第19話


 俺は一階の裏口近くで立ち止まると、目的地へ向けて【覗き】を使用することにした。


 といっても疚しいことに使うためじゃなく、裏庭にいる相手を確認するためだ。


 もしかしたら何者かが仕組んだ罠で、大人数が待ち受けている可能性もあるからだ。何事も準備が肝要だからな。それがわからない人間は必ず失敗する。


 このスキルは壁越しに外の様子を見られるので本当に便利だ。さらにその向こうのまでとなるとぼやけてしまって難しいが。お、いるいる。木陰で旨そうに煙草を吸う男子生徒の姿が。ほかに誰かいるかしばらく確認したが、稀に通り過ぎていく生徒がいるくらいで仲間ではないようだった。


 やつが俺を呼び出した張本人なのは間違いなさそうだってことで、今度は【魔眼】でステータスを調べてみる。


___________________________


 名前 桧山ひやま 啓司けいじ

 性別 男

 年齢 17

 レベル 1


 生命 1

 身体 1

 精神 1

 技能 1


 所持武器

 ナイフ


 所持スキル

【魔術師】


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 なるほど。中々良さげなスキルを持ってるが、一つしかないんだな。なんらかの理由で取りそびれたか、本人がもうこれだけでいいと思ってるのかは不明だ。スキルについても調べてみると、様々な属性の魔法を発動できるとあった。殺し屋時代、魔法使いと戦う経験なんてもちろんなかったから楽しみだ。お手並み拝見といこうか。


 ん、待てよ。俺は一枚の紙きれを取り出し、そこに書かれた文字列を確認すると、K・Hというイニシャルがあった。やつの名前は桧山圭司だからちょうど一致する。拷問を加える相手がようやく見つかった。


 俺は逸る気持ちを抑えるように、ゆっくりと裏口へと乗り出していく。


「――おいこら、浦間。おせーじゃん。ようやく来やがってよー。おらおら、こっち来い」


「は、はい」


 桧山が苛立った様子で近付いてきて胸ぐらを掴んできたかと思うと、より人気のない木陰へと引っ張られた。ここで人に見られないように俺を脅そうっていうのか。こっちも拷問するつもりだから却って好都合だが。


「学校がこういう状況になっても、俺は当たり前の日常が恋しいんだよ。なあ浦間、頭の弱いお前でもそう思うだろ?」


「当たり前の日常?」


「しらばっくれんな。おら、腕出せ腕っ!」


 やつは上気した顔で袖を捲し上げてきたかと思うと、露出した上腕部分に煙草の先端を押し付けてきた。


「ぐあっ……?」


「へへっ……。今の気分はどうだ? こうして虫けらをいじめるのって超気持ちいいよなあ。てか、今日は結構耐えるじゃねえか。いつもはベソかきながら、もう許してください、お願いしますって懇願してくるってのに。そういや、お前がここで可愛がってたクソ猫、俺がこのロープで仕留めてやったの、覚えてるか?」


「…………」


「って、おいこら、浦間ぁっ、さっきから何睨んでんだ? おい、この俺とやろうってんのか? あぁっ!?」


「……い、いえ、すみません」


 もうこの時点で始末してやりたくなるが、まだだ。まだ慌てる時間じゃない。こいつが普段どんな非道な行為をしてきたのか、その罪状を全て知ってからでも遅くはないだろう。


「そういや浦間、お前、どんなスキルゲットしたん? まー、どうせ間抜けなお前のことだし、聞くまでもなくゴミしか取れなかったか、何も成果はありませんでしたーって泣きを入れてくるんだろうけどよー」


「は、はい。僕、スマホ取り上げられて何も取れなくて……」


「ぶっ……! いかにもお前らしいな。まあもうこれからは授業もねえし、ずうーっと俺が可愛がってやるからなあ。へへっ……」


「…………」


 ナイフを手に凄みのある笑みを浮かべてくる桧山。なんとも気持ちの悪い男だ。


「そんなお前に比べたら俺は神様に等しいぜ。とんでもねえスキルをゲットしたんだからな。見てみたいか? あぁ?」


「は、はい……」


「よーし、じゃあ見せてやるからありがたく思え。うらあぁっ……!」


 桧山が左手を高く掲げたかと思うと、そこから拳ほどの大きさの火の玉が出てきた。


「はぁ、はぁぁ……ど、どうだ、すげーだろ……」


「す、凄い……」


 規模がしょぼすぎてある意味凄いな、これは……。


「次は氷を出してやる。う、うぉぉっ……!」


 今度は石ころサイズの氷が手の平に現れただけだったので、俺は笑いを堪えるのに必死だった。さっきよりもしょぼくなってるし、精神力を消耗してしまった格好なんだろう。


「……ふぅ、ふうぅっ……。これから、レベルが上がっていけばよ、お前で人体実験して苦しめてやっから、ありがたく思えよ、おい」


「その前に生き残れるかな、お前如きが」


「あっ、あぁ……? お、おいこら、浦間、お前今なんっつった……!?」


 やつがナイフを俺の首筋に当ててきたが、俺は薄く笑ってやった。


「殺せるものならやってみろ、間抜け野郎」


「ぐえっ……!?」


 俺は桧山の短剣を奪うとともに回り込んで羽交い絞めにして、やつの頬に刃を宛がった。


「これであっさり形勢逆転だな。お得意の魔法でも使ってみるか?」


「う、浦間ぁ……? お、お前、今何やってるかわかってるのか? 泣いて謝れば、根性焼き10回、い、いや、5回くらいで、ゆ、許してやるぞ……?」


「断る。それより、このナイフで何を切ってほしいんだ? お前の耳か?」


「あ、ご、ごご、ごめんなさい、浦間さん、やめてください、それだけはっ……」


「…………」


 この情けないほどの変わり身の早さ。こいつは黒幕じゃなさそうだな。いくらなんでも小物すぎる。


「ところで、お前はどうして俺をいじめていた?」


「え?」


「いいから早く言え。目をくりぬかれたくなければな……」


 やつの頬に赤い液体が流れ落ちる。目の少し下に刃を食いこませたところだ。あんまり怖がられると喋れなくなるだろうしな。


「い、い、い、言いましゅっ、言いましゅからっ、どうか殺さないでぇぇっ」


 やつはあっさりと落ちた。この程度、拷問ですらないんだがな。


「な、な、なんか、3-Aにいじめ甲斐のあるやつがいるって誰かから聞いて、それで……」


「誰に聞いた?」


「……だっ、だっ、誰なのかぁ、お、覚えて、ま……しぇん。本当でひゅ……ひぐぅっ……」


「…………」


 嘘を言ってるようには見えないし、こいつは誰かに聞いたことがきっかけで浦間を陰湿にいじめていた一人にすぎないようだ。


 とはいえ、よく見ると自分の体にはこいつにやられたっぽい痣が幾つもあったので、自殺の原因になった一人ではあるんだろう。


「――ぎぎっ……!?」


 それから俺は、こいつが持っていたロープを使い、木の枝に吊るしておいた。あの世で猫に詫びを入れるんだな。さて、あと9名のイニシャルを潰すだけだ……。

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