第49話 身柄確保

 フレーデリックはカレンベルクから転移魔法で自室に戻ってきた。マイラからもらった紙袋をテーブルに置き、平民服に着替え、人目を避けるためにマントを羽織る。


 今、マイラを拐った転移魔法の使い手は何処にいるのか、追跡サーチで捜す。


 意外なことに、男は王都にいた。王都の外れ、所謂いわゆるスラムと呼ばれている地区にいるようだ。


 フレーデリックはスラムの入口まで転移魔法で移動する。フードを目深に被り、顔を隠す。スラム街へ足を踏み入れ、男の魔力を辿りながら歩いていく。





 留学中に、騎士を目指す友人と興味本位でスラムに行ったことがある。

 ガラの悪い奴に絡まれると覚悟をしていたが、体格の良さからか、誰にも喧嘩を売られることはなかったが、スラムの住人の表情は忘れられない。

 壁にもたれ掛かり手足を投げ出し、虚ろな目をしている者や鋭い視線を投げてくる者、遠巻きにオドオドしながら、物欲しそうにしている薄汚れた子どもたち――――


(国は違ってもスラムは同じなのか……)


 スラムの現状を、良いほうへと変えたい気持ちはある。しかし、まつりごとを学んでいる最中の立場ではどうすることも出来ない。


 まずは出来ることを、するべきだと自分に言い聞かせ、スラムの奥へ歩いていく。

 酒場に転移魔法の使い手がいる。フレーデリックは店に入った。


 カウンターで飲んでいる男がマイラを拐った犯人だ。

 時間が時間だからか、他に客はいない。


 フレーデリックはさり気なく男の隣に座り、銅貨を置き、ウイスキーを注文する。

 マスターが銅貨を回収し、ウイスキーの水割りをフレーデリックの前に置く。


 昼間なのに店内は薄暗く、年季の入ったテーブルとイスがこの店を物語っている。


 酒場なので、些細ささいいさかいで喧嘩がおこるのだろう。テーブルやイス、店の柱や壁には刃物きずやナイフで刺したと思われる穴があちらこちらに空いていた。


 硬貨などでこすれたカウンターは木目が盛り上がり、角は丸みを帯びている。

 このカウンターに幾人もの人が訪れたと想像に難くない。


 フレーデリックはさり気なく男に話しかける。


「昼間からずいぶんと飲んでいるな。大きな仕事でも終えたのか?」

「あンッ? テメェにゃ関係ねーだりょが」

 

 男はかなり酔っているようだ。目がトロンとし、呂律が回らず、反応が鈍い。


「小耳に挟んだのだが、カレンベルクで令嬢が拐われたらしいな」


 男は赤くなっている顔を向けた。男の息は酒の匂いがひどく、フレーデリックは顔をしかめる。


「だったりゃ、どうした? あンたも、ねーちゃんをさりゃってほしいクチきゃ?」


 泥酔し、正常な判断が出来ない男が口を滑らせた。フレーデリックはニヤリと笑い、鋭い眼光を男に放つ。


生憎あいにく拐ってほしい令嬢はいないな。だけど、僕がお前を拐うから!」


 フレーデリックは立ち上がり、男の前で右腕を振ると肘の辺りが男の首に食い込み、王宮前に転移魔法で移動した。


 ゴロゴロと転がった男は狐に化かされたような形相で石畳に放り出された姿勢のまま、身じろぎひとつしない。


「こいつが転移魔法を悪用した、人拐いの犯人だ」


 騎士たちは速やかに男を取り囲み、魔力封じの輪を男の首と手首に装着する。


「連れて行け!」


 足元がおぼつかない男は騎士に引きずられるように牢屋へ連行されていく。


「カレンベルクから馬車は着いたか?」


 フレーデリックは近くにいた騎士に問う。


「はい、先程。犯人を降ろし、馬車は王都のカレンベルク邸へ向かいました」

「わかった」


 マイラを拐うように指示をした男と実行犯は身柄を確保した。残るは……フォルクハルトだ。


 昨日のうちに身柄を確保したのか、まだなのか、フレーデリックは何も知らない。 


 ボリスも何も言わなかったので、こちらから聞くのもはばかられて。




 フレーデリックには懸念していることがある。王族が犯罪に手を染めた。フォルクハルトの処罰等、皆が納得がいく説明をしなければならない。


 慎重に物事を進めないと、これに乗じてクーデターが起こる可能性もあるだろう。

 国家転覆を狙う奴等は何処にでもいる。


(この件を素早く処理するために、陛下や宰相たちと話し合いをしなければ……頭が痛い問題だ)


 フレーデリックは宮殿に戻り、着替えてから、国王の執務室に足を運ぶ。



「おお、フレーデリック」

「陛下、マイラを拐った転移魔法の使い手の身柄を確保しました」

「そうか、ご苦労だったな」


 国王は安心したような面持ちになる。


「フォルクハルトは?」


 フレーデリックにフォルクハルトの所在を聞かれ、国王は机の上で両指を組み、目を伏せた。


「昨日、侯爵の子息から手紙が届いてすぐに……」





 昨日の四時半頃。

 離宮を取り囲む近衛騎士の姿が見える。


「殿下、離宮から出て来られよ! 殿下の企みは既に露見され、携わった者は捕らえられている。抵抗するようであれば、突入いたします」


 騎士団長が声をかけるが、応答はない。潔く出て来たなら、手荒な真似はするまいと団長は考えていたが、呼びかけにも応じず、王族として往生際の悪さに怒りが込み上げる。


「突入せよ!!」


 団長は声を荒げ、同時に騎士たちは扉を壊し、離宮になだれ込む。騎士たちは一斉に部屋という部屋を開け放ち、フォルクハルトの姿を捜す。


「殿下の身柄を確保しました!」


 一人の騎士が声を上げた。声を聞きつけ、団長も駆けつける。


「おい! 離せ! 俺を誰だと思っている! クソッ離せ!」


 拘束され、後ろ手で縛られているが、肩で騎士にぶつかったり、身体を揺らしたりして抵抗しているフォルクハルトを目の当たりにし、こんなにも性根が腐ってしまったのかと、団長は救われない思いを抱く。






 フレーデリックがケッセルリング王国へ留学してから、フォルクハルトは剣術を習い始めた。


 騎士の言うことを聞かない王子に困り果てた末、団長が教える運びとなったが、稽古も不真面目だったため、団員と同じように一喝すると、真面目に打ち込むようになり、剣の腕はそれなりに上がっていった。


 しかし学園に通うようになった頃から訓練場に来なくなり、団長も来ないならそれでいいと、フォルクハルトを見限った。






 フォルクハルトは近衛騎士に連れられ、団長の前に立たされる。約四年ぶりにフォルクハルトを間近で見る。

 団長の険しい面持ちと、射殺すような眼差しに耐え切れず、フォルクハルトは目を逸らす。


「連れて行け」

「はっ」


 フォルクハルトの身柄は離宮から牢屋へと移された。

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