第64話 募る想いを呑み込んで

 フレーデリックは右腕にマイラを乗せて上機嫌で王宮から宮殿へとゆっくりと歩く。


 少しでも長く、目の前のマイラを見つめていたいが、マイラばかりを見ているのは危険だ。

 マイラを見ては廊下を確認するを繰り返しながら歩みを進める。


 当のマイラはフレーデリックの瞳に釘付けになっている。動く度に変わる瞳の色。

 銀色の瞳に見つめられて、嬉しいような、照れるような。心が満たされていくのを感じた。


 王宮から出て宮殿へ向かう途中、フレーデリックは足を止めた。左手を首の高さまで上げ、呪文を唱えると、フレーデリックの手のひらが一瞬光を放ち、光が消えた後には驚くべきものが手のひらにいた。


 手のひらには小さな羽の生えた犬が立っていた。マイラは羽の生えた犬の出現に目をパチクリさせている。


「マイラが来た。宮殿に来てほしい。マイラの部屋で待つ。ニーナにも声をかけてくれ」

「ワフッ」

「カルラの元へ行け」

「キャン!」


 羽の生えた犬――――羽犬は甲高い声で鳴くと、フレーデリックの手のひらをテンテンと跳ねるように移動し、踏み切ってジャンプした。


 羽犬はくうを駆けていく。


「やだ! 可愛い! フレーデリック様、先ほどの小さな犬はなんですか!?」


 銀色の瞳が満月のように輝いている。興味津々でフレーデリックの顔を覗き込む。


(ちょっ、近っ。顔近っ!)


 覗き込むしぐさが可愛らしく、フレーデリックの胸が波打つ。頬が熱を帯びて、落ち着けと自分に言い聞かせる。


羽犬アレは伝言魔法だ。相手に僕の声で用件を伝えるんだ」

「まぁ、そうなんですね。小さな羽をはばたかせて、可愛かったわ」


 マイラは羽犬の可愛いさに、息を漏らす。


「この魔法はわんこだけですか?」

「ん?」

「にゃんことか、うさぎとかのバージョンはあるのかなぁ……って」


 羽犬を相当気に入ったらしく、他の動物も見てみたいようだ。フレーデリックは笑みを浮かべてマイラを見つめる。


「猫とうさぎだね。すぐに消えてしまうけど、できるよ」


 甘さを含む声でフレーデリックは囁く。左手を首の高さに上げ、呪文を唱えると手のひらが光り、羽の生えた猫とうさぎが現れた。


「右手を出して」


 マイラはフレーデリックに言われたまま右手を出すと、羽猫と羽うさぎをマイラの手のひらに乗せた。


 ミャウミャウ、ナーン、と愛らしく鳴いてマイラを見上げる羽猫の毛色は白く、目はエメラルドのように輝いている。


 羽うさぎの毛色は灰色がかったライラックで、鼻をヒクヒクさせている。


 花が咲くように笑むマイラに、フレーデリックはときめきが止まらない。


(こんな笑顔ができるようになったのか。その笑顔は僕だけに見せてよ)


 手のひらに乗る羽猫と羽うさぎに注がれる笑みを、自分だけに向けてほしいとフレーデリックは願う。


 マイラの全てを包み込んで、自分だけのマイラにしたいと心がざわつき、抱きしめてしまいそうになる衝動に駆られ、我に返る。


(――――僕は今、何を思った? 何も結果を残していないのに、こんな想いを抱くなど……)


 マイラに気づかれないように、唇を噛みしめる。領地改革を成功させ、この国の後継として認められるまでは、決して表に出してはいけない想いを、フレーデリックは必死に呑み込む。


 余裕がなくなったフレーデリックは、転移魔法でマイラの部屋に移動し、マイラをソファーに座らせた。


「フレーデリック様?」


 名を呼ばれ、身体が跳ねる。


「あっ……もうすぐ、カルラたちが来るだろうから、茶の用意を頼んでくる。マイラは待っていて」


 逃げるようにマイラの部屋を後にした。






 

 カルラとニーナがマイラの部屋に向かう途中に羽猫が飛んできた。カルラが手のひらに乗せると、


「明日、カルラとニーナは休みをもらったから。積もる話もあるだろう、マイラと三人で過ごしてくれ。明日の昼にはマイラを屋敷に送るから、迎えに行くと伝えてほしい」


 用件を伝えた羽猫は姿を消す。


「マイラ様と三人で過ごすなら、女子会ですね~! 寝間着を取りに行きませんか?」


 ニーナは女子会だ、寝間着トークだと一人で盛り上がっている。夜通ししゃべるなら、寝間着は必要だと、カルラは冷静に考える。


「寝間着を持ったら、先程待ち合わせした場所で落ち合いましょう」

「はぁい」








 テーブルの上に羽猫と羽うさぎを置いたマイラは宮殿を去った日のままになっている刺繍箱と、クッキーの絵と材料を書いた紙を片付ける。

 刺繍枠に挟んだままの刺繍を目にし、完成させようと手にする。


 羽猫と羽うさぎはじゃれて遊んでいる。


 刺しかけだった口周りの毛の流れを表現するように刺繍を刺し終え、福の刺繍が完成した。


 枠から外し、刺し終えていた国王とカルラ、ニーナのハンカチと同じ袋へ入れる。

 きれいに洗ってラッピングし、プレゼントしよう。


 今度は違うクッキーを作るか、マドレーヌもいいかもと思いながら。


 片付け終わり、テーブルの上に視線を向けると、羽うさぎが片耳を両前足で挟み、毛繕いをしている。


 マイラはうさぎのしぐさに目を細め、人さし指を羽うさぎに近づけると、後ろ足だけで立ち、鼻をヒクヒクさせている。


 羽猫の頭を指で撫でると、気持ち良さそうに目を閉じ、ゴロゴロとノドを鳴らす。


(この子たちが魔法じゃなく、実在していたらいいのにな)


 指にじゃれてくる羽猫が可愛くて。コロンと寝転がった羽猫のアゴを撫でてお腹を触ると、後ろ足で蹴られた後、前足で指を挟むと甘咬みし、舐めてくれた。


 羽うさぎは気ままに行動している。

 指にじゃれていた羽猫の動きが止まり、行儀よく座る。

 その眼差しの先にあるのは扉だった。


「にゃあん」


 羽猫は一声鳴き、マイラへと振り返る。


「ん? どうしたの?」


 羽猫に目を向けると、ノック音が響く。マイラは扉に視線を移した。


「どうぞ」


 扉が開き、久し振りに再開する二人が入って来た。


「マイラ様ぁ」

「ご無沙汰しております。マイラ様」

「カルラ! ニーナ! 元気だった?」


 カルラとニーナに駆け寄るマイラ。嬉しさで笑顔が弾けている。


 マイラの様子を見届けるように、羽猫と羽うさぎの輪郭がサラリと薄くなり、姿を消した。

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