第73話 寝言は寝てから言え!
いよいよフォルクハルトと
フォルクハルトは謁見の間に入って以来、玉座だけを凝視している。国王が玉座に座っても
「フォルクハルト・ファーレンホルスト!」
宰相が名を呼ぶが、声に反応することもなく。立ち会う貴族からはざわめきが
「フォルクハルト・ファーレンホルスト!!」
腹の底から出された怒号に近い呼び掛けに、ピクリと反応を示し、フォルクハルトは宰相に目を向けた。
「フォルクハルト・ファーレンホルスト、カレンベルク侯爵の娘、マイラを
「……」
宰相の問いかけにも反応を示さず、宰相に目を向けたままだ。言葉を発せず、身動ぎもせず宰相を見つめるフォルクハルトに、宰相は不気味さを感じ、ゾクリと悪寒が走る。
フォルクハルトの異様さに呑みこまれそうになった宰相は我に返る。
場を仕切るように咳払いをした宰相は力強い眼差しでフォルクハルトを捉え、口を開く。
「マイラ・カレンベルクの誘拐を指示したことを認めるか?」
謁見の間に宰相の威厳のある声が響く。微動だにしなかったフォルクハルトの表情が一変した。
「違う! 俺はマイラを離宮に迎えるつもりで連れてこいと命じたのだ」
「なっ……」
「俺はマイラを伴侶に迎えるのだ!」
フォルクハルトが言い放った言葉で、頭に血が上ったカレンベルク侯爵は我を忘れて反論する。
「何を言い出すかと思えば、マイラを伴侶に迎えるだと? あれだけマイラを嫌い、遠ざけ、何処の馬の骨とも知れぬ女にうつつを抜かしていたくせに、よくもそんなことが言えるな!!」
温厚で知られるカレンベルク侯爵が声を荒げた。周りの貴族たちも驚きを隠せない。
フォルクハルトと侯爵の睨み合いが続く。玉座の隣りにいるフレーデリックは冷たい眼差しで事の成り行きを見守っている。
「……そういえば女がいたな。だが、婚約破棄をしなかったのは、マイラが俺を想っていたからだろう?」
「何っ!?」
フォルクハルトは片方の口角を上げ、ニヤリと笑う。
「俺にはわかっていたんだ。マイラが俺を愛していると。女とは遊びで、最終的には俺が自分のところに戻ってくると、あいつが考えているってな」
フレーデリックの眉間にはくっきりとシワが刻まれ、魔物さえ恐怖で脚を止める刃のような視線をフォルクハルトに向けている。
(フォルクハルトめ! 寝言は寝てから言え!!)
フレーデリックから漏れる魔力が空気を振動させ、ピリピリした空気を感じる国王は、いつフレーデリックがフォルクハルトに掴みかかるかと、ヒヤヒヤして見守る。
謁見の間に入る前に、何があっても、フォルクハルトに危害を加えてはならぬとフレーデリックに釘をさし、了承させたが。
フォルクハルトは真面目に言っているのだろうが、貴族たちには
フォルクハルトの視線が、カレンベルク侯爵から離れなくなり、目を大きく見開いた。
「……マイラか? お前、マイラだろ!」
父の影に隠れるように立っていたマイラを目ざとく見つけ、声を上げた。
斜に構えていたフォルクハルトの表情が打って変わり、嬉しそうな笑みを浮かべている。
(え? 誰を見て嬉しそうに笑っているの?)
マイラは辺りをキョロキョロと見回し、見当がつかないと、頬に手を当て、首を傾げる。
マイラの様子を見たフォルクハルトはフッと鼻で笑う。
「やはりお前は俺が好きなんだな。よしよし、かわいい奴だ。なら婚約破棄を取り消して、お前を俺の妻にしてやる。だから、誘拐ではないと証言してくれ」
フォルクハルトの言葉に、マイラは目を丸くした。見守る貴族たちから失笑が漏れ聞こえてくる。
マイラは父を見上げたが、父は首を振り、唇に人差し指を当てた。返事をせず、黙っていろと伝わり、頷いた。
「マイラ! なぁ、黙っていないで言ってくれ! 俺を愛していると。俺の妻になりたいんだろ? お前が妻にしてくださいと頭を下げて言えばいい。そうしたら俺は仕方ないからお前を迎えてやろう」
マイラがフォルクハルトを愛していると思い込んでいるようだ。ドヤ顔で言い終えると、あごを上げてマイラに視線を向けた。
カレンベルク侯爵は娘を侮辱する発言に肩を震わせ、怒りを堪えている。マイラはフォルクハルトの発言が理解できなかったらしく、ぽかんとしている。
マイラの反応がなく、イラついたフォルクハルトは声高に叫ぶ。
「マイラ!! さぁ、俺の胸に飛び込んで来い! 俺はお前の夫となり、この国の王になるのだ!!」
「「「!? ?? !?」」」
カレンベルク侯爵をはじめ、貴族たちは唖然とし、なかには口をぽかんと開けている者までいる。
「罪人、フォルクハルト。お前は何を言っておる?」
宰相の困惑が含まれた声が響く。
「俺はマイラを試していたのだ。ぞんざいに扱っても、婚約を破棄しようとはしなかった。俺を愛しているからだ! だから俺も、お前の想いに応えてやるんだ! ありがたく思え!!」
黙っていたマイラのなかで、ブチッと何かが切れる音が聞こえた。
うつ向き加減でゆらりとマイラが歩き出した。驚いた父は声をかける。
「マイラ! 待ちなさい、どこへ向かう気だ!」
銀色の瞳が凍てつく光を宿していて。侯爵は思わず息を呑み込んだ。
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