOKしちゃって、あっという間に恋人になっちゃったの。

 ケイちゃんはアタシより可愛いし、同学年で一番のアイドル顔だから、この先もモテモテなんじゃないかなぁ。北村先輩はちょっとズルいって思ったなぁ。


 その北村先輩に、アタシが気にしてる天然パーマを、ある日の部活始めでからかわれちゃったんだ😥

 その時の音楽室には、アタシの他には北村先輩しかいなかったのもあって凄いショックで、泣くつもりなんて無かったのに不意に涙が溢れちゃって…。

 そしたら北村部長もゴメンと言いながら、でも半笑いしながら慌てて音楽室から逃げたけど…。


 その直後に、なんと上井くんが音楽室に来ちゃったの!


 アタシ、泣いてる姿なんか上井くんに見られたくなくって。

 上井くんは、座り込んで泣いてるアタシを心配して、声を掛けてくれたけど、アタシは大丈夫って一言だけ言って、音楽室から逃げちゃった。


 上井くんのことはちょっとだけ意識してたけど、あんなアタシの姿を見られたら、これから先、アタシを意識してくれる訳、無いよね。あーあ…


 アタシこの日は、悲しくて寂しくて、部活も早退しちゃって、でもお母さんや妹、弟にはバレたくないから、部活は中止になったって言って、出来るだけ家では普通に振る舞ってたんだ。


 でもその日の夜に、ケイちゃんが心配して電話をくれたの。

 その時アタシはお風呂に入ってたから、アタシから掛け直したんだけど…。

 部活に来れそう?って聞かれたら、行けるかどうか分からないって言っちゃった。

 でも学校には行くから、心配しないで、って言ったんだけどね。


 そしたらケイちゃんが言うには、アタシのことを心配してるのはケイちゃんだけじゃないって。

 上井くんが、凄く心配してるよ、って。


 えっ、上井くんが心配してくれてるの?


 今日ケイちゃんに、アタシは大丈夫かどうか電話してみてってお願いしたり、明日、アタシは学校に来れるかどうかを心配してるんだって。


 だから、ケイちゃんが電話してくれたのは、上井くんに言われたからなんだよ、って言ってたよ。


 上井くんって、優しい男の子なんだね。音楽室でも心配してくれて、声掛けてくれたのに逃げちゃったのは悪かったなって、ちょっとウルッときちゃった。


 次の日、学校には行ったけど、音楽の授業が丁度あったから、竹吉先生にしばらく部活は休ませて下さい、ってお願いしたの。


「うん、分かったよ」


 あれ?アッサリ認めてくれちゃった。なんでだろ。


「え?先生、理由とか、聞かないんですか?」


「理由か?実は昨日もう上井から聞いとるんよ」


「えーっ?」


「昨日は俺も部活に行けんかったけぇ、詳しくは分からんのじゃけどな。お前も早く帰ったんじゃろ?北村もサボったらしくて、最後に音楽室の鍵を閉めたのが上井じゃったんよ。で、俺の所に鍵を返しに来たけぇ、上井が鍵を閉めたなんて珍しいな、どうした?北村は?って聞いたら、実は…って、あらすじを教えてくれたんよ」


「上井くんが…」


「上井はな、『神戸さんのことが心配で、山神さんにも色々頼んじゃいました。キッカケは分かんないですけど、やっぱり女の子を泣かせるような男は、北村先輩でも許せないです。神戸さんが今までのように元気になるように、先生も助けて上げてください』って言って心配しとったぞ。お前も、もう少し気分が落ち着いたら、上井に一言何か言っとけよ」


「…はい」


「おいおい、今なんで涙目になるんじゃ?」


 不意に上井くんの優しさに触れた気がして、アタシは涙が溢れてきちゃった。そんなに親しい訳じゃないのに、そこまでアタシのことを思ってくれるなんて…。


「…上井くんって、見た目だけじゃなくて、本当に優しいんですね」


「上井か。アイツは誰に対しても優しいヤツだよ、確かに。北村が北風なら、上井は太陽かもしれんな」


「アタシ、何時になるか分かりませんが、ちゃんと上井くんにお礼言います!」


「うん、そうしてやってくれ。ただアイツのことじゃけぇ、照れると思うけどな。ワッハッハ!」


 結局この事は上井くんやケイちゃんに先生も巻き込んだ大事になっちゃって、アタシが気持ちの整理が付いて部活に復帰した時、職員室で、北村先輩に先生立ち会いの下で謝られる、ってことにまで発展しちゃった。


 その後に音楽室で上井くんを見付けたから、上井くん、色々アタシのためにありがとう、って声掛けたの。

 そしたら上井くんはやっぱりちょっと顔を赤くして照れながら、神戸さんが大丈夫なら良かった、吹奏楽部に復帰してくれて良かったよって、言ってくれたんだ。


 アタシの中で上井くんの位置付けが変わったのは、この日だよ。


 それまではほんの少し気になる同学年の男子ってだけだったけど、かなり気になる存在になっちゃった。


 上井くんって、好きな女の子とかいるのかな?


 ケイちゃんが上井くんと同じクラスだから、一番上井くんと話せてるから…。色々聞いてみようかな、上井くんのこと。


<次回へ続く>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る