第79話 フレーデリックの受難と受け入れ要請

 カレンベルク侯爵からマイラに愛を告げたことを暴露されたフレーデリックは、思いも寄らない事態に、口に含んだ紅茶を吹き出した後、盛大にむせた。


 幸いにも窓側に顔を向けていたので、侯爵は被害に遭わなかったようだが、隣のイスと絨毯じゅうたんを汚してしまった。


「こっ、侯爵、なぜそれを……」


 真っ赤な顔で言いかけたフレーデリックは、慌てて浄化魔法で汚れをきれいにする。


「すまない。見苦しいところを見せてしまったな」


 暴露話と紅茶の件が恥ずかしく、居心地が悪い。気持ちを切り替えるように居住まいを正す。


(侯爵も、何を思ってマイラのことを話したのだろう? 紅茶を口にしているときに、驚くような発言は控えてほしい)


 ボリスもなぜ侯爵に伝えたのか。マイラへの想いが溢れて止まらくて、愛していると告げてしまったが。


 妹に相応しいか見極めると言ったのだから、ボリスの胸だけに留めてほしかったと、恨めしく思う。


 フレーデリックは動揺を隠せずに、赤く染まった顔を隠すように左手で顔を覆う。


(気まずい……用があると言って、この場から離れるか? もう、僕がいなくてもいいはずだ) 


 この場から早く離れたい。これ以上、暴露されるのを、避けるために。


「娘のお手製クッキーは気に入っていただけましたかな? 


 やけに強調したのは、自分は食べたことがないマイラのクッキーを、フレーデリックが食べたことに対する焼きもちなのだろうか。


 侯爵の笑顔の奥に薄暗いものを感じ取ったフレーデリックは何度も首を縦に振る。


「はい。とてもおいしくいただきました」


 引きつりそうになる顔を無理矢理笑顔を作り、その場を凌ぐ。

 

 ここで会話が途切れ、静寂が訪れた。退室するのに絶好のタイミングだ。用事があると告げて退室しようと口を開いた瞬間だった。


「フレーデリックよ、マイラに愛を告げたとは、まことか?」 


 国王は目をまん丸くさせ、フレーデリックに視線を向ける。


(ああぁ、もう! 退室するタイミングを逃したぁー!!)


 心のなかで地団駄を踏み、頭を抱えて悔しがる。


 固まった笑顔のフレーデリックは返事をしない。

 

「侯爵の発言はまことかと、聞いておる。さっさと答えんか」


 国王も真相が知りたくて、フレーデリックを急かす。


(父上、僕に聞かないで侯爵に聞いてください。僕をそっとしておいて……)


 この場にいるのが、こんなに辛いとは……転移魔法で雲隠れ出来たら、どんなに楽だろう。


「フレーデリック?」


 国王は追及を止めず、再度促す。どうしても息子の口から聞きたいらしい。追い込まれたフレーデリックは髪をかきむしりたい衝動を抑え、眉間にシワが寄り、口がへの字になる。


(もう、どうにでもなれ!!)


「えーっとですね。僕が功績をあげ、国民から後継として認められたなら、カレンベルク領に赴き、マイラを託せる人間かどうか、次期侯爵に見極めてもらう約束なので……」


 しまいには口ごもりながら明かしたフレーデリックは、遠い目をしてどこかを見つめる。


「留学で長いこと国を離れ、忘れ去られた王子がひょっこりと出てきて、後継者だと言われても、国民に認めてもらえないでしょう?」


 国のために勉強し、民のために私財で領地改革に乗り出した。しかし、物事は思うように進んでいない。目に見えて成果は上がらず、焦りで空回りしている状態で。


 マイラも適齢期だ。いつまで待ってもらえるのか、気が気でない。


「ボリスなんぞに見極めてもらう必要はないかと。私は殿下を後継として認めていますぞ」


 侯爵は穏やかな口調で言葉を紡ぐ。思わず侯爵と目が合う。マイラと同じ銀色の瞳は尊敬の念が込められていた。


「では、マイラに婚約を申し込んでも……」

「いや、それは困りますな」

「なっ……」

「殿下も知っている通り、領地で自由に過ごしておりましたが、タガが外れましてな。令嬢の鑑がじゃじゃ馬娘に鞍替えしているとは、情けない。再教育いたします」


 侯爵は腕を組み、何度も頷く。ここまで言えば、フレーデリックが引き下がるだろうと、侯爵は踏んだのだ。


 再教育は建前だ。本音はマイラを手元に置きたい父親のわがままである。

 先程公爵を牽制するためにフレーデリックがマイラに愛を告げたと言ったが、少しでも長く自分の娘でいてほしい。


「ならば、我が娘、マリガネーテなどいかがでしょう?」


 バッハシュタイン公爵が身を乗り出して娘をアピールしてきた。


「公爵、こう見えてもフレーデリックは儂と同じで一途でな、マイラしか眼中にないんじゃよ」


 穏やかな口調で言い切る国王に、バッハシュタイン公爵は残念そうに引きさがるしかなかった。





 先程までは赤くなったり、恥ずかしそうにしたり、表情がクルクルと変わっていたフレーデリックが、真面目な顔をし、居住まいを正す。


「カレンベルク侯爵にお願いしたいことがある」


 フレーデリックの申し出に、侯爵も背筋を伸ばし、真剣な面持ちになる。


「私にできることならば、承りましょう」

「フォルクハルトだった者を、領地に置いてもらえないだろうか?」

「なんですと!?」


 思ってもみない申し出に、侯爵は驚き、瞠目どうもくする。


「平民として、領地で働かせてほしい。フォルクハルトの記憶は二度と戻らないし、自分が誰だか分からずに、心細い思いをしているだろう。新しい名前を与えて、カレンベルクの環境で生活すれば、穏やかに生きていけるだろう」


 フレーデリックの言いたいことは良くわかる。無表情で感情が乏しかったマイラが領地で生活するようになってから表情が豊かになり、喜怒哀楽もはっきりとしてきた。


 無表情で感情が乏しそうなフォルクハルトだった者も、マイラと同じように成長するとフレーデリックは考えたのだろう。

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