欠けら
この日僕は両親に手をひかれながらある場所へと向かっていた。
いつもは着ない綺麗な礼服に身を包み、そしていつもなら中々連れて行ってもらえない遊園地で遊んで、ファミレスで大人のメニューだから普段は絶対に食べさせてもらえない大きなハンバーグ定食を初めて食べた日の夕方である。
「お待ちしておりました。私は陽太君のクラスを担当する涼です。さぁ、中へどうぞ」
「よろしくお願い致します」
「……」
大きな保育園にも学校にも見える建物。そこの前に立っている男性へとお母さんが頭を下げていた。僕はよく分からなかったけれど今日一日の両親の行動に全て納得がいってしまい一気に興奮した気持ちが覚めていく。
(あぁ、僕はついに両親に見捨てられたのだ)
この大きな建物は孤児院で、この男の人はそこの先生なのだろう。そうして両親は僕をここに置いて二度と迎えに来てはくれないのだ。そう納得した途端心に隙間風が吹いた。穴が開くってこういう事なのかもしれない。
「いいか、陽太。おりこうさんにして、先生の言う事をよく聞くんだぞ」
「うん」
「陽太。ご迷惑をかけないようにね」
「大丈夫」
男の人と話を終えた両親が僕にお別れの言葉をかける。それにすっかり気持ちが拗ねてしまっていた僕はぶっきらぼうな態度を意識しながら答えた。
「そでれは、私達はこれで」
「陽太君。ちゃんとお別れしなくて良かったのかい?」
立ち去っていく両親に何も告げずに僕はいじけてソファーの上でずっとうつむいていたのに、男の人がそう言ってくるので急にこみあげてきた思いに立ち上がり振り返るも、今更両親になんて言えばいいのか分からないから座り直す。
「いいんです。僕はここで生活することになるんですよね。それなのに顔を合わせてしまったら一緒に帰りたいって思ってしまうので」
「そうか……俺が今日から君と一緒に暮らすことになる涼だ。よろしくね。さて、早速お友達を紹介しよう。ついてきて」
先生の言葉に僕は黙って立ち上がり後について歩く。しばらく廊下を歩いて向かった先には教室みたいなところがあった。
「皆、今日から新しいお友達が入るからよろしくな」
「陽太です。よろしくお願いします」
先生が言うと部屋の中にいた数人の子が僕の顔を見てきた。緊張しながら自己紹介する。
「陽太君はじめまして。私はこのクラスのリーダーを務めています。明香です。あっちで勝手なことやって全然話を聞いていないのがこのクラスの問題児。勲君です」
「おれね。ヒコーキがごんってなって、山にぶっこんだら滝になると思うんだよ」
「どうして、山が滝になるの?」
「そんなの決まってるだろう。山に大きな穴が開く。そうしたら山にたまっていた水が全てそこに流れ込んで滝になる。な、凄い考えだろう」
「もう。またそんなくだらないこと言って。飛行機が突っ込むなんてことありえないわよ」
「相変わらず勲君の話はぶっ飛んでて面白いね」
明香ちゃんの背後で一人だけ騒いでいる男の子が勲君で、その子は何やら隣にいる子達と話をしていた。
「あなた達。話はあとにしてくれない。今は新しく入ったお友達に挨拶が先でしょ」
「あぁ、明香ちゃんごめんね。私は佳恵だよ」
「ぼくは陸斗だよ。こっちの子は喋れないんだ。この子は圭子ちゃん」
「……」
明香ちゃんの言葉にニコニコと可愛らしい笑顔の佳恵ちゃんと陸斗君が言うと紹介された圭子ちゃんが身振り手振りで僕に何かを伝えたがっていたけど、さっぱりわからない。
「よろしくお願いします」
とにかく今日から一緒に生活するのだから第一印象は大事だよね。そう思い綺麗にお辞儀して顔を上げるとすでに皆は僕から意識が離れていた。
「ここにいる子達は皆それぞれ違うけれど、それぞれ違うからこそ一緒に暮らせるのだよ。まぁ、そのうち君にも分かる日が来るさ」
困った顔で先生を見上げると彼がにこりと笑い話す。その言葉の意味を知る事になるのはもう少し先の事で、この時の僕はただ疑問を抱いただけである。
こうして両親に捨てられた僕はこの施設での生活を始めたのだけれど、一緒に暮らしている子達は皆個性的なんだ。
まずリーダーを務めている明香ちゃん。彼女は真面目で責任感の塊。施設での生活についてのルールに兎に角うるさい。この前なんて夜八時以降はテレビを見ちゃダメだって言われていたのについ気になってしまって時間以上見てしまったら顔を真っ赤にして怒ってきた。少しめんどくさい子である。
次に勲君。彼の話はいつも面白い。だけどこっちの話を全くと言っていいほど聞いてもらえないし、いつも自分勝手なことばかりしていて明香ちゃんに怒られてばかりいる。一方通行ってこういう人のことを言うのかな?
次は佳恵ちゃん。僕佳恵ちゃんは好きなんだ。可愛いしいつもニコニコ笑っているし。一緒にいると安心できる。だけど佳恵ちゃんが笑っていない所って見た事ないかもしれない。兎に角笑顔が素敵な女の子なんだ。
次は陸斗君。この子には本当に始めは驚かされた。一週間毎朝会うたびに自己紹介してくるんだもの。なんでも一日で記憶を忘れてしまうんだとか。それでノートに今日あったことを書き記しているんだって。それでもノートに書いたことを確認することもたまに忘れてしまうみたい。なれるまでに時間がかかっちゃったけれど、今ではすっかり日常となっているのでもう驚かないぞ。
最後は圭子ちゃんかな。あの子は生まれた時から喋れないんだって。だから身振り手振りでお話してくる。手話ってやつらしいけど僕手話なんてわからないからちょっと困っちゃったんだ。だけど僕が手話を知らないって分かるとジェスチャーに変えてくれた。それからはよくお話するようになったよ。
そうして僕がこの施設での生活に慣れはじめた頃。先生に声をかけられたんだ。
「どうだ。ここでの暮らしは」
「初めは戸惑うことだらけで、困ってしまいましたが今では皆との生活はとても楽しいです。だけど、嫌なこともあるし、いまだに困ってしまうこともある」
如何だと聞かれたので感想を述べると先生がにやりと笑い口を開く。
「陽太君は喜怒哀楽の感情を持っていない子だと両親から聞いていたが、そんなことはない。ちゃんと嫌だって事も困るって事も楽しいって事も分かっている。親御さんや周りがそれを理解してあげられていないだけなんだな」
「え?」
一体何の話だろうと驚く僕に先生は机の上へとパズルを出す。
「いいか、陽太君よく聞くんだ。この通りバラバラのピースでは何の意味も持たないが、一つ一つを繋げていくと一枚の絵になる」
「……」
先生は話しながらバラバラのピースをつなぎ合わせていく。
「君達もこのパズルと同じ欠けらなのだよ。それぞれがバラバラだと人との違いや欠けている部分が目立ってしまうかもしれない。だけど、その欠けら達が集まると一つの絵になる」
「おしゃっている意味がよく分かりません」
一生懸命説明してくれる話の意味が分からなかった僕は素直に言うと先生はにこりと笑った。
「明香ちゃんはその責任感の塊で皆をまとめてくれて、勲君は場を盛り上げてくれるムードメーカーだ。佳恵ちゃんはどんな時でもいつも笑顔で皆を安心させてくれて、陸斗君のおかげで一日一日の出来事を大切にしようと思える。圭子ちゃんは喋られない代わりにその観察力で何かあると身振り手振りで周りに教えてくれる。そして陽太君。君はいつも冷静でいられる。そうして君のおかげで皆は気付き考えることが出来るんだ」
先生の話は難しくてよく分からなかったけれどこのバラバラのピースが一つずつ集まって繋ぎ合わさっていく姿に僕達の姿が重なって見えてああそうかと思う。
「一つだとただの欠けらだが、こうして集まり繋ぎ合わされば一枚の絵となる。つまり、君達一人一人の違いが集まって世界は作られていくのだよ。そうして社会は出来ている。ここにいる皆もそして君の両親も俺もそれぞれ違う欠けらが出会い繋ぎ合わさって一つの世界を作り上げているのだよ。だから、君達は決して欠けているんじゃない。ダメな子なんかでもない。皆どこかが欠けているこのピースと同じ。どこかが欠けていたとしてもこうして集まればほら、綺麗な絵になる。な、分るだろう」
「うん」
今はまだ先生の話の全てを理解できたわけではないけれど、大きくなった時僕は全ての意味を知るのだろう。
いままで人との違いに苦しんで悩んできたこと。両親に見捨てられるのを恐れていた僕がここに来てその事を考えなくなったのはいつの頃だったかもう覚えていないが、今はこの施設での生活がとても楽しくて仕方がない。だってここにいる皆はどこか欠けている。それでも一人一人が集まれば一つの世界を作り生活していけるのだから。
欠けら 水竜寺葵 @kuonnkanata
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