第51話 ボタンのかけ違い 

 フォルクハルトらが牢屋に入れられてから一日が過ぎた。


 王宮の片隅に治安維持庁がある。牢屋を併設した施設があり、犯罪に手を染めた貴族や王宮内で犯罪行為を犯した者を牢屋へ入れ、取り調べるための施設だ。

 捜査官や取調官、看守等が働いている。


 警備が厳しく、関係者以外立ち入り禁止となっており、親族も面会が許可されない。

 景観を損ねないよう、王宮からは見えないように幻影魔法がかけられている。


 静まり返った牢屋に規則正しい靴音が響く。クレーメンスの前を通り過ぎ、一番奥の牢屋の前で立ち止まった。


 壁にもたれ、右足を曲げて膝に手を置き、左足はだらしなく伸ばし、左手を頭に当てて項垂れていたフォルクハルトは、靴音が止まって間もなく顔を上げて息を呑む。


 鉄格子の前に近衛騎士団長が鋭い目つきでフォルクハルトを見据えている。


「フォルクハルト・ファーレンホルスト、牢から出なさい」


 カチリと金属音がし、格子扉が開く。フォルクハルトは無言で立ち上がり、フラフラと格子扉をくぐり抜け、後ろ手に縛られた。


 団長が歩き出すと同時にフォルクハルトも歩を進める。二人の靴音だけが響く廊下を抜け、木製の扉に取調室と書かれたプレートがかけられている部屋の前で止まる。


 団長は扉を開けると、フォルクハルトに入るように促し、奥のイスに座るように命じた。

 取調室の中には副団長がおり、机の上に紙と筆記用具を並べていたようだ。


 フォルクハルトと団長が来たので、副団長は飲み物を用意すると、フォルクハルトの行動を監視するように団長の後方で立っている。


「では、始めるとしよう。偽りなく白状してくれると、ありがたいな。私も忙しい身なのでね」


 鋭い眼光と有無を言わせない威圧に、フォルクハルトは震えながらも頷いた。


 どこからボタンの掛け違いが始まったのだろう……フォルクハルトは魅力魔法の後遺症で朧気おぼろげになってしまった記憶を辿る。








 時はかさのぼり、前日の夜。

 カレンベルク邸では夕食後、明日のバザーで販売するクッキーの生地を作り始めていた。


 料理人はバターが白っぽくなるまで混ぜ、砂糖の三分の一を入れて混ぜ、滑らかになったら砂糖を入れて混ぜるを繰り返す。


 卵液も数回に分けて混ぜ入れ、空気を含ませるようにしっかり混ぜると、もったりしたバターが出来上がる。


 バターを別のボウルに二等分にし、マイラはココア入りの小麦粉を、母は小麦粉をボウルに入れて切るように混ぜていく。


 大理石ののし台に少量の小麦粉を振り、生地を乗せて麺棒で生地を伸ばしていく。

 マイラも同じ手順を踏む。生地を四角形に整え、刷毛で卵液を塗り、プレーン生地の上にココア生地を乗せてなじませる。


 ココア生地に刷毛で卵液を塗って巻いていくと、渦巻きクッキーの完成だ。


 この要領でプレーンクッキー、アーモンドココアクッキー、紅茶クッキーの生地を作り、形を整えて油紙で巻き、冷凍する。


 夜が開ける前にイチゴジャムクッキーも作り、焼きあげていく予定だ。冷めたら油紙で包み、薄葉紙でラッピングする。


 渦巻きは青で、プレーンはピンク、アーモンドココアは緑、紅茶は黄、イチゴジャムクッキーは赤の薄葉紙でラッピングすると決めておいた。






 カレンベルク邸の厨房は、夜がしらじらと明ける頃には焼きあがったクッキーの甘い匂いが充満し、換気をしても間に合わない状態だ。


 役割分担してクッキーのラッピングを仕上げていく。全てを終えたのは太陽が昇った後だった。


 ロジータを起こし、朝食を食べて、慌ただしくクッキーを馬車に積み込む。刺繍されたハンカチも箱に収められて馬車に積まれた。


「わたくしたちはバザー会場へ行くわね。マイラは留守番をお願いね」


 二日前に拐われたマイラは留守番になった。庭に出てもいいが、敷地から出てはならないと約束させられた。


 マイラは初めて参加するバザーを楽しみにしていたが、大勢の人が集まる場所へ行き、マイラに何かあったらと、身を案じた母に参加を反対されてしまったのだ。


 ロジータもバザーに参加しているので、屋敷にはボリスとマイラが残っている。

 ボリスはマイラが拐われた件で奔走し、仕事が滞ってしまい、朝から執務室で仕事をしている。


 マイラは乗馬服に着替えて厩舎に向かう。




 ファーレンホルスト王国は競馬が盛んで、強い馬を所有するのが貴族のステータスになっている。


 カレンベルク領でも競走馬の生産がされており、青鹿毛の父と鹿毛の母から生まれた白毛を競走馬にせず、乗馬用に育て、マイラの愛馬となった。


 マイラは愛馬にシュネーヴァイスと名付けた。雪のように白い馬体にピッタリだと思ったからだ。

 

 シュネーヴァイスに乗り、並足で歩かせる。並足は人に例えるとウォーキングにあたる。

 体が温まってきたところで速足で馬場を駆ける。馬にとってジョギングのようなものだ。

 

 シュネーヴァイスと呼吸を合わせ、人馬一体で風を感じる。シュネーヴァイスの動きに合わせ、腰を上げ下げすると、馬に負担がかからないと教えられた。


 シュネーヴァイスの動きにマイラは意識を集中させて乗っている。身体が馬の動きを覚えれば自然と動くようになるそうなので、今は練習あるのみだ。


 乗馬後、シュネーヴァイスの馬体を手入れし、おやつの人参を与えていると、他の馬から熱い視線を感じた。馬たちの期待に沿うべく、たくさんの人参をスティック状に切って用意した。


 前掻まえかきしたり、いなないたり、顔を上下に振ったりと馬の個性が表れる。


 シュネーヴァイスの隣にいる馬に人参スティックを一本食べさせ、隣の馬房へ移ろうとすると、おかわりをくださいと前掻きする。


(たくさん切ったし、もう一本ならいいよね)


 人参を差し出すと、あっと言う間に食べてしまう。もっとほしいと催促されるが、隣の馬からの視線が痛い。


「みんなも食べたいから、もうお終いね」


 話しかけて隣の馬房へ移ると、口をパクパクさせて催促している。


「どうぞ、おいしい?」


 マイラは厩舎にいる馬に話しかけながら人参を食べさせた。全頭に人参を食べさせた後、マイラは厩舎の責任者に声をかけ、屋敷に戻っていった。

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