第3話 深夜テンションの恐ろしさ
***
「ええと――、どう、なったんだ?」
ここまで来ると最後まで話を聞いてやらねばなるまい。
最早使命感しかそこにはなかった。覚悟を決めるしかないのだ。一緒に聞いていたはずの父、茂作はというと、既に夢の中である。いつの間に、と美濃吉は小さく舌打ちした。
と、美濃吉と向かい合うようにして正座をしている雪雄は、今度は「ハァッ」と吐き捨てるようなため息をついて話し出した。
***
BLですよ。
わかります? ボーイズラブ。
男性同士の恋愛です。
そっち目当ての方々が押し寄せて来たんですよ!
ここはね! 都内某所のそういう場ではないんですよ!
ここで出会いを求めないでいただきたい!
誤解しないでください。
僕としてはですね?
別に男性同士が恋愛することに対してこれといって何の感情もないんですよ。偏見とかね、そんなのはないです。
だって、好きなら良いじゃないですか。それが同性だったってだけなんですから。確かにね? マイノリティだとは思いますよ? それに、「だって子どもが作れないじゃん。子孫を残せないとか、どうなの?」とかね? そういう点で『劣ってる』なんてことを言う人もいるみたいですけれども、じゃあ、その、異性が好きな方は、全員、自分の好きな相手と結ばれるんですか? 子孫を残せるんですか? 残したんですか? 違うでしょう? どんなに異性が好きだって、結ばれない人もいる。思いが届かない場合もあるわけですよ。じゃあ、おんなじことじゃないですか。
ああ、ついつい熱くなってしまいました。危ない危ない、溶けるところですよ。なんちゃって、溶けません。びっくりしました? これ、雪男ジョークです。
つまり、僕が言いたいのはですね、男が好きでも何でも良いですけど、僕にも好みってもんがあるってことです。選ぶ権利があったって良いと思うんですよ。別にね? わかりませんよ? 僕だってここからいきなり男性が好きになるかもしれませんし。好きになった人がたまたま男だった、ってことも無きにしもあらずですから。
――え? お前妖怪だろって?
ですけど。
ですけども、なんですか。
妖怪は人間と恋に落ちたら駄目なんですか?
それアナタ、雪女に対しても言えます?
雪女は人間のお嫁さんになってるじゃないですか。物語によっては子どもだってこしらえてるでしょう! どうして雪女はオッケーで雪男は駄目なんですか! 雪女に出来るなら、雪男にも出来ますよ! それは雪男差別ですよ!
***
そこまで語りに語って、雪雄はぜぇはぁと肩で息をした。
何をそこまで熱くなる必要があるのか、結局何が言いたいのか、お前が語った内容の八割くらいは蛇足じゃなかったか、等々、色々思うところがある美濃吉ではあったが、まぁまぁ同情する部分はある。
こちら側が勝手に抱いてしまっているイメージのせいで、なぜ女じゃないんだと落胆され、男だと言えば毛むくじららじゃないのはおかしいと文句を言われ、正しい姿が広まったと思えば今度はそっち方面の方々が押し寄せる始末。
彼はただ、慎ましく人間の精気を吸っていただけなのに。
何か力になってやれないだろうか。
美濃吉は考えた。
別に正義感に駆られてとか、そういうことではない。何かもうバチバチに目が冴えてしまったのと、完全に深夜テンションである。これで酒でも飲んでいたなら悪いノリでパーティーが始まるところだ。どこからか取り出したネクタイを頭に巻いていたかもしれない。これが深夜テンションの恐ろしさである。
けれどアルコールが入っていないだけで、深夜テンションには変わりない。
そんな美濃吉の発案はまぁまぁ狂ったものばかりだった。
案1、いっそ女装して雪女になっちゃえば?
瞬く間に却下である。
あなた、僕の話聞いてました?! と、胸倉を掴まれて凄まれた。顔が綺麗なやつの睨みはある意味怖い。
案2、じゃあもう毛むくじゃらになってみよう!
なれるかボケェ! と雪雄の右ストレートが飛ぶ。いきなりそんな生えるわけがないのである。深夜の通販チャンネルでバチバチにヤバい目をしたタレントが絶賛する育毛剤を使ったとしても、それは恐らく頭皮に効くのであって、全身に対しても有効なのかはわからない。
よしんば生えたとて、そもそも彼はイエティになりたいわけではない。
案3、野郎に襲われても返り討ちにしちゃいなよYOU!
論外にもほどがある。
何だ!? この場合の返り討ち方法は何だ?!
それによってはもう一発殴るぞ、と雪雄は吠えた。雪男って吠えるんだ、と美濃吉は思った。
万策尽きた、と美濃吉は早々に匙を投げた。
ついでに床に大の字に転がる。
すると雪雄は申し訳なさそうに彼の顔を覗き込んで来た。冷静にまじまじと見てみれば、ドキリとするくらいの美男である。
「何かすみません」
「何が」
「いえ、完全に八つ当たりだったな、って」
「いや、正当な怒りだと思うよ、うん」
だから、ちょっと離れてくれないかな、と美濃吉は思った。何かが始まってしまいそうだったからだ。
深夜テンション、目はギンギンなのに疲労と寝不足で回らない頭、そこに迫る美男子。要素としては三つだが、ほぼほぼリーチと言っても良い。これがビンゴだったら「リーチ!」と叫んで挙手のち起立するところなのである。これでラッキースケベの(腐)女神でも降臨された日には確実に何かが起こってしまう。腐女子大勝利! 希望の未来へレディ・ゴー! というやつだ。こんな次回予告出されたらもうやるっきゃないでしょ。この場合のレディは
とはいえ、そんな展開は(いまのところ)望んでいない美濃吉であった。
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