第48話 甘く切ない眼差し

 マイラが食堂に入ると全員揃っていた。


「ごめんなさい。遅くなりました」

「マイラ、遅いよ。あたし、お腹ペコペコだわ」

「ごめんね、ロジータ」


 マイラは話しながら席につく。食事が運ばれて来た。


 皿にはスクランブルエッグ、二種類のハムとベーコン、ウインナー、皮を剥いて茹でたじゃがいも、アスパラガスとミニトマトが盛り付けられている。


 コーンスープ、牛乳、モッツァレラチーズ入りサラダ、フルーツ、ヨーグルト。

 雪だるまみたいな形のダブルロールとライ麦パンに全粒粉のテーブルパン。


 ヤギの乳で作られたシェーブルチーズ、パンに塗るクリームチーズとバターが皿に乗せられている。


「……僕だけ、量が多くない?」


 フレーデリックが戸惑い気味に口にする。全員がフレーデリックの前に置かれた料理を見て、ビックリしている。


 スクランブルエッグの量が二倍、ハム、ベーコンは一枚ずつ、ウインナーは一本多い。じゃがいもとアスパラガス、ミニトマトまで二倍だ。


 パンに至ってはかごに山盛りで置かれている。


「フレーデリック様の食事は私や陛下の倍の量でしたわ」


 マイラが料理人に話して増やしてもらったのだ。


「だからと言って……」


 宮殿なら気にしないが、カレンベルク邸に泊めてもらった身で料理をたくさん出されると、少し恥ずかしく思う。


「料理は全部、領地でとれたてのものばかりなの。お客様にはお腹いっぱい召しあがっていただきたいわ」


 侯爵夫人が遠慮なく食べてほしいと言っている。フレーデリックはありがたくいただくことにした。


「では、遠慮なくいただきます」


 フレーデリックはナイフとフォークを動かし始めた。美しい所作で食べているが、大皿に盛りつけられた料理はすぐに消えた。


 かご盛りのパンも気づいたらかごだけになり、面白いように食器の中身が消えていく。


 フレーデリックの食べっぷりにポカンとして見ているロジータに、リリーが食事を促す。皆が食べ終え、フレーデリックは王都へ戻ると言う。


 フレーデリックにはマイラを拐った犯人の身柄を確保する仕事が残っている。カレンベルク邸ここでゆっくりとしていられない。


 マイラは階段を駆け上がり、部屋に置いてある紙袋を持ち出す。フレーデリックは玄関を出て、挨拶をしているようだ。


(早く渡さなきゃ)


 階段を駆け下り、マイラは走りながら声をかける。


「フレーデリック様!」


 フレーデリックは開け放たれた玄関に視線を向けると、マイラが必死な表情で走って来る。


「マイラ?」


 ようやくフレーデリックの前まで来て息を整える。


「あのっ、これ……」


 マイラは紙袋を差し出す。受け取ったフレーデリックは驚いているようだ。


「あのね、ピンクの包みはカルラとニーナに、青の包みは陛下とクルトさんに、緑がフレーデリック様の分ね」


 フレーデリックは紙袋を開けると甘い匂いがふわりと立つ。可愛らしくラッピングされたものが五個入っている。


「これは……クッキーか?」

「昨夜から準備して、今朝焼き上げたの。口に合うか分からないけど……感謝の気持ちを込めて作りました」


 頬を赤く染めて、視線を外してマイラは話す。

 家族を前にして渡すことになるとは考えていなかった。

 皆の視線を一身に集め、恥ずかしくてフレーデリックを見られない。


 フレーデリックは破顔した。間近で見てしまった侯爵夫人とリリーの頬が赤くなる。


「マイラが作ってくれたクッキーか。すごく嬉しい! ありがとう! 一生の宝物にする」


 少年のように無邪気な笑顔を浮かべている。


「食べ物ですから、早めに食べてください」

「うん、わかった。カルラとニーナ、陛下に渡せばいいんだね?」

「クルトさんが抜けていますよ」

「あいつはいい。勿体無い。僕が食べる」


 他の男なんかに渡してなるものかと、フレーデリックは頬を膨らます。


「フレーデリック様の分は多く入れてあります。ちゃんとクルトさんに渡してくださいね?」


 マイラに釘を刺されてしまい、フレーデリックは言葉に詰まり、身体が揺れる。


(マイラが作ったものを他の男に分け与えるなんて……しかも、マイラとあまり接点のない侍従クルトになんか、大事なクッキーを渡したくないんだけど)


「うっ…………分かった」


 渡したくないが、マイラに言われたので、苦渋の決断をしたようだ。


「私を拐った犯人を確保してくださいね」


 マイラは真顔で告げるとフレーデリックも表情を引き締めて頷く。


「侯爵夫人、カレンベルク卿、お世話になりました。マイラ……またね」


 フレーデリックの姿が消えた。


 マイラの瞳が潤む。愛を乞う人は切なげな眼差しを残して去っていった。


 重たげな雲がポツリポツリと水滴を落とし始めた。やがて本降りとなり、まるで自分の心を映しているようだと、マイラは胸が詰まる思いで、空を見上げた。

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