第72話 魅了魔法と自我の間で導き出したものは?

 マイラが屋敷に戻った夜、父であるカレンベルク侯爵が屋敷に帰ってすぐにマイラの部屋を訪ね、手紙を差し出した。

 マイラが証言してすぐに王宮で手紙を受け取ったそうだ。


 手紙の内容を目で追い、父へと視線を向けると、静かに頷かれた。

 二日後にフォルクハルトらに刑が言い渡される。


 伯爵以上の爵位を持つ貴族なら、立ち会いに参加できるので、侯爵である父と一緒にマイラも参加すると返事を出してくれた。


「お父様、ありがとうございます。しっかり見届けたいです」

「うむ、これで区切りがつくな。当日は王都に住む当主たちが参加するだろう。目立たない色のドレスで参加するといい」


 侯爵は言い残して部屋を後にした。





 二日後。

 マイラは藍色でシンプルなドレスを身に纏い、侯爵である父とともに謁見の間で玉座に近い位置に立っていた。


 本来は公爵のなかで家柄が高い順で、玉座に近い位置に並んでいくが、今回だけは被害者であるカレンベルク侯爵家が玉座に近い位置に身を置いている。


 フォルクハルトらの刑を見届けるために、王都に住む当主たちが謁見の間に入場してくる。

 カレンベルク侯爵は貴族たちと挨拶を交わし、挨拶が済むと自分の立ち位置に戻って行った。


「やあ、クロード」


 親しげに声をかけられた侯爵は振り返る。


「おお、レオか。顔を合わせるのは貴族派の断罪ぶりだな」

「お前、娘を連れてきたのか?」

「この事件の被害者だが、どのような刑がくだされるのか、見届けたいと言われてな。マイラ、この方はレオーネ・バッハシュタイン公爵だ。私の従兄弟で親友なんだ」

「初めまして。クロードアルト・カレンベルクの長女、マイラです」


 マイラはカーテシーをする。


「マイラ嬢の記憶は戻ったのか?」

「いえ」

「そうか、早く思い出すといいな」


 バッハシュタイン公爵はカレンベルク侯爵の隣に立つ。

 貴族たちが揃ったようだ。


 近衛騎士がフォルクハルトら三人を連れて玉座と対面するように膝をついて座るよう命じる。


 フォルクハルトは王太子だった頃には考えられない粗末な服を身に着けている。

 後ろ手に縛られ、食い入るように玉座を見続けている。フォルクハルトは今、何を思っているのか。





 謁見の間にある国王専用の扉が開き、国王、フレーデリック、宰相が入場した瞬間、貴族たちは臣下の礼をし、マイラは淑女の礼をして国王が階段を登り玉座に座るのを待つ。


 宰相が玉座の右側に立ち、フレーデリックは左側に立っている。


「おもてをあげよ」


 宰相の言葉に貴族たちは姿勢を変え、両手を後ろにまわす。マイラは肘を少し広げ、おへその辺りで手を軽く組む。


「これより令嬢を誘拐した罪で、罪人らと質疑を交わし、刑を宣告する」


 宰相はゲッツに視線を移し、問う。


「ゲッツ、お前はマイラ・カレンベルクを攫うように依頼を受け、金貨二十枚をクレーメンス・アメルハウザーから報酬として受け取った。間違いないか?」

「ちげぇーねぇーよ」


 不貞腐れた表情で答える。


「お前! きちんと答えろ!」


 騎士に小突かれたゲッツは騎士を睨みつけると、小さく息を吐いた。


「間違いありません」


 はっきりと罪を認めた。宰相はクレーメンスに視線を向けると、謁見の間に足を踏み入れてからオドオドした様子を見せていたクレーメンスの肩が揺れる。


 かつては自信にあふれた力強い眼差しが、今では生気なく濁り、この先の未来が暗いものだと悟ったかのように、不安に取り憑かれた眼差しを見せている。


「クレーメンス・アメルハウザー、ゲッツに依頼しマイラ・カレンベルクを攫わせたのは間違いないか?」

「はい、間違いありません」


 か細く答えたクレーメンスは項垂れ、マイラの誘拐に加担したことを後悔していると見て取れる。

 拘束されてから、罪の意識に押しつぶされそうになり、食事もまともにとれず、健康的な体格だったのが、別人のように痩せ細ってしまった。


「ここで、補足として私が説明します」


 質疑中に説明とは、珍しいこともあるものだと、貴族たちは頷いた。





 クレーメンスは真面目な性格で、幼少の頃から友人兼側近として他の四人と一緒にフォルクハルトと行動を共にしてきた。


 フォルクハルトが廃太子され、離宮に移ってから四人は顔を出さなくなり、クレーメンスだけが離宮に通う日々を送っていた。


 フォルクハルトからマイラ嬢を離宮に連れてきてほしいと頼まれる。理由を聞けば、マイラとやり直せば、国王もフォルクハルトを許し、この国の後継者として認められるだろうと、言われたと。


 にわかには信じられなかったが、すでに決まったかのような口ぶりで話すフォルクハルトを信じてしまった。


 マイラ嬢を連れてきたらフォルクハルトが玉座に座ると信じていたが、真実はフォルクハルトの妄言だと知り、愚かなことをしてしまったと罪悪感に苛まれる。なぜ、信じてしまったのか。


 マイラ嬢には申し訳ないことをした。謝っても、許されないことをしてしまった。

 言い渡された刑は甘んじて受け入れる。





「クレーメンスは涙ながらに供述したという。魔導師の見立てでは、クレーメンスも強力に魅了魔法がかけられ、今も魅了魔法が解除されていない状態だ」


 貴族たちは一斉にクレーメンスに視線を向ける。魅了魔法に支配されているのなら、マイラに敵意を持っているはずだ。


 卒業パーティーの会場にいた貴族たちは魅了魔法に支配されて、マイラを攻撃していたのだから。


 それなのに、クレーメンスはマイラに対し、罪悪感を抱えている。これが何を示すのか……


「クレーメンスは魔法と自我の間に挟まれている状態だ。このような青年が、魅了魔法で輝かしい未来を失ったことが、残念でならない」


 貴族たちも、クレーメンスに対し、何かを感じ取ったようだ。


「陛下、このことを心に留め置いていただけるよう、お願いいたします」


 宰相は国王に視線を移し、うやうやしく一礼する。宰相の態度に国王も思うところがあったのだろう。

 宰相に向かい、頷くと前を向いた。

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