第50話


「――はぁ、はぁぁ……。これに懲りたらもう、俺の女に手出すなよ、カス」


「……う、うぐっ……」


 俺に対する谷口翔也の暴行はあれからずっと続いていたが、疲れたのかようやく収まった。


「ひっく……。酷いよぉ、翔也君……」


「はぁ? なんでお前が泣くんだよ。ほら、これで涙拭けよ、春香」


「う、うん。ありがと……。私ね、翔也君が一番大事。それはホントだから……」


「んなのわかってんよ。てか、俺はお前がこんないじめられっ子の蛆虫と一緒にいたこと自体が腹立つんだっての」


「そんなぁ。蛆虫だなんて……ププッ……いくらなんでも可哀想だよぉ……」


「お前さ、虫けらを飼う趣味でもあんの?」


「ないよぉ。面白いからからかってるだけ。私の言うことをいちいち本気にするからついちょっかい出したくなっちゃうだけで、こんなの初めっから相手になんてしてないしね。アハッ……!」


「…………」


 虫ケラは果たしてどっちなのか、これから証明してやるとしよう。俺はよろめきつつもお立ち上がった。


「……う、うぅ……。ちょ、ちょっといいかな……?」


「あぁっ!? おい、まだやられ足りねえっていうのか!?」


「や、やめてよ、翔也君。このままじゃ本当に、虫さん……いや、透さんが死んじゃう……」


「何言ってんだよ、春香。虫ケラならむしろ殺してもいいだろうが――!」


「――お、お詫びがしたくて……」


「あぁ? お詫び? 窓から飛び降りて自殺でもすんのか?」


「……そ、そうじゃなくて、と、を、お詫びにあげようと思って……」


「「……」」


 俺のたどたどしい台詞に対し、谷口翔也と山野辺春香はきょとんとした顔で目を合わせたのち、よく見ていないとわからないくらい薄く笑った。そういうわけで、俺はバカップルの先頭に立ち、やつらの処刑場へと赴くことに。




「おい、どこまで行くんだよ、この虫ケラッ!」


「……いだっ。も、もうすぐ、もうすぐだから……」


 転びそうになるほど俺の尻をガンガン蹴ってくる男と、そのたびに『ダメだよ~』という猫撫で声とともに失笑を漏らす女。


 自分としては今すぐにでもこの害虫二匹を始末してやりたいが、いじめられっ子という設定がある以上そういうわけにもいかない。今後もイニシャル連中を引き寄せるためにも、辛抱して慎重に場所を選ばないといけないんだ……。


「――お、おい、なんだよ、ここ。うげっ……」


「何ここ。気持ち悪っ……」


 やがて辿り着いた部屋を見て、バカップルは露骨に気味悪がっていた。


 狙い通り、ここは誰もいないな。学校の生徒たちにとって今は端末で獲得したマップもあるわけで、朝からホルマリン漬けの脳みそや人体模型のある理科室に人がいるわけもないと思って訪れたのは正解だった。


「てか、早くお詫びのアイテムを出せってんだよ、虫ケラ野郎がっ!」


「翔也君の言う通り、とっとと出したほうが身のためだって私も思うよ、虫ケラさん?」


 谷口翔也ってやつの俺に対する態度の悪さは一貫してるが、山野辺春香まで引き摺られるように外道になってるのが笑えた。もう隠す気もまったくないし、復讐対象のイニシャルとして書かれているのもうなずける。


「あ、ご、ごめん……。お詫びのアイテムはこれだよ。まず、谷口君へ……」


 俺は振り返るとともに、手投げ矢を谷口翔也の右目にプレゼントしてやった。


「あがっ……? あ、あ、目……目があああああぁっ!」


「しょっ、翔也君――うっ!?」


 さらに軽く殺意を溜めて放った念矢を山野辺の腹に命中させて黙らせると、谷口の背後に回り込んで羽交い絞めにし、首筋にナイフをピタリと当ててやった。端末を出されると別マップに逃げられる可能性があるので、出させないように警戒しておかないとな。


「動くな、少しでも動けば死ぬぞ。大人しく俺の質問に答えろ」


「……ぢ、ぢくしょう……。て、てめえっ、こんなことしてタダで済むとでも――」


「――左目も失いたいのか?」


「ひっ……!? そ、それだけは、嫌だぁ……」


 急にしおらしくなったが、まあこんなものだ。右目がこういう状況なだけに、死ぬという言葉よりもこの一言のほうが効果的だったらしい。


「ちょ、ちょ、ちょっと、なんなの……? あなたね、私の彼氏になんてことするの……!?」


「お熱いことで。本音が漏れてしまってるぞ。お前の大事な彼氏の両目が潰されたくなければ黙っていろ……」


「ひっ……」


 俺の冷たい目を見た女の顔が、これでもかと青ざめていくのがわかる。ここで大事なのは恐怖でやつらを支配し、冷静さを失わせることだ。


「俺をお前たちに紹介したやつがいるだろ。それは誰だ?」


「……し、知らねえ、そんなの知らねえよ……」


「…………」


「ほ、本当なんだ、頼むから信じてくれよぉっ! そ、そうだ。なんか、俺の女に手出してるやつがいるって、そんな噂が流れてたから、それで……」


 なるほど。噂で知ったのか。ってことは、不良グループの小塚ってやつが浦間を追い詰めるべく意図的に流した可能性が高そうだな――


「――クッ……クソッタレがあっ……!」


「うっ……!?」


 谷口が羽交い絞めを強引に解除してきた。


「これで形勢逆転だな! ぶっ殺してやる……」


「しょ、翔也君、ち、血が……」


「へ……?」


「動けば死ぬと言っておいたはずだが?」


「……そ、そんな……」


 首から鮮血が勢いよく飛び散り、谷口が白目を剥いて卒倒する。少しでも知識があれば傷口を強く押さえるやり方、すなわち直接圧迫止血法で食い止められるんだが素人には難しいだろう。


「い、いやああぁぁっ! 翔也君、起きてよおおっ!」


 それから少し経ち、我に返った様子になった山野辺の右手が怪しく光るのがわかる。ようやく自身が【回復師】スキル持ちであることを思い出したらしい。傷口は綺麗になったがもう死んでるんだぜ、それ。まあ所詮は一般人だし、酷く慌ててしまえばこんなものか。


「……で、お前は逃げなくてもいいのか?」


「……そ、そんな。お願い、助けて……」


「助けてだと? お前は俺がいくらやられても助けようとはしなかっただろう。大事な彼氏の背中を追いかけてやったらどうだ?」


「い、いや……いやああああああぁぁぁっ!」

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