第45話
「――ひっ……!?」
俺はやつの背後に回り込み、ナイフを首筋にあてがうと、そのまま二階へと続く階段の踊り場へと連行した。
殺し屋時代に嫌というほど見てきた反応。裏社会の者でさえ怯む行為に対し、エリートのお坊ちゃんとやらが耐えられるはずもない。人は本能で、この近くに重要な血管――頸動脈があることを理解している。
「……き、き、君らしく、ない、な。ど、どうしたのだ……?」
それでも、今までもそうだったが、イニシャルの連中は喋る元気があって大したものだ。それだけオリジナルの浦間透が舐められていたってことなんだろうが。
「……たっ、助けてくれ、た、たたっ、頼むよぉ……」
「…………」
俺が無言なのはちゃんと意味がある。沈黙の中で刃の冷たさを感じる時間が長ければ長いほど、恐怖は増大していくんだ。というわけで、しばらくこいつについては放置プレイするとして、俺は迷っていた。
もうこの状況……どう考えても、仲間に対して言い訳が効かない。俺が一般人ではなく、裏社会の人間なのは遅かれ早かれ知られてしまうだろうし、打ち明けたほうがいいのかどうか。それで現在の関係性が壊れるのは嫌だが……。
殺し屋時代も、俺はなるべく深い人間関係は作らずにいた。そのほうがお互いに傷つくことはないからだ。それを勘付いてるかどうかはともかく、シフォン、平野、マジェリアの三人は気を使っているのか、俺から少し距離を取って周囲を警戒してくれているようだった。
まあ、それについてはあとで考えるとして、まずはこの立原樹っていうふざけた野郎を拷問しないとな。
「いいか、立原。動いた瞬間に殺す」
「……わ、わ、わわっ、わかった、わかったよぉぉ、もぉおおっ……!」
若干キレ気味に怯えた様子を見せる立原。
「随分反抗的だな?」
「ご、ご、ごめっ……。あ、あのさ、き、君に、聞いてほしいことがあるんだ。悪くない話だって思うんだけど……」
「なんだ?」
「ぼ、僕のパパはね、とある大企業の元社長なんだ。今見逃してくれたら、この学校が現実世界に戻ったとき、便宜を図ってあげるから……」
「バカか。お前がエリートだろうがなんだろうが関係ない。俺にとって殺す対象であれば問答無用で殺す。ただそれだけだ」
「ひ、ひぎいぃっ……」
「だが、助かる道はある。俺の質問に正直に答えることだ」
「う、うん、こたえりゅ、こたえりゅからっ……」
舌が縺れてしまってるな。まあこんなもんだろう。
「お前は何故、俺をいじめていた? 同じクラスでもないのに。誰かに紹介でもされたのか……?」
「……え、えっと……名前は忘れたけど、なんか2年のやつに紹介されて……」
「小塚ってやつか?」
「あ、そうそう、そいつ! なんか、黒竜団っていう不良グループの下っ端みたいで……」
黒竜団だと? 黒竜、黒い龍、黒田龍一……いや、まさかな。よくありそうなグループ名だし、気のせいだと思いたいが……。
「しょ、正直に言ったよ。これで見逃してくれるんだよね……?」
「やけにポジティブだな」
「……え?」
「ちょっと前まで、この世は何もかも終わりだって喚いていたやつと同一人物とは思えないな。あれだけ人生を悟れるなら、死ぬのも怖くないんじゃないのか……?」
「……しょ、しょんなっ……」
「人を追い詰めるだけ追い詰めておいて、自分がそうなったら助かりたいって、あまりにも理不尽な話じゃないのか……? おいっ!」
「ぎぎっ……!?」
俺は自分がやられたように、立原の頭を壁に打ちつけてやる。何度も何度も……。
「終わりだ、お前はもう何もかも終わりなんだよっ……!」
「ぎぎゃあぁーっ! い、いだい、だじゅげで! ぼ、僕はこんなところで終わりたくないよおぉっ! ママ―ッ! パパーッ!」
今更子供らしさをアピールしたところで無駄だ。元殺し屋の俺でさえドン引きするような残虐行為の中には、犯人が十代だったなんてケースはいくらでもあった。クズに年齢は関係ない。どこまでいってもクズはクズだ……。
「「「――あっ……」」」
「…………」
シフォンたちの声が聞こえてきて、俺は我に返る。
「コオオォォォッ――」
すぐ近くに、ボロボロのローブを纏い、杖を手にした骸骨が出現したんだ。
『――お前たちに報告することがある……』
時空の番人の声を添えて。
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