第55話 手練手管

 出入口が一つになった建物には重厚な造りの扉が、中にいる者を外界から切り離すように、閉ざされている。


 その扉が開かれ、一人の男が入っていく。脱走を防ぐために、格子扉を三回くぐり、牢屋にいる者に声をかけた。


「エルネスティーネ・メッゲンドルファー、お前から話を聞きたい。牢屋から出なさい」


 男はエルネスティーネの牢屋の牢錠に鍵を差し込み、回すとカチリと音がし、扉が開く。


 胡散臭そうな目で男を見ていたエルネスティーネは牢屋から出てきた。


魔力封じの魔導具を首、手首、足首に付けられたエルネスティーネを促し、格子扉を三回くぐり外界へと出てきた。


 薄暗い牢屋に入れられてから一年以上経過し、久し振りに陽に当たると皮膚がチクチクと痛む。


「牢屋から出して、どこに連れて行くつもり?」


 エルネスティーネは尋ねるが、男は笑みを浮かべたまま言葉を発することはなかった。






 エルネスティーネは首と手首の魔導具を外され、湯浴みをしている。

 湯に浸かり、侍女に髪を洗われている。気持ちがいいのか、エルネスティーネの機嫌がいい。 


 湯から上がり、流行のドレスを着せてもらい、髪もセットされて化粧を施してもらう。


 今まで牢屋にいた女とは思えない程に姿を変えたエルネスティーネは姿見の前で呟く。


「あらぁ~わたくしったら、惚れ惚れする美貌ね」


 姿見に近づき、色々なポーズをとり、喜びに浸っている。


「さぁ、参りましょう」

「え? どこに?」

「ドレスを贈ってくださった方が待っていますよ」


 ドレスを贈られたことが嬉しかったのか、エルネスティーネはいいカモが飛び込んできたと、ニタリと笑む。


 ドレスを贈った人が待つ部屋まで来て扉が開かれた。エルネスティーネは部屋のなかに入り、見回す。


 高級そうなテーブルとイス。インテリアもひと目で高価な品だとわかるものばかりだ。


「エルネスティーネ嬢、こちらへ」


 テーブルのそばに立つ男性が声をかけると、エルネスティーネはいそいそとテーブルに向かう。


 テーブルには美しいスイーツが並べられている。男性にイスを引かれ、エルネスティーネはイスに座る。


「贈ったドレスは気に入っていただけましたか?ドレスが美しいですね。目がくらむようです」

「ふふっ、否定はしないわ。わたくしは美しいでしょう?」

「……はい。言葉を失ってしまいました」


 男は視線を外して言葉を紡ぐ。もちろん、笑顔は崩さない。


 外見に自信を持っているエルネスティーネは胸を張る。牢屋に入れられるまでたくさんの男をとりこにしてきた。

 この男も自分に好意があるだろうと、勝手に思い込んでいる。


「おいしいと評判のスイーツを用意しました。食べながらお喋りを楽しみましょう」

「そうね」


 メイドが紅茶を置き、エルネスティーネは気に入ったスイーツを皿に乗せてもらうとすぐ口にした。

 一年ぶりに食べるスイーツはイチゴの甘酸っぱさと、こってりしたチーズが口のなかに広がり、うっとりとするおいしさだ。


 甘味に飢えていたエルネスティーネはケーキを食べ終えると、生チョコレートケーキを皿に移し大きめに切り別けて口に運ぶ。


 滑らかな舌触りに濃厚なチョコレートとキルシュのフルーティーな香りが鼻腔びくうをくすぐる。


「このケーキは絶品ね!! 際限さいげんなく食べられそうだわ」


 エルネスティーネは目を輝かせて二口目を堪能たんのうし、笑顔を見せた。


 男性はツィントゥスと名乗った。


「ツィントゥス様の姓をお聞きしても?」

非嫡出子ひちゃくしゅつしなので、父の姓を名乗れないのです」


 ツィントゥスの表情にかげりが見られ、目を伏せる。


「まぁ、そうだったのね。非嫡出子は見下されるのよね。半分は血の繋がりがあるのに、お父様の娘なのに、平民の暮らしを強いられて……不公平だわ!」


 幼い頃に受けた仕打ちを思い出し、エルネスティーネはフォークを握る手に力が入る。


「エルネスティーネ嬢は伯爵家の令嬢では?」

「伯爵家は養女になったの。本当のお父様は高貴な方よ」


 エルネスティーネは同じ境遇のツィントゥスに心を許したのか、自分の過去を話し出した。


 過去を掘り下げて、欲しい情報を喋ってもらわなければと、ツィントゥスは巧みな話術でエルネスティーネから情報を得ていく。


 最も重要な内容を話したエルネスティーネに、これだけ証言があれば大丈夫だろうと、早々に切り上げるためにメイドを呼ぶ。


 ツィントゥスはメイドに合図を送り、メイドはポットを持ち、エルネスティーネのカップに紅茶を注いだ。









 牢屋のなかでエルネスティーネは目を覚ます。


「あら? わたくし、牢屋から出て、美しいドレスを贈られて、おいしいスイーツを食べていたはず……どうして?」


 エルネスティーネは狐につままれたように、またたきをくり返す。服に目を向ければ何日も着替えていない囚人服を身にまとっている。


「嘘!」


 洗ってもらったはずの髪もパサパサで指通りが悪い。


「ちょっと! どういうことなの!? あれは夢だったというの? どうして? わたくしは美しいドレスを着て、豪華な部屋でおいしいスイーツを食べていたはずなのに!! なぜここにいるのよ!」


 混乱したエルネスティーネは半狂乱になって叫ぶ。


 外から鍵が開く音がし、看守が入ってきた。三重扉を看守が通る度に鍵をかけられ、エルネスティーネの牢屋の前に立つ。

 看守は夕食を届けに来たようだ。


 看守の姿を目にしたエルネスティーネは格子扉を握り、開けろとばかりに必死な形相で押して引いてと全身を揺らしている。


 エルネスティーネの行動が、まるで猛獣が檻から脱出しようと歯を立てたり、体当たりする姿に重なって見える。

 

「……何をしている?」

 

 看守の低い声が響く。我に返ったエルネスティーネは看守を睨みつけた。


「わたくしは、こんなところに居るべきじゃないのよ! 贈られた美しいドレスを着て、豪華な部屋で優雅に暮らすの! さっさと鍵を開けてちょうだい!!」


 血走った目つき、金切り声でまくし立てるエルネスティーネに、看守は関心を示さず夕食を所定の場所に置き、きびすを返し歩き始めた。


 後ろから聞こえるエルネスティーネの口汚くののしる声は、看守が重厚な造りの扉を通り抜け、閉まるまで止まなかった。

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