第60話
「――はあぁ……」
後輩の的場の口から突如飛び出した大きな溜め息。それこそが、俺にはやつの心が通常モードからいじめモードに切り替わった瞬間だと思えた。
「おいら……なんの価値もないゴミ同然のいじめられっ子を見てると、昔から超イラつくんすよ。確か、浦間先輩には前にもおんなじことを言ったと思うっすけど……」
触れるほど顔を近付けてきて凄んでくる的場を前にして、あまりにも間抜けに見えた俺は笑いを堪えつつ顔を背けてみせた。
「……ま、前にも……?」
「もう忘れたっすかぁ? 体が弱い上に頭も弱いって、それってもう完全に人間失格っすよねえ?」
「そ、そんな。完全に人間失格だなんて……」
「それくらいで凹んでるんじゃねえっすよ。ちゃんと言ったっすよね。おいらは今まで、いじめられっ子たちを何人もいじめられないようにスパルタしてやったっすけど、ほとんどが退学、転校まで追いやられてるっす。軟弱にもほどがあるっすよねえ……」
「…………」
なるほど。いじめられっ子を鍛えてやってるようで、それが逆に凄惨ないじめに発展してるっていうパターンか。こいつは武勇伝のようにドヤ顔で語ってることから、それでいじめられっ子がさらに追い詰められるとわかっててやってるとしか思えない。
「ご主人様、この者はどうしようもないクズですな……」
「あぁ、レイン。俺もそう思う」
レインが毛を逆立てて的場を威嚇するのもよくわかる。
「さっきから何ブツクサ言ってるんすか? さー、これから早速、軟弱な先輩を鍛えに行くっすよ!」
「……あ、う、うん……」
さて、どこへ向かうのやら。俺は口笛を吹く後輩の背中を眺めつつ追いかける。やつは今にもスキップでもやりそうなほど軽快な足取りだから滑稽だな。これから俺の手によって昇天させられるとも知らずに。
「――訓練場へ着いたっすよ、先輩っ」
「こ、ここは……」
やがて俺たちが足を止めたのは、夜のグラウンドだった。生徒の姿がほとんど見られないのは、おそらく玄関口に出現した黒騎士の影響だろう。
「あんまり観客がいないからちょっと寂しいっすねえ。ま、先輩の訓練の邪魔をされても困るし好都合っすけど……」
そう言いつつ、後輩の的場がスマホを弄り始めた。何をするつもりなのかと思いきや、やつの目の前に豚面をした醜いモンスターが姿を現した。なるほど、従魔のオークを召喚したのか。このモンスター、腹は出てるが結構体格がいいんだな。
「フゴーッ!」
「先輩に紹介するっす。こいつはおいらの従魔で、『トンカツ』っていうんすよ」
「……と、トンカツ? こ、怖いよ……」
俺は怯えた振りをしながらも、そのいい加減すぎるネーミングに噴き出しそうになっていた。
「へへっ……。トンカツ、ここにいる弱っちい先輩をビシバシ鍛えてやるっすよ。以前はおいらが直々に指導してやってたっすけど、なんせやるほうも疲れるっすからねえ、ありゃ……」
「……な、何をする気なのかな……」
「先輩、とぼけちゃって。何をされるかもうわかってるくせに……。なかったことにしようと思っても無駄っすよ。さあ、トンカツ。おいらに言われたようにやるっす!」
「フガーッ――!」
「――ぬぁっ……!?」
俺はオークに足を掴まれたかと思うと、そのまま勢いよく走られたので引き摺られる格好となった。
「いやっほおおぉぉっ! トンカツ、その調子でひ弱な浦間先輩の心と体をガンガン鍛えてやるっすよぉー!」
「フゴフゴッ!」
「…………」
なるほどな、こうして的場はオリジナルの浦間透を始めとして、いじめられっ子を追い込んでたってわけか。
何がスパルタだ、何が心と体を鍛えてやる、だ……。逆に、あまりにも生ぬるいので笑ってしまう。こうなったら先輩として本物の指導ってやつを後輩に教えてやらないとな。俺は両手で頭を抱えつつ、摩擦され続けることで自身の心に僅かな火が点るのがわかった。
中途半端にこんなことをするくらいならいっそ出会い頭に殺せばいい。さもなくば次の瞬間、追い詰められたネズミの牙がお前の喉笛を噛みちぎるだろう……。
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