第56話 水面下での闘い

「どうだ? 貴族派の反応は」

「はい、ほとんどの貴族派の貴族が賛同しています。誓約書も提出されましたし、そろそろ行動を起こしてもよいかと」

「うむ」


 男は腕に猫を乗せ、撫でながら頷いた。撫でる指には幾つも指輪をつけており、男の爪より大きな宝石がギラギラと輝いている。


「今度の貴族議会で国王を糾弾するぞ! 国王を民の前で処刑し、この国を我が物にする時が来た!」


 ニヤリと笑う男は、己の頭上に王冠が輝く姿を思い浮かべて悦に入る。


「陛下の様子はどうだ? 我らの計画に気付いているか?」

「そのような動きは見られません。フォルクハルトの件で心労が絶えないようで、体調面が心配されている状況です」

「ますます好都合だ。貴族議会当日まで気を抜かず、体制を整えておけ」

「はっ」








 国王の執務室で近衛騎士団団長と護衛にあたっている副団長二名と宰相、カレンベルク侯爵が話をしている。


 王族から犯罪者が出て、平民たちが王室に反感を持っていると囁かれて久しい。


 噂を聞いて王室に対し、怒りを向ける者が酒場などで露骨に王室を批判したり、毒づく者が増えてきている。


 王都の治安を守る王都騎士隊の隊員が巡回していると、王室の犬めと叫び、石を投げてくる者までいて、騒ぎを収めるのに苦心する日が続いていた。


「王都の治安が悪くなっているそうじゃな。愚息のせいで、皆に迷惑をかけてすまない」

「陛下、謝らないでください。騒いでいるのは一部の平民です。わざと煽っているのでしょう」


 国王の顔色が悪い。フォルクハルトがマイラを攫ったのは、魅了魔法を強力にかけられた後遺症で、思考がおかしくなり、マイラと結婚すれば王太子に戻れると、思い込んだ末に起こした事件だ。


 魅了魔法の使い手であるエルネスティーネはフォルクハルトを、多くの人々を意のままに操り、国の乗っ取りを企てた。

 

 エルネスティーネの後ろに誰がいるのか? 魅了魔法の魔導書を神殿から盗み、エルネスティーネに渡した人物は誰かを明らかにしなければならない。




 執務室の扉をノックされ、副団長が扉を開けた。一礼して入室してきた人物に、皆の視線が集まる。


「陛下、任務を無事に遂行いたしました」


 男は国王の机にブローチを置く。このブローチこそ国王がフレーデリックに製作を依頼した魔導具だ。魔石に画像と音声が記録できるように作られている。


「ご苦労だった。エルネスティーネアレを牢屋から出すと言われたときは心配したが、上手くやってくれたようじゃな」

「ご心配をおかけしました。牢屋から出るときはいぶかしんでおりましたが、湯浴みをさせ、ドレスを着せて、令嬢扱いしたら上機嫌で話してくれました」


 ツィントゥスと名乗った青年が説明する。


「欲しい情報を入手したので、女には強力な睡眠薬入りの紅茶を飲んでもらい、牢屋にいた状態に戻して、牢屋に寝かせておきました」


 国王は青年の説明に目を丸くした。


「そうか。束の間の令嬢扱いは、夢だったと思わせるのじゃな? これの中身は確認したか?」

「いえ、まだです。触って貴重な証拠を消去してしまったらいけませんので」


 ブローチを差し出した青年は外務庁に席を置く外務官だ。ツィントゥスという偽名でエルネスティーネと接触した。


 ツィントゥス改め、グライフ・シュヴァルツは二十代前半と若いながら巧みな話術で駆け引きを得意としており、諸外国と取引等で活躍する交渉人でもある。


 その腕を買われ、エルネスティーネから情報を引き出す役を命じられたのだ。


「今から確認してみますか?」


 宰相が国王に伺うと、国王は一呼吸置いて口を開く。


「そうだな。フレーデリックを呼んでほしい」

「では、つばめを飛ばしましょう」


 カレンベルク侯爵はフレーデリック宛てに手紙を書き、封筒に入れた。

 封筒に手を当て呪文を唱えると、封筒がつばめの姿に変わる。


 つばめを手に乗せた侯爵は窓を開け、手を外に出すと、ふわりとつばめが飛び立つ。


 執務室にいたフレーデリックは魔力を感じ、窓を開けるとつばめが飛び込んできた。


 侍従クルトはつばめの侵入に驚き、つばめの姿を目で追う。フィッとつばめが鳴き、フレーデリックの手のひらに止まると封筒へと姿を変えた。


「つ……つばめが封筒に?」


 郵便魔法を初めて目にしたクルトは目を見開く。フレーデリックは封筒を開封し手紙に目を通している。


「クルト、陛下から呼び出しがかかった。いつ帰ってこれるか分からないから、書類を整理してほしい。終わったら、業務終了だ」

「わっ、わかりました」


 クルトの返事を聞いたか聞かなかったのか、すでにフレーデリックの姿はなかった。


 フレーデリックは国王の執務室に姿を現した。突然のことに、国王と侯爵を除くその場にいた面々は意表をつかれ、身動きが取れなかった。


「陛下、どうかなさいましたか?」

「おお、早かったのぅ。早速じゃが、コレを再生してほしい」


 国王はブローチを差し出す。


「もう、言質を取ったのですか? 早いですね」


 フレーデリックは感心しながらブローチを手にする。


「皆も一緒に見るのだろう? 立ってないで座ったらどうだ?」


 フレーデリックの言葉に正気に戻った宰相らはいそいそと座る。

 フレーデリックは天井を見上げ、カーテンを閉めると執務室が暗くなった。


 フレーデリックは何をしているのだろうと、国王たちは思う。執務室の中心辺りにハンカチを敷き、呪文を唱えるとブローチをハンカチの上に置いた。


 ブローチの宝石が光を放ち、会話が聞こえてくる。どこから声がするのか、皆が不思議そうに辺りを見回していると、フレーデリックが天井を指さす。


 つられて見上げれば、笑顔を振りまいているエルネスティーネが映し出されていた。

 一同は驚きながらもエルネスティーネの映像、とりわけ音声に集中して耳を傾けている。


「「「!!」」」


 騎士団長は目を釣り上げ腰を浮かせた。

 国王はそばにいるのが苦痛な程の怒気を帯びた顔付きになった。

 宰相は冷静を装うが、怒りで口が震えている。

 カレンベルク侯爵は顔を真っ赤にし、手を握りしめている。


 宝石に記録されたエルネスティーネが気を失ったので、フレーデリックは映像を止め、カーテンを開けた。



 国王は執務室から宮殿へと場所を移し、途中から近衛騎士団副団長八名と王都騎士団団長と副団長十一名も加わり、ブローチから得た情報を元に対策を話し合う。


 貴族派が行動を起こすと思われる日は、主だった貴族が集まる議会の日だろうと、国王はにらんでいる。


「奴が切り出してきたら、時間稼ぎをしている間に騎士を動かす。ブローチに記録された証言を議会で公開し、奴と奴に賛同した貴族を拘束する」


 国王の言葉に一同は頷き、騎士団長たちは騎士の配置を議論しながら決めていく。

 街に騎士がいても、平民たちが不審に思わないように気を配る。


「計画が気づかれないよう、細心の注意を払ってほしい」

「「「御意」」」


 一同は席を立ち、胸に手を当て一礼する。解散後、宮殿を出ると、外は薄明かりを迎えていた。

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