第65話 女子会は初めてですが、何か? 

「フレーデリック様のお心遣いで、私とニーナは明日、休日になりました」

「明日の昼にフレーデリック様が迎えに来るそうです。マイラ様をカレンベルク邸まで送るそうですよ」


 明日の昼まで宮殿に留まれると知り、マイラは何を話そうかと胸がワクワクする。


「今日は女子会ですね! 楽しみですぅ」


 ニーナは人懐っこい笑みを浮かべ、寝間着をソファーに置くと、ワインやつまみを用意すると言い、カルラと共に部屋を後にした。




 マイラはテーブルに視線を移すと、すでに羽猫と羽うさぎの姿はなく、寂しさが胸をよぎる。


 しんと静まり返る部屋をじっと見つめ、目を伏せた。この部屋で過ごした日々が走馬灯のように、鮮明によみがえる。

 

(あの頃の私は、空っぽだったんだなぁ)


 握りしめた両手を胸に当て、背中を丸めてうつ向く。カルラやニーナのきめ細かい気配りにも気づかなかった。


 異世界ここに来て、身の回りで起こった出来事を理解しようとしても、日本とはかけ離れた世界に、乏しい感情は追いつけなくて。


 無表情で、話しかけても反応の薄い自分に、カルラやニーナはどれだけ心を砕いてくれたのだろう。


(普通なら、呆れ果てて決められた仕事をするだけになりそうなのに、二人はそんなことをしなかった)


 感情が豊かになった今だから理解出来る。


 二人がマイラを理解してくれて、少しでも感情が育つように接してくれていたと。


 主と侍女の関係が解消された今、カルラとニーナの友人になりたいと、マイラは思う。


 思うだけではなく、自分からカルラとニーナに友人になってほしいと、言わなければ何も始まらないだろう。


(頑張らなくっちゃ)


 マイラは心の中で呟いた。






「お待たせしましたぁ」


 カルラとニーナが戻って来た。赤、白、ロゼのワインがテーブルに乗せられた。


 

 クラッカーの上にカマンベールチーズを乗せた皿には蜂蜜も用意されている。

 トマトとアボカドの生ハム巻きやアスパラベーコン、オレンジピールチョコ、じゃがいものガレットなどがテーブルに並べられた。


「マイラ様はどのワインにしますか?」

「白がいいわ」

「私も白にするけど、ニーナは?」

「私も白でお願いしますぅ」


 グラスにワインが注がれ、三人は乾杯し、口にする。フルーティーで口当たりの良いワインだ。マイラはグラスのワインを一気に空けた。


「マイラ様はいける口ですかぁ?」


 ニーナがワインを注ぎながら問う。早くもグラスを口元に傾けたマイラは一気に飲み干し、グラスを置いた。


「ワインは初めて飲むの。ワインって、こんなにおいしいのね! 前世でもアルコール類は飲んだことが無かったから、すごく新鮮だわ」

「!?」


 カルラは口を開けたまま固まる。


「え……ワイン以外のお酒は……」


 ニーナは嫌な予感がして言葉を紡ぐ。


「飲んだことが無いわ。アルコールって、面白いわね。身体がふわふわする」


 マイラの顔が紅潮している。ゆらゆらと身体が揺れ、満面の笑みでグラスを持とうとしている。

 カルラがマイラのグラスを持ち、手元に置く。


「マイラ様って、もしかしてアルコールに弱いのでは?」

「もしかしなくても、すでに酔いが回っているわ! もう、飲ませちゃダメよ」

「私、ブドウジュースと水を持ってきますね!」


 ニーナは慌てて部屋を飛び出していった。


 二人の心配をよそに、マイラは笑顔を絶やさない。無表情のマイラと過ごしてきたカルラたちも、マイラは酔うと笑い上戸になるのかと驚きとともに戸惑っている。


「女子会って、何するの?」


 満面の笑みで聞かれたニーナは人差し指を口に添えて考えるしぐさを見せる。


「お酒を飲んで、近況報告したり、雑談したりとか、かなぁ」


 マイラはカマンベールチーズが乗ったクラッカーを手に取り、蜂蜜をかけて食べる。

 用意されたつまみは一口サイズの大きさで食べやすい。


「ん! おいしい! 蜂蜜の甘さとクラッカーの塩味がチーズに合うのね」


 グラスに手を伸ばし、一口飲む。


「このワイン、甘いわ。まるでジュースみたい。おいしいワインと料理をつまみながら、話をするのね。私、女子会とか、初めてなの。体験できて嬉しいわ」


 酔いが回っているマイラにはワインとジュースの区別がついていない。ジュースを渡して正解だったとカルラは胸をなでおろす。


「マイラ様は何か用事で王都に来たのですか?」


 ニーナはワインを飲んでからオレンジピールチョコをかじる。


さらわれたときの状況を聞きたいと言われたの。お母様が反対するから、黙って来ちゃった」

「「えっ!?」」


 驚く二人に、少々バツが悪そうな表情を浮かべる。


被害者の証言を得て、三人の刑罰が決まると聞いて、きちんと罪に合った罰を受けてほしいなって」


 うつ向きがちに話したマイラは酔っているからか、とろんとした目を伏せた。


「攫われて、フレーデリック様に助けてもらうまで、怖かったでしょう……大変な目に遭いましたね」


 カルラの言葉に目を見開き、カルラに視線を向けたマイラは、攫われたときの体験が、走馬灯のように浮かんでは消える。


 そのなかに、知らないが断片的に浮かび、感情が乱される。



 攫われて、狩猟小屋から荷馬車に乗せられた。

 茉依と福が車にかれる瞬間が浮かぶ。


 美しい女性が、小さな身体を抱き上げて笑い合う。

 ペットショップで福と対面し、一緒にいたいと感じた。

 狩猟小屋で目覚め、攫った男と会話したこと。


 怪我の手当をし、お礼に野菜を受け取る。

 茉依の膝に乗り、お昼寝をする福。


 薬草を調合し、患者に渡して笑顔で去る人を見送る。

 フレーデリックが突然現れ、助けに来てくれた。


 動物の背に乗り、風を感じる幼子。

 刺繍道具を取り上げて笑う茉依の両親。

 薄暗い場所で佇む女性。


 茉依の記憶が脈絡もなく入り交じり、攫われた記憶の合間に見え隠れする知らない光景ものに恐怖を感じる。


「……マイラ様?」


 マイラの双眸そうぼうから涙があふれ、身体を震わせている。


「……怖い! 嫌! 嫌よ。フレーデリック様……助けて」


 急に泣き出し、頭を抱えて身体を丸め、震えながら何度もフレーデリックの名を口にするマイラを抱きしめたカルラは、ニーナにフレーデリックを呼んでくるように頼む。


 うなずいたニーナはフレーデリックの部屋へと走り出した。

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