第43話


「ふわ~……。旦那様ぁ~、わたしね、なんだか眠くなってきちゃったぁ……」


「お、おいおい……」


 マジェリアのやつが大きな欠伸をしつつ、俺の膝の上に乗ってきて甘えてくる。拒む隙もない早業だ。まったくもう……。


 なんとも照れ臭い上、あんまり甘やかすと増長しっぱなしになるだろうし追い払おうかとも思ったが、意地悪な同級生たちに仕返ししてくれたのもあってそのままにしておいた。なんせあれは痛快だったからなあ。彼女の短所であるはずの口の悪さが良い方向に出た格好だ。


「うみゃぁっ。私も今だけは、マジェさんみたいに小さくなりたいです……」


 机の上に乗ったシフォンが羨ましそうに見つめてきたと思ったら、平野迅華が離れた席から何故か怒った顔で身を乗り出してくるという奇妙な状況。


 昼間という活気のある時間帯なこともあってか、教室には人が目に見えて増えてきて、それだけ俺に対する鋭い視線も徐々に集まり束になろうとしていた。まあ、人によってはいじめられっ子の分際で生意気にもハーレムを作っているように見えるだろうしな……。


 その中には、いつの間にか田中や佐藤と一緒に戻ってきた岡嶋猛もいて、【戦士】スキル所持者らしく分厚い鎧プレートアーマーに身を包み、なおかつ斧を振り上げ、赤い顔で俺を睨んだまま仁王立ちしていた。いや、怖いって……。


 そんな、男からも女からも妙に注目されるというあまりにも落ち着けない環境の中、俺は気分を一新するべく教室をあとにすることに。その際、後ろから平野のやつがこっそりついてきてるのはバレバレだ。


「こんっ♪ トール様、どちらへおでかけなのです?」


「旦那様~、どこでわたしと遊ぶつもりなのぉ~?」


「ん-……」


 そうだな……これからどうしようか。とにかくリフレッシュするために教室から脱出することばかり考えてて、どこへ行くのかはまだ決めてなかった。


 いずれは学校内に時空の歪みから侵入したモンスターが発生するだろうし、それまで《大蛇の洞窟》マップで暇潰しも兼ねてレベル上げでもしようかな。俺や平野はそこではもう一つも上がらないが、シフォンやマジェリアについては別だと思うから。


「――――っ!?」


 な、なんだ? 今、男子生徒が一人、自分たちの横を通り過ぎていったと思ったらすぐに戻ってきて俺の肩のほうに手を伸ばしてきた。このふてぶてしい面構えに、大胆不敵すぎる手口……。ま、まさか、凄腕の殺し屋、黒田龍一が転生した姿なのか……?


「どなたなのです?」


「だあれ?」


「だ、誰なのよ、あんた!」


 シフォン、マジェリア、それに猛然と駆け寄ってきた平野迅華が、呆然とする俺の前に立ち塞がる。


 自分としてはなんとも頼もしいボディガードたちだが、相手が黒田だったらと思うと危険すぎるってことで逆に不安になった。ただ、あいつじゃないのはもう確定している。


 もしあの男であれば、ここまで侵入を許してしまっている時点で既に三人は息絶えている。死体にやつが殺した証である《血涙》を残す前に、呼吸するかのようにさりげなく殺していくのがあいつのやり口だからな。


「…………」


 それにしても、黒田には遠く及ばないが目の前にいる男子生徒がかなり不気味な存在なのも確かだった。


 やつは項垂れたまま、無言で俺たちの前に立ち尽くしているかと思うと、いきなり背中を見せつつ手招きして歩き始めた。なんだ、ついてこいってことか。


「「「「……」」」」


 本当におかしなやつだ……。俺たちはしばし困惑した顔を見合わせたのち、その背後を追うことにした。


 一体何者なんだと思うし怪しさが半端ないわけだが、もしかすると残り7名のイニシャルのうちの一人かもしれないし、あまり警戒する素振りを見せずに素直についていくべきだと判断したんだ。


 その点、やつが一瞬黒田に見えたせいで警戒したからだとはいえ、自分がああいう風に怯んだ仕草をしたのはいじめられっ子としては極自然な反応であり、この先きっとプラスに作用することだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る