第76話 決して屈しない。己の信念を貫き通す。

 マイラが領地へ帰った数日後、魔法血判の準備が始まった。国王は魔法血判に使用する紙をくために、体調を整えていた。


 紙の原料となる木を加工し、繊維質を取り出したら、たたき棒で叩いて細かい繊維にしていく。


 容器に繊維と木の根から抽出した粘りのある液と粉末にした魔石、水を入れて撹拌かくはんし、原料液ができた。




 国王は原料液に魔力を注ぎながら、細い乾燥パスタと同じ太さで揃えた木を糸で編んだを木枠に取り付け、原料液をすくい、紙の厚さが均等になるように縦横に揺すり、水を切り枠から簀を外し、いた紙を布に貼り付ける。


 紙漉き中は原料液の中に魔力を放出し続け、国王の魔力と体力を消耗させるが、そうすることによって粉末の魔石に国王の魔力が宿り、魔法血判紙ができる。


 これを何度も繰り返し、紙を何枚も作り、出来の良い紙に国王が魔法をかけることによって、魔法血判用紙として使用される。


 命を預かる大事な紙だ。きれいな紙でなければ、相手に失礼だと国王は考えている。

 



 本来なら成人を迎えたフォルクハルトが紙漉かみすきを覚えるはずだった。

 フォルクハルトにほどこす処置のために紙漉きが行われるとは誰が予想しただろう。


「しかし、処置をするが内容は秘匿ひとくにすると言ったのに、興味を持たれるとは思わなんだ」


 紙をき終え、疲れをにじませた国王はイスに座りひと息ついた。


「カレンベルク侯はフォルクハルトを最後まで見届けるだろうと予想していましたが、まさかバッハシュタイン公まで見学を希望するとは思いませんでした」


 フレーデリックは紙漉かみすきの道具をまじまじと見つめている。


(紙料がたまる場所は、茉依の部屋のベランダにあったすだれみたいだな)


 国王の動作を真似て紙を漉く。紙料しりょうが一ヶ所に集まり盛り上がったり、穴が空いたり、デコボコになったりと、思うように漉けない。


「練習あるのみじゃ。焦らずやりなさい」


 おっかなびっくりで紙漉きの練習をするフレーデリックに、国王は愛しそうに目を細めて見守る。






 フォルクハルトに施される魔法は記憶消去の魔法だ。この魔法は禁忌としてケッセルリング王国の魔導庁で魔導書を厳重に管理している。

 

 禁忌魔法なのに、なぜフォルクハルトに施すことができるのか。





 フレーデリックが最終学年になり、類をみない成績を残し続けたことをかんがみて、魔導庁に籍を置くと早々に決まり、魔導庁に見学に来ていたときだ。


 いろいろな施設を国王と魔導庁長と一緒に見て回り、最後に案内された場所が禁忌魔法の魔導書を保管している部屋だった。


 重厚な扉で守られた部屋は魔導庁長の魔力が登録されており、扉についている魔石に庁長の魔力を流すと扉が開く仕組みになっている。


 庁長が扉を開けると、中に扉がある。国王が中の扉にある魔石に触れると、扉が開いた。


 先に進むとまた扉が。庁長がピアスを外し、小さな穴に差し込むと、扉が自動的に開いた。

 一歩踏み入れると部屋のなかは照明が灯り、明るくなる。


 広い部屋にポツンと小さな本棚が置かれており、禁忌魔法の魔導書が並べられていた。


「フレーデリック、そなたも学園を卒業したら魔導庁で働くだろう。魔導庁に勤める魔導師のなかにはを行わなければならないときがある」

「これはごく一部の魔導師しか知らぬ故、口外してはならぬ。よいな?」


 庁長の念押しにフレーデリックは無言で頷く。


「そなたには禁忌魔法を覚えてもらう。記憶消去魔法の魔導書をフレーデリックに」


 国王が庁長に命じると、本棚から一冊の魔導書を取り出し、フレーデリックに渡す。


「この場で覚えられるか?」


 国王の問いかけに無言で魔導書を開き、パラパラとめくる。フレーデリックの眼差しは真剣そのものだ。


 読み進めると、記憶消去の魔法には数種類あると気づく。一度読んだら覚えてしまう特技を持つフレーデリックは魔導書に書かれた魔法を全て覚えてしまった。




 

 突然、フレーデリックが呪文を唱え始めた。国王と庁長は驚くが、そのままフレーデリックを見守る。呪文を唱え終えると、フレーデリックの左手に小さな珠が出現した。


 庁長は珠を見つめ、鑑定すると記憶消去魔法だと鑑定された。


「素晴らしい! 記憶消去魔法をモノにしたのか」


 庁長はフレーデリックの能力の高さに舌を巻く。


「解」


 呟くと珠が霧散し、跡形もなく消える。魔導書を保管している部屋から出ると、国王の執務室へ連れて行かれた。



 人払いをされた後、国王は切り出す。


「フレーデリック、魔法を覚えてもらったのは、国の機密情報を知った人物から機密情報のみ記憶を消去したり、記憶そのものを消去してほしいからだ」

「……なぜ僕に?」

「学園を卒業しても、ここに留まって欲しいからだよ」

「や……でも僕は母国に帰るつもりでしたが」

「そなたはケッセルリングこちらの事情を知ってしまったしな、手放なすには惜しい人材だ」


 フレーデリックは不服そうな表情を浮かべている。


「僕は……」

「そなたは第二王子だ。帰ったところで居場所があるのか? 第一王子と不仲なんだろう? 第一王子が即位したら、命を狙われる可能性もあるだろう」


 確かに短慮のフォルクハルトなら、命を狙ってくる可能性は否定できない。それでもと口を開く。


「陛下は僕の意志を確認もせず、禁忌魔法を覚えさせました。ここに留まるためと知っていたら、断りました」


 フレーデリックは食い下がるが、国王は余裕の表情を浮かべている。

 顔には出さないが、騙し討ちのようなことをされて国王と庁長に対し、怒りを覚えた。


「なら、記憶消去魔法を使い、僕の記憶から記憶消去の魔法だけ消去すればいいですね?」


 フレーデリックの言葉に、余裕綽々よゆうしゃくしゃくだった国王が慌てふためき、危うくイスから転げ落ちるところだった。


 狼狽える国王を気にも留めず、フレーデリックは呪文を唱え始める。


「ふっ、やめっ、いかん! めろ! 分かった。フレーデリック、これ以上は!! めるんだ」


 フレーデリックは詠唱を止め、冷ややかな眼差しを国王へ向けた。国王もガックリと肩を落とし、フレーデリックを引き止められなかった悔しさから両手で顔を覆う。


「恩をあだで返すのか」


 庁長は憎々しげに呟く。


「王室に世話になっているのは事実ですが、父上は僕のために魔石を献上し、破格値で魔石を輸出しています。対等な立場では?」


 知っていたのかと、国王と庁長の表情が語る。フレーデリックは大人の汚さを目の当たりにし、父が言いたかったことを、ようやく理解した。




 十二年もケッセルリング王室に世話になってきた。

 フレーデリックを受け入れている王室に、ファーレンホルストで採れた最上級の魔石を毎年献上し、魔石も破格の価格で輸出していた。


 ケッセルリングでフレーデリックが肩身の狭い思いをしないようにと、国王が配慮してのことだ。






 国王はケッセルリングへ発つフレーデリックに言い聞かせた。


「ケッセルリングで世話になるからと、萎縮してはならん。こちらも対価を払っておる。王子そなたらしく振る舞い、しっかり魔法を学ぶのじゃ」


 国王に言われたことを守り、魔法の知識を身につけてきた。学んだことをファーレンホルストで活かすために。


 この一件で、フレーデリックは卒業後、帰国し、定期的にケッセルリング王国に訪れると約束をしたのだった。

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