第80話 穏やかな日々を求めて

 フォルクハルトが歪んだ性格になったきっかけは貴族たちの下世話な言葉だった。


 同い年の二人は大人びたマイラと年相応のフォルクハルトを比べ、淑女のマナーを身につけたマイラを褒め、子供らしくヤンチャなフォルクハルトをさけすんでいた。


 貴族たちに蔑まれていると知ったフォルクハルトの自尊心は傷つき、マイラに対して敵対心を持つようになり、不仲な婚約者を持つフォルクハルトの心の隙間にエルネスティーネがまんまと付け入り、最悪な結果になってしまった。






 自分が誰だったか覚えていない、まっさらな状態の彼なら、牧歌的なカレンベルクで生活すれば、のびのびとした性格になり、穏やかに生きていけるのではとフレーデリックは考えたのだ。


 マイラが感情を取り戻したように、無感情な彼の感情をゆっくりと育める環境だと。


 フレーデリックの真剣な眼差しを受けて、カレンベルク侯爵はため息を吐く。


「承知いたしました。あの者を預かります。あの髪色と雰囲気では、マイラもフォルクハルトとは気づかないでしょう。名前も改めないといけませんな」


 侯爵が折れた形で了承した。国王は息子だった者の行き先を案じていたのか、潤んだ目を侯爵に向けた。


「侯爵、無理を言ってすまないが、をよろしく頼む」


 国王は侯爵に頭を下げた。目をみはる公爵と侯爵だったが、子を思う親の気持ちは、自分たちも子を持つ身なので、痛いほどわかる。


 ましてや国王にとって唯一無二だった王妃の忘れ形見だ。記憶を消し、王都から追放しなければならない事態に、どれだけ苦しんだことだろう。


 フレーデリックを留学という形で手放し、手元に置いたフォルクハルトに懸命に向き合ってきた姿を、侯爵たちは知っている。


「陛下、頭を上げてください。あの者は責任を持ってお預かりいたします。監視をつけるので年に三度、内密にあの者の近況もお知らせいたしましょう」

「侯爵……ありがとう。よろしく頼む」


 国王は平民となった元息子の近況を知ることができると聞き、安堵の表情を浮かべた。








「フォルクハルトらの判決は、国民に公表しようと思っておる。国民もフォルクハルトがどんな処罰を受けたか、知りたいじゃろう。記憶消去はおおやけにはできぬがな」


 国王は穏やかな表情でティーカップに手を伸ばす。


「侯爵が公爵に陞爵しょうしゃくすると知らせねばならぬし、同日に発表しようと思う。授爵の儀の日取りも決めないとな。忙しくなるぞ」


 国王はようやく笑顔を見せた。








 半月後。

 国中の掲示板に三枚の紙が一斉に貼り出された。同日に発売される新聞にも同文が掲載されている。


 一枚目。

 判決。


 フォルクハルト・ファーレンホルストは侯爵令嬢の誘拐を企てた罪で、王子の身分を剥奪、王族籍から除籍、私財没収、王都より追放する。


 クレーメンス・アメルハウザーはフォルクハルト・ファーレンホルストの命を受け、侯爵令嬢の誘拐の指示を出した罪で、貴族籍から除籍、平民とする。


 ゲッツは侯爵令嬢の誘拐及び数名の令嬢を誘拐した実行犯として、他無期限鉱山労働の刑に処す。




 二枚目。


 国王ファビアン・ファーレンホルストの第二王子であるフレーデリック・ファーレンホルストは魅了魔法を解除し、魅了魔法をかけられた人々を救った。


 誘拐された侯爵令嬢の居場所を魔法で突き止め、単身で救出に向かい、誘拐を指示したクレーメンスの身柄を確保、令嬢の救出に成功する。

 後日、誘拐犯ゲッツの身柄も確保した。


 第二王子フレーデリック・ファーレンホルストはケッセルリング王国で十二年間魔法を学び、輝かしい実績を残し、ケッセルリング王国魔導庁に名を連ねる魔導師でもある。



三枚目。


 クロードアルト・カレンベルクは侯爵から公爵へと陞爵する。




 掲示板に集まった国民の反応は凄まじいものだった。第一王子が企てた犯罪を第二王子が解決するという、前代未聞の出来事を国民は大いに語り、包み隠さず公表した王室に信頼は戻り、支持する声も大きい。


 令嬢を助けた王子を吟遊詩人は高らかに歌い、他国までフレーデリックの名が知られるようになった。


 国民からフレーデリックを王太子にとの声が日増しに大きくなっている。

 これを受け、国王は大臣たちとフレーデリックの立場をどうするかで議論を交わし、満場一致で王太子になると決まった。




 半年後にフレーデリックは立太子の儀を行い、正式に王太子となる。半年後とはいえ、儀式に向け、儀式の進行、作法を学ぶなど、目がまわる忙しさだ。


 王都も立太子の儀が行われるので、今から盛り上がりを見せている。記念の菓子が売られたり、置物などが生産されて、地方からお祝いに来る人々に向けたお土産があふれている。


 王都に住まう人々も、お祝いムードを楽しんでいる。


 そして、国民の間では誰が王太子妃に選ばれるかが気になるらしく、令嬢の名がささやかれていた。


 それを知った貴族たちが、娘の噂を流し、噂が噂を呼び、両手の指の数を超える令嬢の名が飛び交っており、誰が王太子妃なるのかと、大いに盛り上がっている。


 フレーデリックの知らぬところで、王太子妃候補は誰かと、競馬のオッズならぬ令嬢のオッズまで作られた賭けが始まり、噂は大きくなっていった。

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