第77話 生まれ変わるために

 国王自らいた紙を渡されたカレンベルク侯爵とバッハシュタイン公爵は魔法血判紙に署名をし、針で指を刺してから指を押すと血が盛り上がるように出血し、血を指の腹に広げて署名の下に血判をす。


 捺された血が淡く光り、血判紙全体が光に包まれる。やがて光が消え去ると、血判紙には呪文が細かく浮かび上がっていた。


 これで今から起こることを口外しないと、契約が成立した。契約した者は見たことを第三者に口外すると、心臓が止まる魔法がかけられている。


 契約の印として、手首に小さな王室の紋章が浮かび上がっている。この印が、契約を忘れるなと戒めになっているようで。


 昔、魔法血判に署名したにもかかわらず、暴露しても死ぬものかと高をくくり、話した貴族がいた。


 触りを話しただけで、血判紙の魔法が発動し、貴族の心臓は動きを止めた。周りにいた貴族たちは魔法血判の恐ろしさを身を持って知ることになる。


 魔法血判の恐ろしさを、貴族たちは今でも子孫に語り継いでいる。余程のことがない限り、魔法血判紙に血判をしてはならぬと。









 国王とバッハシュタイン公爵、カレンベルク侯爵は小さな離宮に案内された。

 扉を開けると、カーテンで閉じられた部屋は薄暗く、燭台に置かれた魔石が柔らかい光を放ち、そこにいる人物の姿を浮かび上がらせていた。


 フレーデリックと目隠しをされ、イスにしばりつけられたフォルクハルトがいる。


 カレンベルク侯爵はフレーデリックがいることにいぶかしむ。もしかして、処置をほどこすのはフレーデリックなのかと気づくと、納得した表情を浮かべた。


「では、始めるか」


 国王が重い口を開き、アイコンタクトでフレーデリックを促す。頷いたフレーデリックは神経が張り詰め、空気がピリピリしているのが伝わってくる。


 息を呑む国王、公爵、侯爵。


 フレーデリックの目つきが鋭くなる。


「おっ、おい、目隠しなんかしやがって!! 俺に何をする気だ!」


 緊張感に満ちた部屋に反応を示したフォルクハルトが声を荒げた。


「お前、父上に捨てられたクセに、よくもノコノコ戻って来れたな! お前がいなければ、俺はこんな目にあわなかったんだ。すべてお前のせいだ!!」


「縄を解け! 俺は悪くないぞ! 俺はお前なんか弟だと思ったこともない! 不気味な黒い髪のお前は生まれつき呪われているんだ! 忌み子はこの国から出ていけ!」


 フォルクハルトの罵声が離宮に響く。忌み子と言われたフレーデリックの眉がピクリと動き、鋭い眼光をフォルクハルトに向けた。

 同時に凄まじい威圧がフレーデリックから放たれた。


「黙れ!! 僕の髪は亡き母上から受け継いだ色だ! お前は父上の髪色と同じだが、黄金の瞳は母上と同じだろう? 僕の髪を侮辱するのは、母上を侮辱すると同じことだ。母上に謝れ!!」


 フォルクハルトに怒号を浴びせたフレーデリックは肩で息をしている。怒りで頭に血が上り、身体が震える。


 フレーデリックの威圧に圧倒された公爵と侯爵は顔から血の気が引き、口をパクパクさせている。

 国王は二人の息子の言い争いを聞き、切ない思いが胸に広がる。


「うるさい!! 俺はそんなことは知らん! 俺をイスに縛りつけるなど、許さんぞ!!」


 フレーデリックはフォルクハルトが喚いている間に目を閉じ、何を言っても伝わらないと諦め、怒りを鎮める。


 手を合わせて呪文を唱え始めた。


 フレーデリックの表情が更に険しくなり、合わせた手のひらが光を宿す。



 目の前の光景に、国王たちは目を見開き、息を詰めた。


 手のひらの光が大きくなり、合わせていた手を離す。左の手のひら一面がキラキラと輝き、ダイヤモンドダストを連想させる。

 手のひらの上で煌めきながら螺旋らせんを描く。


 幻想的な光の粒子がゆっくり回ると輝きが一点に凝縮され、手のひらの光が消えた後、小指の爪ほどの小さな珠が一粒残された。


 フレーデリックは珠をつまみ上げる。まるでオパールのような珠は七色の光を放ち、国王たちも目が釘付けになる。


 喚いているフォルクハルトの頭を固定し、七色の珠を眉間に当てると、吸い込まれるように消えていく。


 直後、フォルクハルトに異変が起きる。


 悪態をつき、喚いていたフォルクハルトが言葉を失くし、動かなくなった。


 美しいスプリンググリーンの髪が少しずつ黒みを帯び、オリーブグリーンへと色を変える。


「フォルクハルトの髪色が変わった!?」


 髪色が変わる様を見た国王が驚きの声を上げた。


「僕の魔力が影響しているようです。ケッセルリングで処刑を控えた罪人に、記憶消去魔法を施したら全員髪色が暗くなりました」

「……」


 フレーデリックの説明を聞いた三人は唖然とする。目の前の出来事が、あまりにも現実離れしており、国王は思わずつばを呑む。

 公爵は喉を鳴らし、侯爵は小さく息を吐く。






 どれだけ時間が過ぎただろう。フォルクハルトの指がピクリと動く。


「目の前が真っ暗だ……」


 かつてフォルクハルトだった人物が言葉を発した。言葉づかいが柔らかい。


「お前の名前は?」


 フレーデリックはオリーブグリーンの髪の青年に問う。


「誰? 自分は……わからない。自分の名前がわからないんだ。身体が動かない。なぜ?」


 誰からともなく、息が漏れた。フレーデリックが目隠しを外すと、瞬きを繰り返したアンティークゴールドの瞳は国王たちの姿が視界に入ると、小首をかしげて見つめる。


 その眼差しは傲慢だったフォルクハルトとは別人だというように、いだ瞳をしていた。


 無表情で髪の色が変わり、とてもフォルクハルトとは思えない人物が目の前にいる。


 一部始終を見守った国王たちは驚きを通り越し、身体が小刻みに震えている。


 顔色が変わった国王たちを虚ろな眼差しで見つめていた人物の顔が歪む。何もわからないことに、強い不安が襲い、自然と歯がカチカチと音を立てる。


 フレーデリックは縄を解き、フォルクハルトだった人物を立たせた。


「お前は平民だ。後から詳しく教えるから、心配しなくていい」


 フレーデリックは穏やかな声で落ち着かせるように声をかけた。これで兄だった人物と、今生の別れになる。


 フォルクハルトだった人物は、凪いだ瞳のまま頷いた。

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