第6話 ふられ気分でROCK'N'ROLL

 中学3年生としての1学期もなんとか順調に滑り出した。


 入学式での演奏は、卒業式での演奏よりも上井くんの指示はスムーズだったし、上井くんは新一年生に部活紹介もしなきゃいけないってことで、竹吉先生に原稿を書いては相談しに行ってた。


 でもきっと原稿を書いても、アドリブ満載で喋るんじゃないかなぁ、上井くんのことだから。


 その、気になる上井くんとは、クラスでは友達以上の関係を意識して、話し掛けたりしてるの。恋人未満ってのはちょっと烏滸がましいけど…。

 内容はどうでもいい話が殆どだけど、そんな話を今まで上井くんと殆どしたことがなかったから、何を話してても新鮮なんだ♪

 部活では、クラスでの上井くんとは全然雰囲気が違うから、あまり気軽に話し掛けられないし…。


 だけど2年生の女の子はちゃっかりしてて、練習中の上井くんにも上手く話し掛けては、面白いアドバイスをもらったり、上井くんの優しさを利用して接近してるのよね。

 上井くん、もうちょっと後輩の女の子にも厳しくていいんじゃないの…?でもこう思うのって、アタシの嫉妬なのかな。


 あと、上井くんが部活紹介をしたその日から、新一年生が部活見学期間ってことで、吹奏楽部にも見学に来るようになったんだけど、今年はどれぐらい入ってくれるかなぁ。


「ねぇ、上井くん?」


「はい!って、神戸さんかぁ。なんですかぁ?」


「なに、その金八先生みたいな返事!」


「違うよ、ナンデスカマンだよ」


「そんなことはどうでもいいの!ね、1年生にはどんな勧誘のスピーチしたの?」


「え?ごく普通のことしか言うとらんよ?」


「本当に?」


「うん。なんで?」


「だって上井くんって、真面目に話さなきゃいけない時でもワザとネタを挟むような男の子じゃない?」


「なに、その四六時中漫才のネタを考えてる的な言い方…」


「だからね、竹吉先生に相談はしてたけど、原稿なんか無視して、上井くんの独演会みたいな部活紹介を、1年生にしたんじゃないかな?って思ったの」


「この品行方正な、真面目が服を着て歩いとるような私が、そんなこと企むわけないでしょう?」


「ププッ、その言い方が、もう…」


 アタシはつい噴き出して笑っちゃった。


「ではワタクシ、1年生に部活案内して参りますので、ご機嫌よう〜」


 上井くん…。本当に楽しいよ!会話してると。


 そして2年生の終わり頃からアタシの秘かな悩みだった、山神のケイちゃんとの関係も、いつの間にか仲直りしてたみたい。


 この前の部活終わりに、ケイちゃんが「上井くん、バイバーイ」って言ったら、上井くんも「山神さん、気を付けてね」って返してたから。


 一体いつ仲が悪くなって、いつ仲直りしたんだろ?原因は何?


 ある日の練習で、ケイちゃんに聞いてみたんだ。


「ケイちゃん、上井くんと喋れないって悩み、解決したの?」


「う、うん…。なんとかね」


「ふーん…。アタシは何で2人が喋らなくなって、何でまた喋れるようになったのか、全然分かんないからさぁ。良ければ教えてよ。喋れる範囲で構わないから」


「うっ、うん…。最初にアタシ、言ったよね。アタシが全部悪い…って」


「うん…。それは聞いたけど。その言葉の意味って、どんなことだったの?」


「アタシが、北村先輩と別れてもないのに、上井くんに対して、気があるようなそぶりを見せちゃった、これが一番の原因」


「えっ?ちょっと待って…。ケイちゃんが、上井くんに対して、なんていうのかな、好きよ、みたいなアピールをしたってこと?」


「今は全部アタシの中で消化したから話しちゃうけど、アタシは去年、チカちゃんが北村先輩に意地悪された時から、北村先輩とは別れたくて仕方なかったんだ」


「本当に?そんな早くから?」


「うん。チカちゃんって、アタシの親友じゃない?なのにさぁ、彼女の親友の髪の毛をからかっていい気になって…。それでアタシの気持ちが覚めちゃったんだ。代わりにそこへ、こんなトラブル許せないって現れたのが上井くんよ」


「あっ…。そうだよね。うん、アタシも上井くんには感謝してるもん」


「トラブル後はさ、何事も無かったかのように部活も元に戻って進んでいったけど、アタシは事あるごとに北村先輩の自分勝手さに頭に来ててね。そんな時に…上井くんって、部長を引き継いだとはいえ、北村先輩とは全然違うタイプでしょ?2年の時は同じクラスじゃったけぇ、結構休み時間とかに色んな話とかして楽しくて…。チカちゃんには正直に言うね。アタシ、北村先輩と別れて、上井くんに告白しようと思ってたの」


「えーっ!」


「チカちゃん、声が大きいよ」


 アタシがお母さんに相談してたようなことが、現実に起きかけてたんだ…。


「でっ、でも、突然2人は全く喋らなくなったじゃない?あれはなんだったの?」


「…卒業式の日にね、アタシはあの騒然とした場所におる北村先輩に別れを告げに行ったんじゃけど、逆に先輩が突然アタシを抱き締めてきて、周りもヒューヒュー言ったりするから、別れてって言えなくなっちゃったのね。その現場を、上井くんに見られたの」


「上井くんに?どこで上井くんは…あ、2年4組の教室から見てたのかな?」


「そう。アタシがやっとこさ教室に戻ったら…あ、その途中でチカちゃんとすれ違ってるよね…。でね、教室に戻ったら上井くんが1人で外を眺めててね」


 アタシが見た時と同じだ。アタシが先に帰った後も上井くんは外を眺めてて、そして…。


「凄い悲しそうに、『やっぱり北村先輩と付き合っとったんじゃね。実はそれは噂なだけで、山神さんはもしかしたら俺のこと、好きなのかも?なんて勘違いしとったんよ。でも噂は真実だって、今ハッキリとこの目で見た。よく考えたらバレンタインに誰からもチョコをもらえない男が、山神さんみたいなアイドルにモテるわけがないよね』って…。それが喋れなくなる前の最後の上井くんの言葉だったの」


 ケイちゃんはその時の光景を思い出したのか、ちょっと涙を拭う仕草を見せた。


「わぁ…。ケイちゃんにしてみたら、一番こうなってほしくない展開になっちゃったのね」


 でも、ごめん、ケイちゃん。今だけは北村先輩の強引さに感謝しなくちゃ…かな。


「そう。上井くんって一生懸命頑張って隠してるけど、心の根っこには吹奏楽部に入ったばかりの頃に悩んでたようなネガティブな部分が残ってて。何かの拍子にネガティブさが顔を出すと、とことん落ちてっちゃう。アタシが上井くんと話せなくなったのは、そんな理由なんだ。上井くんを傷付けちゃったんだ…」


「そうだったのね…。軽々と聞いちゃって、ごめんね」


「ううん、今は大丈夫だから」


「そうみたいだね。この前、ケイちゃんが上井くんに、バイバイって言ってるのを見たから」


「あっ、アレ見られてたの?恥ずかしーっ!アレね、竹吉先生に相談して、教えてもらった解決方法だったんよ」


「先生に?」


「そうなの。なんでもええから、上井くんが絶対返事するように話しかけてみな、って言われたの。上井は本気で山神恵子を嫌うような男じゃない、何気ない一言を掛けてみなって」


「へぇ…。先生、よく見てるのね」


 竹吉先生ってホントに凄いなぁ。


「でしょ?だから最初はね、部活で女子同士で、もう何を話してたか忘れたくらいの、大した事ないネタを話してたの。そこへ偶々上井くんがバリサク持って通りかかったから、『ね、そう思わない?上井くん』って話し掛けてみたの。そうしたら、『うっ、うん。よく分かんないけど、山神さんの言う通りじゃない?』って、おどけて返してくれたの。一ヶ月ぶりくらいに話せたのかな…。でも凄く嬉しかったよ。それ以来、おはようとかバイバイは、普通に交わせるように戻ったんだ」


 アタシは知らなかった上井くんの一面を、ケイちゃんとの件で、また知ったような気がする。


 でもアタシにとっては、良かったのかな。

 もしケイちゃんが卒業式の日に北村先輩と別れて、上井くんに告白してたら、上井くんはその頃はケイちゃんのことを好きなんだから拒否するわけないし、そしたら今頃、上井くんとケイちゃんっていうカップルが生まれてた訳だし。


 逆に考えると、上井くんはケイちゃんに失恋したんだよね?そのショックもあって、ケイちゃんと喋れなかったのかもしれない。


 ということは、今は上井くんは、誰かを好きになってるかもしれないけど、多分…特定の彼女はいないってことよね?


 クラスでの様子を見てても、上井くんは男子とはよく喋ってるけど、女子とはそんなに話さないんだよね。クラスではアタシが一番上井くんに話し掛けてる女子だと思うの。


 脈、あるかな…。ちょっとケイちゃんに悩み相談の形で、探ってみよう…。


「ケイちゃん、上井くんと話せるようになったから、部活中も元気が戻ったんだね」


「そうかもね!」


「じゃ、アタシの悩み…聞いてくれる?」


 ケイちゃんの顔が、え?って感じで一瞬固まったのが分かった。


「こんなこと聞けるの、ケイちゃんだけだから聞いてほしいんだけど、上井くんって、アタシのことどう思ってるのかな、なんて」


 ケイちゃんは驚いたのか、何も言葉は発しなかったけど、ウンウンと頷いてくれたから、アタシは続けて話をしてみた。


「去年、アタシの髪の毛の件で、上井くんはアタシを助けてくれたじゃない?アタシはその件で上井くんには感謝してるし、友達以上の気持ちにはなってるんだけど、好きって言えるかっていうと、何故かそこまでは気持ちが固まらないの。それならアタシ、上井くんはもう気にしないようにして、別の男の子を好きになったほうが良いのかなって…」


 アタシは本音を引っ込めて、ケイちゃんがどう答えるか、ジッと待った。ケイちゃんはかなり考えてから答えてくれた。


「…そうなんじゃね。さっきも言ったけど、上井くんは自分自身のことを『バレンタインにチョコを義理でももらえないモテない男』って自虐してたから、多分じゃけど、彼女はいないはず。好きな子はおるかもしれんけど。でももしさ、上井くんが他の女の子に告白されたり、付き合ったりって想像したら、チカちゃん、どう思うかな?」


 ケイちゃんは流石だわ。この答えを聞いて、やっぱりなんだかんだ言ってもケイちゃんにとって北村先輩という彼氏の存在は大きくて、ケイちゃんの恋愛経験値の高さを感じた。ちょっとケイちゃんの気持ちを揺さぶろうとしたアタシの負けだわ。


「そっ…それは想像したことなかったけど…。うーん…。他の女の子に取られるのは嫌だな…」


 やっぱり本音を隠し続けるのは無理みたい。


「ね、嫌だって感情があるならさ、もっと部活でもクラスでも上井くんとお話しして、彼の良い所を見付けて、そして反対に、上井くんの目を神戸千賀子に向けさせなよ。チカちゃんも気持ちが固まらないとか言わずに、しっかり固めて、ね」


「ありがとう、ケイちゃん。うん、せっかくのチャンスなんだし、もう少し上井くんのことを知ってから、結論出すね」


 そんな話をしてたら、この日の部活はあっという間に終わっちゃった。


 部活終わりの、音楽室のカギ閉めを待機してる上井くんに、アタシとケイちゃんは一緒に、


「上井くーん、バイバーイ」


 って言っちゃった。

 上井くん、さすがに驚いてたなぁ。

 女子2人に同時に言われたからか、急に照れて顔を赤くして、


「あっ…バイバイ」


 って恥ずかしそうに答えてたのが、とても印象的だったわ。


 上井くん、アタシが1人で「バイバイ」って問いかけても、返事してくれる?


<次回へ続く>

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