第66話 突然のフラッシュバック
ニーナはフレーデリックの部屋の扉をノックするが返事がない。居ても立ってもいられないニーナは再びノックをする。
部屋の主はどこに行ったのだろう。あんなに取り乱してフレーデリックを求めているマイラを、どうやって慰めていいのかと思案に暮れる。
もう一度、ノックをしてみようとしたら扉が開いた。
「ニーナか? どうしたこんな時間に」
寝間着姿のフレーデリックは髪の毛が濡れている。どうやら入浴を終えたばかりのようだ。
「フレーデリック様、マイラ様が
「マイラが?」
ニーナからマイラの状態を聞かされたフレーデリックは言葉を失う。
攫われて、助けられた夜にクッキーを作っていたくらいだ。精神的にダメージがあったようには思えなかった。
(翌日の朝も元気だったのに、今更怖がって泣くなど……)
フレーデリックはあることに気づく。
(マイラは、己の精神を守るために現実逃避していたのだろうか? それが、なにかのきっかけで現実だったと、強く認識してしまったのなら……)
「とりあえず、マイラの部屋へ行こう」
ニーナの腕を掴み、転移魔法でマイラの部屋に移動した。マイラはカルラに背を撫でられ、しゃくりあげている。
「マイラ様、フレーデリック様が来てくださいましたよ」
カルラは優しく声をかけると、マイラが顔を上げた。フレーデリックの姿を認めると、眉尻と口角を下げて、フレーデリックめがけて抱きつき、子どものように泣きだした。
フレーデリックは右腕にマイラを乗せて、左手で落ち着かせるように背中をポンポンと叩く。
「マイラ、大丈夫だよ。僕がいるから」
「そばに……いて。一人は……もう嫌……離れ……ないで」
しゃくり上げながら、か細く声を絞り出し、潤んだ銀色の瞳は七色の瞳を捉えた。
フレーデリックの胸が大きく跳ねる。マイラの頬にフレーデリックは無意識に頬を寄せた。冷たい頬を自分の熱量で温めたいと頬ずりしながら目を閉じた。
(茉依の感情が乏しかったのも、本能的に自己防衛が働き、傷つかないようにした結果なのだろうか?)
茉依の苦しみが
不謹慎だと思いながら、ニーナは二人の甘さと切なさを感じさせる姿に、潤んだ瞳で胸がきゅんとなりながらも見守っていた。
フレーデリックはマイラを腕に乗せたままソファーに座り、取り乱す前のマイラの様子を聞く。
カルラが
領地で過ごすうちに、感情も豊かになった分、攫われた恐怖を感じただけでなく、前世で受けた心の傷も、未だマイラに暗い影を落としているのだろう。
マイラのそばにいて、暗い影を
マイラに目を向けると、泣きつかれたのか、小さな寝息を立てている。
「そうか。マイラも眠ってしまったし、お開きにしよう」
フレーデリックは立ち上がり、マイラを寝かせようとベッドに向かう。カルラがブランケットをめくり、マイラを降ろそうとするが、フレーデリックの動作が止まる。
「カルラ、マイラが僕の寝間着をガッチリ掴んで、放さないのだが……どうすればいいだろうか?」
狼狽えるフレーデリックはカルラを頼る。
「そのままベッドで休むしか……」
「いやっ、そっ、それはまずいだろう。婚約もしていないのにって、婚約していてもまずいだろう」
頬を染めて、焦りながら言葉を紡ぐフレーデリックの様子に、クスリと笑いを落としたカルラはフレーデリックをソファーに座らせ、マイラにブランケットをかける。
「マイラ様の手が寝間着を放すまで、このままでいてください。手が放れたらベッドに寝かせてくださいね」
「え? ちょっ、カルラ、なぜ……」
カルラは残らないのかと言いたかったが。
「フレーデリック様は紳士だもの。信頼していますよ」
カルラの笑みには、絶対に変なことはしないよね? と、釘をグッサリと刺しこむ重圧が含まれていた。
「!?」
それに気づいたフレーデリックは反射的に首を縦に何度も振った。
後片付けも終わり、カルラは笑顔で挨拶をする。
「それではフレーデリック様、くれぐれもマイラ様をお願いいたします」
(ひぃ……怖ぇ、カルラの笑顔がめちゃくちゃ怖い)
怖いくらいの笑顔を見せたカルラに、フレーデリックは青ざめながら頷いた。
「あっ、ああ。任せてほしい……」
カルラとニーナが部屋を出ていき、フレーデリックは深くため息をついた。
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