第50話 傾覆する砂時計
マイラを拐う計画を立て、実行した三人はそれぞれ牢屋に入れられた。
すぐに取調べを始めたかったが、フォルクハルトは興奮状態が続き、まともに話せないため、落ち着きを取り戻してから取調べを行うことになった。
拐った犯人は泥酔状態のなか、転移魔法で移動した影響か、体調を崩し牢屋でグッタリと床に伏している。
クレーメンスのみ、ことの重大さに気づき、牢屋の片隅で膝を抱えて小さくなっている。
王宮を守る近衛騎士は第一騎士隊から第十騎士隊とあり、隊の頂点が近衛騎士団団長だ。
団長の下には近衛騎士副団長が十人いる。二人の副団長は団長の側近として働き、三人は国王の護衛をしている。
五人の副団長は騎士隊を二隊ずつ担当し、各隊の隊長から提出された報告書を整理し、団長へ報告したり、副団長と隊長で訓練内容を決めて指導する。
フォルクハルトの取調べは騎士団長が名乗りを上げた。本来、取調べなど団長がするべき仕事ではない。
取調官は不思議に思うが、尋問する相手が王族なので、団長に任せることになった。
フレーデリックはマイラの侍女の任を解かれ、使用人たちの食事を作る厨房へ配置換えとなったカルラとニーナに会うために、厨房に顔を出す。
「カルラ、ニーナ、ちょっといいか?」
自分たちに向けて手招きしているフレーデリックに、きょとんとしながら近づいていく。
「フレーデリック様、どうされました?」
紙袋のなかからピンクのラッピングされたクッキーを取り出し、二人に渡す。
「これは?」
「マイラが作ったクッキーだ」
「え……」
ニーナは手にしたラッピングに視線を移すと、ドライフラワーで作られた小さな花束のタグが目に入る。
「マイラから二人に渡してほしいと頼まれた。あと、挨拶もなしに宮殿を去ったことを謝罪していた」
カルラの脳裏に、あの日マイラが見せた表情が鮮明に浮かび上がる。
「マイラ様はお元気でしたか?」
カルラはラッピングされたクッキーを大切そうに頬を寄せ、潤んだ瞳を伏せる。
「実はな……」
フレーデリックは
「そんなことがあったのですかぁ!? マイラ様はご無事だったのでしょうか?」
顔色を変え、ニーナはフレーデリックに問いかける。
「大丈夫だ。手首に縄で縛られた痕が薄く残る程度だった」
「そうでしたか。無事にお戻りになられて良かったです」
カルラとニーナはホッと胸をなでおろす。
「保護されて屋敷に戻った夜にクッキーを作っていたらしい。拐われた日にクッキーを作れる精神力には驚かされたけど、宮殿に戻る直前に渡されて、すごく嬉しかった」
フレーデリックはクッキーを渡すときのマイラの表情を思い出し、口角が上がる。
「怖い思いをされたのに……マイラ様らしいわね」
カルラが目尻を指で拭い、ほほ笑む。
このクッキーは助けてくれたフレーデリックに対し、感謝を込めて作ったのだろう。
拐われた恐怖より、救ってくれた感謝の念が、マイラのなかで大きかったのだろうと、カルラは思い巡らす。
以前、優しく接してくれる国王とフレーデリックにハンカチを贈りたいと相談を受けたことがある。
ハンカチだけでは物足りないと感じたのか、手作りクッキーも添えたらどうかと聞かれ、賛成し、実際に厨房でクッキーを作った。
出来上がったクッキーは料理人たちに
「マイラ様は宮殿にお戻りにならないのですか? 寂しいですぅ」
ニーナが寂しそうな瞳でクッキーを見つめ、呟く。
「今は問題が山積みだが、問題を解決し、民から次の王として認められたなら、僕は胸を張ってマイラを迎えに行く」
そう語るフレーデリックの顔つきは幼さが消え、
カルラが知るフレーデリックの面影が消えて、一抹の寂しさを覚えるが、王族としてフレーデリックに
「だから頑張らないとね。仕事中に邪魔してごめん。僕は王宮に戻るよ」
フレーデリックは王宮へ向かい歩き出した。
王宮にある執務室に入ると、
「フレーデリック様、誘拐されたご令嬢はご無事でしたか?」
「ああ、怪我もなく、無事に屋敷へ戻れた」
「そうですか。心配でしたが、無事でなによりです」
「マイラがクルトにと……」
フレーデリックは青いラッピングをされたクッキーをクルトに差し出す。
クルトは不思議そうに受け取った。
「これは?」
「マイラが作ったクッキーだ。お前には勿体無いから僕が食べると言ったら、マイラに怒られた」
(怒った顔も可愛かったなぁ)
思い出すと目尻が下がる。デレデレしている主に目もくれず、ラッピングされたクッキーを手にして目を輝かせている。
「私にもクッキーをくださるなんて……ありがとうございます! 大事にいただきます」
クルトの顔が嬉しさでふにゃりと緩む。横目で見ていたフレーデリックも温かい気持ちになる。
「陛下の執務室に行くが、どのくらい時間が取れそうだ?」
「そうですね、二時間程で執務室に戻っていただければ、大丈夫かと」
「分かった。二時間後に戻る」
フレーデリックは国王の執務室へと足を運ぶ。
「やっと来たか」
国王と宰相はフレーデリックが訪れるのを待ちかねていたらしい。話に入る前に国王にラッピングされたクッキーを渡す。
「これは何じゃ?」
「マイラが作ったクッキーです。陛下にと、託されました」
「ほぉ、マイラの手作りクッキーか。早速いただきながら、今後のことを話し合おうか」
国王はクッキーを執事に渡し、クッキーと紅茶の用意を頼む。
フォルクハルト等の供述より先に、この事件をどう処理するべきか、宰相も交えて話し合う。
数時間で解決した犯罪だが、令嬢が拐われ、犯行を指示した者が王族であると、急速に噂が広がっている。
早期解決が求められると三人の意見は一致した。
「聞いたか? 廃太子された王子が令嬢の誘拐を企て、身柄を拘束されたらしい」
「この話を広めて、王室への不信感を煽り、糾弾したら、面白いことになりそうだ」
「エルネスティーネが失敗し、この計画も頓挫するかと思ったが、チャンス到来だな」
「貴族派の家門でパーティーを装い、会合を開くか」
不穏な会話が交わされている。
ひっくり返された砂時計の砂が落ちるように、虎視眈々と国家転覆を狙う者たちの存在を、フレーデリックたちはまだ気づいていない。
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