第54話 領地改革にかける思い
大臣の執務室を後にしたフレーデリックは廊下を物思いにふけりながら歩いていた。
平民を装い、食堂や酒場に通い、民の話に耳を傾けてきた。
酔ったふりをしてワインボトルを持ち、青年たちのテーブルに置いて陽気に話しかけ、ちゃっかり居座る。
青年たちも酔っているようで、ワインの差し入れに気を良くしたのか、フレーデリックは簡単に受け入れられた。
フレーデリックの狙いは故郷を出て、王都に仕事を探しに来た青年たちの話を聞くためだ。
出身地を聞くと、四人はチェルハ領地にある村の出身で、幼馴染らしい。
雨量が少なく栽培していた作物が枯れ、生活のために王都へ稼ぎに来たと話す青年は痩せ細り、疲れた様子で話してくれた。
水さえあれば故郷で農作物を育てて生計を立てていけるのにと、悔しそうに唇を噛んだ青年の姿が忘れられない。
王室からの支援で近隣領地から生活物資は届くが、その場しのぎにしかならないと、フレーデリックは考え、領地改革の計画を立てたのだが。
(大臣の腰は重いな。賛同してくれるかと、淡い期待を寄せていたが、全く相手にされなかったな。一刻も早く工事に取りかかりたいのに、大臣に認められるためにはどうすればいい?)
考えながら歩いていると、周りが見えなくなる。眉間に皺を寄せて廊下を歩くフレーデリックに、文官らは恐怖で顔が引きつり、壁に背を預ける勢いで後退り、一礼しフレーデリックが通り過ぎるのを待つ。
(陛下に相談したいが、フォルクハルトの件は早期解決が望ましい案件だから、手間をかける訳にはいかないし……)
フレーデリックは、無意識に苦悶の表情を浮かべていた。
(単独で進めるか? 地質調査技士を招いて、現地調査し、どういうふうに掘り進めればいいか決めて……)
(領民やスラム街に住む男たちを雇ってみるのはどうか? 現場監督の指示に従って働けば、彼らの生活も少しは楽になるだろう)
考えごとをしながら、足の向くまま歩いていた。気がつけば、マイラが使っていた部屋の前に来ていた。
マイラが去ってから初めて訪れた部屋に戸惑いを隠せないまま、フレーデリックは扉を開け、中に入る。
部屋はあの頃のままだ。手入れがされているのか、何も変わっていない。ただ、部屋の主がいないだけで。
テーブルに何かが置かれている。気になったフレーデリックはテーブルに近寄る。
クッキーの絵と材料が書かれた紙が何枚も無造作に置かれている。箱の上に置かれていたものを手に取り、目を見開く。
手にした物は刺繍枠に挟まれた、完成間近な刺繍が刺されたハンカチだった。
ちょこんと前脚を揃えた黒い犬がお座りし、見つめる姿。
(
輝く瞳に、笑っているかのような口元。口周りの毛の流れを表現するように刺せば完成する刺繍を見つめた。
フレーデリックの半開きになった口が震えている。胸が熱くなり、涙がぽろぽろと落ちていく。
唇を噛みしめ、刺繍を見つめ続ける。さまざまな想いが駆け巡り、崩れ落ちるように座り込み、背を丸めて刺繍枠を胸に抱き、声を詰まらせて溢れ出る涙を流した。
(マイラ、愛している。あなたに会いたいよ。チェルハ領地の改革を成し遂げ、王の後継と認められたなら、僕は胸を張ってあなたを迎えに行くよ。あなただけを愛し続けると誓うから、僕のそばにいてほしい)
フレーデリックは乱暴に涙を拭い、刺繍枠を元の位置に戻すと、表情を引き締めた。
(財務大臣では駄目だ。国に頼らず僕の資産で進めよう。建設局と、川を引くと地理が変わるから地理局にも話を通さないと)
苦しむ領民のために一日でも早く川を引く工事を進めてみせると決意する。
まずは建設局に赴き、地質調査技士を紹介してもらい、現地調査をしたい。
川を引く場所が決まったら、地理局に領土変更を申請するつもりだ。
国の地図に川が記されるのだ。きちんと手順を踏んで行わなければならない。地理局の職員の立ち合いも必要だろう。
フレーデリックはチェルハ領地改革に奔走する日々を送っている。王宮での執務をこなすと、すぐに執務室から姿が消える。
クルトはフレーデリックの執務が
さり気なくサポートし、フレーデリックの身を案じている。それくらいしか出来ない歯がゆさを抱えて。
宮殿の食堂で、国王とフレーデリックは夕食を食べている。
「父上、フォルクハルトの罪は決まりそうですか?」
フレーデリックは軽い気持ちで聞くと、国王は食事をする手を止めた。国王は真顔になり、フレーデリックに尋ねる。
「そなたに作ってほしい魔導具があるんじゃが、頼めるか?」
「どのような魔導具をお望みですか? 話が長くなるようでしたら、食後にお聞きしますが」
「そうじゃのぅ、食べてから話すとしようか」
国王は止めていた手を動かし、料理を口に運ぶ。食事を終えた国王とフレーデリックは食堂を後にし、魔導具の相談をするために国王の私室に入っていった。
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