雪道せかいの燐と炭

にゅーとろん

ある休息の風景

 本格的に吹雪く前に、この廃墟を見つけられたのは幸いだった。

 中に獣の気配は無いし、屋根も壁も扉もしっかりしている。ここなら安全に夜を明かせるだろう。


 やれる範囲で厳重に玄関の戸締りをし、そこそこ広い部屋に腰を下ろす。次は早急に暖を確保しなければ。

 さっそく鞄の中身を広げると、道中で狩った燐獣の死骸が転がり出てきた。そうだ、こいつの解体をしなければいけないんだ。


 鞄に詰め込める程度に大雑把に砕いてあった燐獣の部位を、今度は扱いやすい大きさに細かく砕いていく。赤く透き通るその無機質な骸――『リン』の結晶は、小さく砕けるにつれていよいよ宝石めいてきた。


 こうして燐獣の解体をしていると、こいつも自分と同じく生命体であった、というのが信じられない。柔らかい血肉を持った生き物など、もはやこの世に自分一人しか残っていないのでは、という考えもよぎる。


 いや、よそう。そんな考えを否定するために自分は旅をしているんだ。


 気を取り直して拳大に砕いた燐を即席の焚き火台に置いて燃える炎を想起イメージする。程なくして燐は揺らめく橙のオーラを放ち、周囲を温めるほどの熱を放ち出した。ひとまずこれで一晩はこの部屋で過ごせるだろう。


 次に、一口大の燐をつまみ上げ、別のモノを想起する。――腹を満たす食糧を。

 すると硬質だった赤い結晶がぷにぷにとした『食糧』へと変じる。「肉」なるものを再現しているつもりだが、味や触感の精度は分からない。まさか己が身を味見するわけにもいかないし。


 そんな今日の晩飯を口に放り込み咀嚼、嚥下。……ようやく、ひと心地ついた。


 外の吹雪の音に耳を傾けながら、砕いた燐の点検と収納作業に入る。

 ――人の願望を叶える物質、『燐』か。暖と糧を得る程度は造作もないが、仮にこの辺りを人の住みやすい気候に……なんて実現するには、いったいどれだけの量がいらうのやら。

 ま、そんな大それた願いは旅の身空の自分には関係の無い話だ。

 吹雪が止めば、また銀世界の旅が始まる。仲間と理想郷を求める、果ての無い旅路が。

 それまでは、しばしの休息を――

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