第78話 雑談に花が咲き、侯爵に暴露される

 フォルクハルトだった人物を王宮の部屋に休ませ、部屋から出ないように、扉の前に騎士を二名配置した。


 別室で国王とバッハシュタイン公爵、カレンベルク侯爵が休憩していたが、誰も喋らず沈黙が続く。


 先程の光景が目に焼き付いて。見てはならぬものを見てしまったような、言葉に言い表せない思いが胸のなかで渦巻いている。


 異様な雰囲気が漂うなか、メイドが紅茶を用意していると、フレーデリックが入室し、カレンベルク侯爵の前に座ると雰囲気が変わる。


 メイドが退室した頃を見計らって国王が口を開く。


「……まるで別人だったな」


 国王の呟きに、公爵と侯爵も揃って頷く。


「消去魔法でも、一番難しい魔法でフォルクハルトとして生きてきた記憶を消去しました。もう二度と記憶がよみがえることはありません」


 フレーデリックは静かに告げる。そして、記憶を消去できる自分に、国王たちが恐れを抱いていると感じ取っていた。




『卓越した才能を持つ者は、畏怖の念を抱かれることが多いが、そなたの才能は畏敬の念しかない』




 誰に言われた言葉だっただろうか。ふと思い出した言葉に、潰れそうな心を救われた。


 願わくば、マイラが畏怖の念を抱くことがないように……フレーデリックは祈らずにはいられない。


「殿下」


 呼ばれて肩が揺れる。声の主に視線を向ければ、カレンベルク侯爵が頬を紅潮させて身を乗り出している。


「いやぁ~、殿下の消去魔法は見事なものでした! あの七色に光る粒は何だったんですか? どのような仕組みで髪の色が変化したのでしょう!」


 カレンベルク侯爵は興奮気味に早口でまくしたてる。ぽかんとしているフレーデリックに構わず、魔法についてあれこれと質問攻めにしている侯爵を、バッハシュタイン公爵がたしなめる。


「おい、クロード! 落ち着け。殿下がドン引きしているではないか」

「おっ、おおっ。これは失礼しました」

「全く、お前は変わらんなぁ。魔法となると目の色が変わる」


 話についていけない国王とフレーデリックは公爵に目を向け、瞬いている。


「クロードは魔法に並々ならぬ関心を寄せていましてね。魔力に恵まれなかった分、魔法に憧れがあるようで。初めて知る魔法となると、根掘り葉掘り……」

「れっ、レオーネ! もう黙れ! これ以上喋るな」


 顔を真っ赤にして侯爵は声を上げる。爵位の高い二人が仔犬のようにたわむれているではないか。


「フッ、フフフ」


 国王が笑う。フレーデリックも恐れられていると感じたのは気の所為だったのかと、安堵する。


 国王に笑われた公爵と侯爵はバツが悪そうにそっぽを向く。


 バッハシュタイン公爵はフレーデリックの能力の高さに驚きを隠せなかった。

 膨大な魔力を持って誕生したフレーデリックは、わずか七歳で隣国に魔法を学ぶために留学したと聞いた。


 単身で留学した国の魔法学園で異例の成績を残し、首席で卒業後は魔導庁に魔導師として籍を置いている。


 フレーデリックの魔力と、魔法を繊細に扱う腕の良さに、ケッセルリング王も一目置いているらしい。






 本来、不祥事を起こした王族は隔離され、一人だけの牢獄に投獄され、余生を過ごすという。

 食事を運ぶ、身の回りの世話以外は一人きりで過ごすうちに精神を病み、長くは生きられないと聞いた。


 フォルクハルトも本来なら投獄されて、誰にも知られずに生涯を閉じるはずだった。

 だが、フォルクハルトが事件を起こした根底にあるのは、魅了魔法の後遺症が原因だ。


 後遺症が残らなければ、いくらフォルクハルトとはいえ、あんな愚行に走らなかっただろう。

 甘いかもしれないが、酌量の余地があってもいいのではと、国王は考えた。


 息子を失うが……今までの人生を忘れ、第二の人生は穏やかに過ごしてほしい。生きていてくれたら、それでいい。


 父として、できる限りのことをした。後は自分の人生を切り開いてほしいと願うばかりだ。




 バッハシュタイン公爵は、眉目秀麗で騎士のような体躯、卓越した能力の持ち主であるフレーデリックに、娘を嫁がせたいという気持ちが頭をもたげる。


 バッハシュタイン公爵はフレーデリックと娘を会わせる口実に、お茶会を催し、フレーデリックを招待したいと国王に申し出ようと考えた。


「陛下、よろしければフレーデリック殿下をお茶会にお誘いしたいのですが」

「バッハシュタイン家でか?」

「はい。私の娘も適齢期になりまして、私が言うのもなんですが、我が娘は見目麗しく、心根の優しい娘でして」


 娘を語る公爵の顔は、勇ましい表情が崩れ、目尻を下げてデレデレしながらフレーデリックの表情を盗み見る。


 カレンベルク侯爵はバッハシュタイン公爵の企みにいち早く気づく。なんとしてでも阻止しようと、機会を伺う。


 記憶消去魔法でかなりの魔力を消耗したせいか、気怠そうに窓の方に視線を向けたままだ。


「そういえば、マイラ嬢も記憶喪失になり、雰囲気が変わったな。謁見の間での罰は可愛らしかったぞ」

「フォルクハルト様に向かって行こうとして、呼び止めたマイラの眼差しは恐ろしいものだったがな」


 侯爵はマイラの眼差しを思い出し、身体を震わせた。


「令嬢の鑑と言われていた頃に比べると、純真な心の持ち主になったように見受けられるな」


 バッハシュタイン公爵は率直に述べた。

 カレンベルク侯爵も表情を崩す。


「少々、精神年齢が幼くなったと言いますか、幼い頃から勉強漬けの毎日で、受けられなかった愛情を取り戻すかのように愛情を求め、私どもも愛情を惜しみなく注いでいるのですよ」


 幸せそうに語る侯爵を、国王は安心したように頷く。フレーデリックは心ここにあらずでティーカップを持ち上げ、口に運ぶ。


「おお、そうだ! 息子から聞きましたぞ? 殿下はマイラに愛を告げたそうで?」


 満面の笑みを浮かべたカレンベルク侯爵は、バッハシュタイン公爵を牽制するように切り出した。


「ぶふっ」


 フレーデリックは盛大に紅茶を吹き出した。

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