ある闘争の風景
油断した。綻んだ服の隙間から「いのち」が零れ落ち、白一色の世界に赤い染みを落としていく。くそ。この赤色が、熱があれば何日生きていけると思ってるんだ。
分かってる。向こうも生きるためにこれを守り、そして求めているんだって。だからこの奪い合いだ。
だいぶ距離があるしなによりこっちは瓦礫の陰に身を潜めているのに、獣の咆哮がハッキリと耳に届く。
くそ、なんだってあんな伝説級の大型燐獣に遭遇してしまうのか。この出会いは、己の人生において幸運か不幸か――いや。いや、意地でも幸運にしなければならない。
手持ちの燐じゃ全部くべてもおそらく到底足りない。あれだけ大きな獣を殺すには、もっと強く純度の高い灯火が、燃料が要らう。
少しの逡巡の後、ポケットの中の「それ」を強く握りしめる。掌の中の硬い感触に意識を集中させる。イメージはすでにできあがっている。宝の出し惜しみなどしていられない。後は策と発想力次第――いくぞ。
◆◆◆
比較的状態良く残っていた廃墟の通路、の名残。その(彼にしてみれば)窮屈な通路の中で超大型燐獣は無惨に絶命していた。
上下から無数に突き出し燐獣の身体を串刺しにしている、黒曜石めいた黒光りする大つららの暴力は、燐獣よりさらに巨大なケモノの牙による徹底的な咀嚼行為にも見えた。
「なんとか、なった……か?」
適度な狭さのこの空間にあの燐獣を誘き出すことに成功し、その場所を即席のトラップとして一気に片をつけることができた。
一息ついてその場にへたり込む自分の手には黒く光る結晶、『炭』の塊。足元にはそれを用いて書きなぐった下手糞な獣の絵が。
オオカミだったかライオンだったか……さらに昔に生きていたとかいうサーベルなんちゃら? とにかく、巨大な口と牙を鮮明にイメージできるそれらしい図を書き殴ると、一瞬にしてこの建物の残骸はその顎を再現し口腔内の
しかし消耗は大きい。
いくらかの生傷に、燐獣に壊された簡易的な罠に即席武器にねぐらに……なにより最初は親指大はあった『炭』が、この大規模トラップ構築のために半分まで減っている。絵を描くため地面にこすりつけた量こそごくわずかだが、そこそこ広域の空間と物質の改変でごっそり消費されてしまった。
『炭』は燐よりも強力な世界の改変能力があるとされる。
燐はその性質を食糧にも燃料にも変換できる、せいぜい応用の幅が広い万能資源といった用途が主だが、『炭』はそれとはランクが違う。用いる『炭』の総量そして利用者の想像力にもよるがこうして物理法則など無視した事象を軽々と引き起こせる完全に魔法の品の域だ。
それが消失とまではいかなくともここまで消費してしまったのは、後々の痛手になるかもしれない……などとという不安がかすかに頭をよぎる。
……だが幸いにも、『炭』の活用によって巨大な脅威を退け膨大な燐を得ることはできた。
これら全てを一度に持ち運ぶのは無理だろうが、しばしこの一帯を拠点に探索する分には大いに役立ってくれるだろう。その探索で、また『炭』を見つけることができれば良いのだが……。
そんなことを考えながら、燐獣の解体にかかることにした。
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