第32話


 ――ん……?


 学校案内の貼り紙を頼りに図書室へと向かう中、俺は徐々に違和感を覚え始めていた。


 というのも、廊下を歩く生徒の数が異様に少ないのだ。今まではモンスターが発生したら見物しにいく生徒で溢れ返っていたというのに、時折誰かとすれ違う程度だった。これも学校中の生徒たちが端末を通じてマップを獲得したことで、モンスター自体が珍しくなくなった影響なんだろうか?


 高校生といえば血気盛んな年頃だろうに、やけに消極的だ。学校内に侵入したモンスターを倒せば、平野迅華のように名を揚げるチャンスなんだがな。自信がないからレベルを上げてから行くつもりか、あるいは放っておいても誰かが倒してくれるだろうと思っているのかもしれない。


「――なっ……?」


 やがて俺は図書室へと静かに足を踏み入れたわけだが、その惨状を目にして自分の思慮が足らなかったと痛感した。


 室内はおびただしい血痕と肉片で溢れ、強烈な悪臭を放っていたからだ。こんなものを見たら、ほとんどの生徒たちは回れ右するほかないだろう。


 要するに、それだけ図書室に現れたモンスターに挑戦した生徒たちがいて、なおかつ無惨に全滅したってことだ。おそらく、時空の番人の報告があってからいの一番に駆けつけた者たちの遺体群なんだろうが、これでもかと細切れにされていて生前の面影はまったくなかった。


「…………」


 爆発的に緊張感が高まってくるが、こういうときこそ冷静さを保って視野を広げないといけない。俺は念動弓を構えつつ、どんな異変も見逃すまいという決意とともに慎重に室内へと足を踏み入れる。


 敵の気配は感じないが、必ずどこかにモンスターが潜んでいるはず。俺はそう思い、【覗き】スキルを使って倒れた本棚の向こう側やカウンターの裏、ひっくり返った机や椅子の物陰等、見えないところを覗き込みながら、壁を背にして一歩ずつゆっくり横歩きをする。


 それからほどなくして、一人の女子生徒が山のように積もった本の後ろで伏せているのがわかった……って、あれは……。


 あそこにいるのは、例のあいつだ。間違いない。【魔眼】を使わなくても俺はそれが誰なのかわかったので、そっと近づく。


「おい、そこで何やってるんだよ」


「あっ……」


 俺が声をかけると、伏せていた女子生徒がしまったという顔で見上げてきた。


「平野迅華……お前なあ、こんなところに一人で来るなよ」


「だ……だって、しょうがないでしょ。クラスでもあたしがやって当然みたいな空気が出来上がっちゃってるし、それに、もっと強くなりたいし……」


「強くなりたいなら、手に入れたマップがあるだろ? そこでモンスターを倒して経験値を稼げばいい」


 獲得したマップでモンスターと戦えば絶対に安全とは言い切れないが、スマホを操作して所持マップをタッチすれば脱出が可能なだけに安心感はある。


「そ、それが……」


「ん?」


「ね、寝坊しちゃって……」


「……なるほどな。寝坊して獲得できなかったのか……」


「な、何よ、そんなに呆れたような顔で見ないでよね! だって、あのときはすっごく疲れてて眠かったし――」


「しっ――!」


「はっ……」


 今、図書室内で何かが動くのがわかった。小声で会話してる間はそうでもなかったのに、平野が若干口調を強めたときに明らかな変化が生じたんだ。


「……き、気をつけて、浦間透。時空の歪みから侵入してきたモンスターがまだここにいるわ……」


「あぁ、わかってる。しかも姿が見えなくて、強めの音に反応するようだな」


「うん。そうみたい……」


 平野がここでじっと息を潜めるようにして隠れていたのも納得できる。


「モンスターの姿が見えないなんて最悪よね。どうしよう……」


「大丈夫だ。策はある」


「本当……? あたしを慰めるための、その場凌ぎの嘘じゃないわよね?」


「んなわけないだろ。俺を信じろ」


「う、うん……」


 姿が見えない相手でも、そこにちゃんと存在するという意味では普通の敵と変わらない。俺は殺し屋時代に暗闇の中で何度か命を狙われたときがあったが、条件はそのときと同じだ。だから、難しくても対処する術はある。

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