第5話
平野迅華が気絶したので俺は彼女を背負って保健室へ運んだあと、３ーＡの教室まで戻ってきたわけだが、なんとも騒然とした空気に包まれていた。
というのも、同級生の彼女が一人でモンスターを倒してしまったってことで、その話題で持ち切りだったんだ。
「平野さん、マジ凄かったよなあ」
「あんな化け物、一人で倒すなんて憧れちゃう！」
「しかも、武器がモップだろ。平野ってどんだけチートなスキルをゲットしたんだよ」
「いいなあ。僕にもチートスキルがあったらヒーローになれたのになあ！」
「いや、田中。お前、ずっとガクブル状態だったしチートスキルあっても意味ねーだろ」
「うっ……」
「「「「「どっ……！」」」」」
「…………」
平野不在の状況がさらに神格化を後押ししたのか、まるで英雄のような扱いだ。ただ、気に入らないのか女子たちの中には露骨に顔をしかめる者もいたことから、全員が崇めているってわけでもなさそうだ。
そんな流れが変わったのは、浦間透――すなわち、俺の話になってからだ。
「そういや……平野さんって気を失ったあと、浦間のやつに保健室に連れていかれたみたいなんだよな」
「え、あの陰キャに！？ かわいそー……」
「セクハラ目的じゃね？ あいつの立場じゃ、気絶したときくらいしか女の子に触れる機会なんてないだろうし」
「んだな。あー、むかついてきた。おい、そこの汚物、謝れよ！」
「…………」
一人のガタイのいい男子生徒が立ち上がったかと思うと、こっちのほうをビシッと指差してきたが、俺は汚物ではないので無視する。
「お、おい、浦間。クソ陰キャの癖に俺を無視すんな！ 平野さんに謝れって言ってんのが聞こえねえのか！？」
「はあ……」
なんとも面倒臭いやつだが、放っておくとさらに絡んできてうるさくなりそうだし適当に相手してやるか。
「謝ろうにも、ここには本人がいないんだが？」
「あぁ？ だったら俺に謝れ！ あとで平野さんに報告してやっからよ。今すぐ土下座しろ！」
「「「「「そうだそうだっ！」」」」」
「…………」
これはまずいな。いじめられっ子の俺になら何をやってもいい、そんな剣呑な空気をひしひしと感じる。
そういえば、俺がやり返さないからやられるんだと平野は言っていた。つまり、無抵抗が積み重なった結果、こういう流れになってしまってるってわけだ。だったら、ここは毅然とした態度を見せてやるべきだろう。
「土下座？ そんなことをしてる場合なのか？」
「あ……？ お前、今なんつった？ 俺に逆らう気か！？」
「チンパンジーじゃないなら話くらい聞け。今は楽な方向に逃げずに、俺のことよりも自分のことを気にしたらどうだ？ それとも、威勢がいいのは俺の前だけか？」
「ひっ……！？」
殺気を帯びた視線を投げかけた途端、やつの足がガクガクと震え始めた。まあ高校生ならこんなもんだ。
「おい、岡嶋のやつ、浦間なんかにびびってるぜ！」
「だっせえ！」
「こ、こ、こんなはずじゃ……」
あいつ、岡嶋っていうんだな。いじめられっ子の俺に反撃を食らったのがよっぽど恥ずかしかったらしく、うずくまって耳まで真っ赤になっている。
ん、周りからヒソヒソと声が聞こえてくるから耳を澄ましてみるか。
「……てか、浦間のやつ、なんか人が変わってね？」
「俺もそれ思った。あんだけはっきりものを言えるやつだっけ？」
「しかも、一度暴れ出したら手がつけられない岡嶋に対して、勇気あるよな」
「いやいや、陰キャの浦間だぞ。パニックに陥って白昼夢でも見てんじゃね？ それか、こういう状況だからオタク特有の中二病が発動したか」
「「「「「ぶっ……！」」」」」
人は楽な方向に流れるというが、まったくもってその通りで、やはり俺をいじめようとする空気に早変わりしてしまった。こういうときは一度離れたほうが得策だろうと思い、俺は教室をあとにすることに。
下手したら彼らを害してしまいかねないからだ。余程のことがない限り命を奪うことはしないつもりだが、俺はもう殺し屋を引退したとはいえ、相手が殺そうとしてくるならきっと体が勝手に反応してしまうだろう……。
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