第61話


「――はぁ、はぁ……」


 ぼんやりとした月明かりに照らされた薄暗いグラウンドを、俺はオークに引き摺られて十周ほどしたのち、的場育郎とかいう無慈悲な後輩の元へと戻ってきた。


「いやー、浦間先輩。中々傑作だったっすよ! ただ、野次馬がほとんどいなかったからあんまり盛り上がらなかったっていうのと、先輩が受け身を取ってたのがマイナス点っす。つーわけで、ノーガードでもう三周くらいお願いするっす。あ、それと痩せ我慢せずに悲鳴も上げると高評価っす!」


「…………」


 茨の鞭を握りしめてにんまりと笑う的場。おそらく俺の意思なんて最初から関係なくて、オークに鞭打ってでも無理矢理走らせるつもりなんだろう。


「いや、その必要はない。というかもう、このトンカツとかいうオークはこれ以上走れないがな」


「へ……? その生意気すぎる口調はなんなんっすか。まさか先輩、夢でも見てるっすか? 自分の立場くらいわきまえるべきじゃないっすかね……?」


「それはお前のことだ。ご自慢の従魔をよく見てみろ」


「トンカツ、こんなやつの言うことなんて無視しちゃって、あと何周でもするっす! 死んでもいいっすから――」


「――フゴォ……」


 弱々しい呻き声とともに、オークが前のめりに倒れたかと思うとその姿が消失した。


「え……? え……?」


 わけがわからなそうに目を白黒させる無知な後輩に説明してやるか。


「引き摺られている間、俺は受け身を取っているように見せかけて弓矢を構え、殺気を溜めていた。その結果がこれだから、お前が自分でオークを殺したようなもんだ」


「は……? は……? 先輩、さっきから何を言ってるのかさっぱり――」


「――これを見ろ」


 俺はバカな後輩にスマホを見せつけてやった。【改竄】スキルを解除した上で、自分の本当のステータスを披露してやるんだ。


「……な、な、なんすか、これぇ……?」


「【改竄】っていうスキルを見ればわかるだろう、バカ野郎」


「ぐぐっ……!?」


 俺は物分かりの悪い後輩を羽交い絞めにしてやる。


「まだわからないのか? お前は偽の情報によって今まで踊らされていたってわけだ」


「……せ、先輩……おいら、いい加減、怒るっすよぉ……?」


 こいつ、自分が今まで騙されていたのはようやく理解できたようだが、俺の性格は変わってないはずだからまだ支配できる可能性があると思ってるらしい。温い。あまりにも温すぎる。こいつにこそスパルタ教育とやらが必要としか思えない。


「それはこっちの台詞だ、間抜け」


「ひっ……!?」


 俺はナイフの先っぽで、反抗的な的場の眉を軽く刺してやった。これで血が目に入るので、否応にも自分が不利な立場にいることを思い知るんだ。


「質問がある。お前は何故、俺をいじめていた……?」


「そ、そんなの、先輩が弱そうだったからで、い、今は全然そんなことはねえっすから、おいらと一緒にいじめられっ子を鍛え――」


「――黙れ。俺が知りたいのはそこじゃない。お前に俺のことを紹介したやつがいるだろう。それは誰なんだ……?」


「……あ、それって、もしかして小塚のことっすかね。てか、紹介っていうか……あいつとは同級生でよく遊ぶ仲だったんで、会話の流れでおもしれーやつがいるって聞いたっす……」


「…………」


 やはり小塚か。黒竜団とやらは一体、オリジナルの浦間透にどんな恨みがあるっていうんだ……。この的場を含めてイニシャル連中は残り4名だが、そろそろ小塚ってやつを拷問したくなってきたな。向こうから焦って近付いてくるのを待ちたいってのが本音ではあるが。


「う、浦間先輩はそいつのことを知りたいんすよね……?」


「ああ。どこにいるのか知ってるのか?」


「そ、それが、どこを探してもいねえみたいっす……」


「何……?」


 その発言で流れが変わるのがわかった。いなくなっただと? まさか、既にモンスターに殺されたか、あるいは、こっちが調べていることを勘付いた黒竜団のやつらに口封じで始末されてしまったっていうのか……?

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