第10話
「ウオオオオオオオオォォォォッ!」
なんとも閑散とした食堂にて、散乱した死体や食料に囲まれていたのは、血まみれの大きな棍棒を力任せにブンブンと振り回す、3メートルほどある一体の巨人だった。これはかなりの迫力だから生徒たちが逃げ惑うのもわかる気がする。
「シフォン、あいつを成敗してくれないか?」
「あ、はい、やってみますね、トール様っ!」
狐色のホウキを振り上げたシフォンが敢然と立ち向かっていく。実に頼もしいと思ったものの、俺は自分が戦闘に参加できない歯痒さのほうが強かった。ただ、右足が攣っている状態で下手に戦おうとすれば迷惑をかけてしまうだけだしな。
「こんこんこんっ!」
「ガアアアァァアッ……!」
おおっ、いいぞ。今のところシフォンが素早い動きで巨人を翻弄してるし、完全にこっちの優勢だ。
ただ、決め手がないっていうか、モンスターの体が見た目通り丈夫なためか、いくらホウキを叩き込んでもあまり効いてない様子だった。
「――はぁ、はぁっ……」
これはまずいな。シフォンの息が切れ始めているのが見て取れる一方、巨人のほうは疲弊してないのか一定の動きを維持できていた。このままだといずれ形勢逆転してもおかしくないぞ……。
「浦間透っ!」
「っ……!?」
この声は、まさかあいつじゃ……? そう思って振り返ると、やはり一人の少女――平野迅華がこっちへ向かってきていた。
「おい平野、危ないからこっちに来るなっ! ここは俺たちに任せろ!」
「それ、いじめられっ子が言う台詞なの!?」
「あっ……」
そうだな、このままじゃ中身が違うんじゃないかって怪しまれる……ってそれどころじゃない。
「今こそ恩返ししてあげるから、あたしにあの力を頂戴っ!」
「お前なあ、恩返ししてあげるって、そんな言い方あるか――」
「――いいから早くっ! 素の状態でもいけるならあの子に協力したいけど、足手纏いになっちゃったら嫌だし!」
「……そう言われてもな……」
自分の持っている【飛躍】スキルを使えば、平野迅華が【剣士】から【狂剣士】になるかもしれないんだよな。ただ、もしそうだとしてもかなり体力を消耗するようだし、下手したら俺のせいで死んでしまうかもしれない。平野は亜人ほど丈夫ではないわけだから。
「ちょっと、早くしなさいよね!」
何も起きないことに業を煮やしたのか、平野が苛立った表情で詰め寄ってくる。
「いや、待て、早まるな。方法ならほかにもある」
「へ? ほかの方法って何よ?」
「その剣を貸してくれ」
「ちょ、ちょっとっ!?」
そういうわけで俺は平野から半ば強引に武器を受け取り、シフォンに向かって高々と放り投げた。
「これで戦うんだ、シフォン! やつは右から入ってくる動きに弱いみたいだから、攻撃してきた直後にそこから一気に畳みかけるようにカウンターアタックを!」
「あ、はいっ、ありがとうですっ!」
しっかりと剣をキャッチしてみせたシフォンは、俺の指示通り見違えるような動きであっという間に巨人を追い詰めていった。いいぞ、さすが用心棒を兼任してる使用人なだけある。
「――グオオオオオオオオオォォォッ!」
「「「「「わああぁぁっ!」」」」」
断末魔の悲鳴とともに巨人が横たわったことで、いつの間にか周囲に集まった野次馬たちから拍手や歓声が沸き起こる。まもなく、モンスターは跡形もなく消えてしまった。
いやー、一時はどうなることかと思ったが、何事もなくてよかった……。ただ、シフォンは力を使い果たしたらしく剣を落としてぐったりとしてる様子だったので、休憩のためにもアイコンにタッチして一旦消すことに。
「ね、ねえ、浦間透……あんた、あの狐耳の子を名前で呼んでなかった? もしかして知り合いなの?」
「ん、気のせいじゃ? 借りた剣は返すよ。それじゃ、この辺で」
「あ、ちょっと!? 待ちなさいよね!」
事情を話すと長くなりそうだし面倒だってことで、俺は置いてあるパンを幾つか手に取るとその場から急いで立ち去った。
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