第82話 衝撃的な噂話
孤児院の皆から見送られたマイラとコレットは馬車に乗り領都を目指す。
領都に帰ってきたマイラは
領都の中央にある広場は円形で、広場の中心に大きな円形の石が敷かれ、その石を四角の石で丸く囲み、円を描くように敷き詰められた石畳が美しい。
広場には屋台が幾つも並び、串焼き屋は肉の焼ける匂いと香辛料の香りが食欲を刺激し、長蛇の列ができている。
「いらっしゃい! 牛串と豚串がありますよ!!」
「牛串焼きを三本」
「はい! 牛串焼き三本ですね!」
活気のある青年の声が響き、客が注文する声が聞こえる。
忙しそうに接客をしながら串焼きを焼いている。
他の屋台ではいろいろな種類のパンやパイ、マフィンが並び、親子でどれにしようかと選んでいる姿が微笑ましく感じて。
マイラとコレットは屋台で飲み物を購入し、近くのベンチに座った。
「ふぅ、今日はいい天気ね。アイスティーがおいしいわ」
アイスティーを飲んで一息つく。
「孤児院に記憶喪失の青年がいるとは思いませんでした」
コレットが孤児院にいた青年の話をふってきた。マイラも記憶喪失の青年を前にして思ったことは、青年の親族が探しているのではないか? だった。
育ちの良さが滲み出ていて、平民とは思えなくて。しかし、院長は青年の親族を捜している素振りもなく、孤児院に受け入れていたのが、今考えると不思議だと思えて。
あの青年は、人に言えない事情を抱えているのかもしれないと、マイラは結論づけた。
「記憶を失くすほど、辛い思いをしたのでしょうね。子どもたちも懐いているようだし、孤児院で働いて充実しているなら、孤児院にいるほうが彼のためになるんじゃないかな」
「……そうですね」
マイラも建前上、記憶喪失になっている。以前のマイラと別人になってしまったが、コレットはマイラをすんなりと受け入れてくれた。
空は雲一つなく、澄んだ淡い青色が広がっている。マイラを映した瞳が、時折みせる色と同じだと思い出す。
空を眺めていると、胸が苦しくなる。優しい七色の瞳の持ち主に会いたいと、甘い声で名前を呼んでほしいと願ってしまう。
前世でも、少し前まで知らなかった感情が、胸のなかで膨らんで落ち着かない。
(私の心が、こんなにもフレーデリック様への想いに占められているなんて……)
ときめく気持ちを落ち着かせようと目を閉じる。
フォルクハルトたちの裁判も終了し、領地に戻って二ヶ月が過ぎた。父からもフレーデリックからも便りはない。
何もないことに、漠然と不安がつきまとう。不安なときはフレーデリックを信じて待っていれば、きっと迎えに来てくれると、何度も自分に言い聞かせて不安な気持ちを
フレーデリックに愛を告げられたが、公式のものではない。フレーデリックに手紙を書くことも、侯爵令嬢では許されないことだ。
フレーデリックから便りがあれば、気持ちを強く持てるのにと思ってしまう。
何もできないことが、待つことがこんなにも辛く思うのは、自分に自信がなく、すぐに
フレーデリックを信じているマイラと、
隣のベンチに観光客らしい男女四人が料理を持って座る。仕立ての良い服装で、貴族の子息と令嬢と思われる。
「なぁ、新しく王太子になる王子って、見たことあるか? 魔導師なんだってな」
「ケッセルリングに留学していたんでしょう? どんな方なのかしら」
(もしかしてフレーデリック様のことかしら?)
隣のベンチで大きな声で話していれば、自然と耳に入ってくる。盗み聞きする気はないが、話題がフレーデリックなので、気になってしまう。
「王太子妃候補にたくさんの令嬢の名が上がっているが、誰が妃になるんだろうな?」
「あー、うちの親も知りたくて、噂好きな夫人を招いて茶会をしているが、出てくる名前は噂になっている令嬢ばかりで、これといった情報がないと、言っていたぞ」
「本命は公爵令嬢らしいと聞いたわ」
(……え? 何の話?)
「もしかして、バッハシュタイン公爵家のマリガネーテ様かしら? それともベールマー公爵家のヴェラ様かしら? 年齢的にマリガネーテ様がお似合いだし、きっとマリガネーテ様が婚約者に決まりそうね」
「やっぱり、マリガネーテ様かなぁ?」
(王太子妃……候補……? 公爵家? 本命って、誰の?)
隣のベンチに座る若者は、フレーデリックの婚約者が誰になるのか、噂をしている。令嬢はマリガネーテが本命だと決めつけるような発言をし、一緒にいた者も同調している。
(……マリガネーテ様って誰? 王太子って、フレーデリック様のことでしょう? その婚約者……がバッハシュタイン公爵家のマリガネーテ様!? なら、あの
マイラの心臓が大きく跳ねる。強い鼓動に合わせ、身体が小刻みに揺れる。頭のなかが真っ白になり、周りの音や匂いなど、遮断されたように何も感じなくなっていた。
(苦しい。息ができない……)
コレットは苦しそうに肩で息をしているマイラに気づき、声をかける。
「マイラ様!? 大丈夫ですか? お顔が真っ青ですよ。もう帰りましょう」
コレットは足に力が入らず、浅くて早い呼吸を繰り返すマイラを支えて歩き、御者の手を借りてマイラを馬車に乗せ、帰路についた。
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