第47話 クッキーとラッピング

 侯爵夫人はマイラが領地でどのように過ごしてきたかをフレーデリックに打ち明けている頃、マイラは厨房にいた。


 朝に届けられた牛乳が二層になったのを確認し、浮いている脂肪分をすくい取り、煮沸消毒した密閉容器に入れていく。


 浮いている脂肪分は生クリームだ。密閉容器の蓋をきちんと閉めたら、容器を振る。

 マイラ一人で作るには量が足りないので料理人にも協力してもらい、マイラと料理人は無言で容器を振っている。

 

 振り始めて十分程すると、容器に粒が出来ている。更に力一杯振り続けたら、振るたびにゴトンゴトンと塊が当たる音がする。薄い牛乳と固形物に分離している。

 

 し布を引いたザルに容器から固形物を出し、軽く押して水分を切り、ヘラで混ぜて水分を出すと、バターが完成する。


 このバターを使い、マイラはクッキー生地を作り始める。

 卵とバターの香りを生かしたプレーンクッキー。ココアと刻んだアーモンドを加えたアーモンドココアクッキーの生地を作る。


 プレーンクッキーは四角形に。アーモンドココアクッキーは三角形に整えて油紙で巻き、冷凍した。


 明日の朝にはイチゴジャムクッキーを作り、冷めたらラッピングするつもりだ。


「手伝ってくれてありがとう」


 マイラは料理人にお礼を言う。


「かなりの量のクッキーを作りましたが、バザー用ではないですよね?」

「明日、フレーデリック様に渡すクッキーなの。そうね、五人分かしら」


 マイラが告げると料理人は納得したらしく頷いた。使用した器具を洗い、片付け終わりハッとする。


「ロジータの分を忘れていたわ。六人分ね」

「思い出して良かったですね!」


 料理人は笑顔を見せた。マイラも口角が上がる。


「ロジータに喜んでもらえるかしら? 突然クッキーを渡したら、あの子はどんな顔をするかしら?」

「驚かれてから、満面の笑みを見せてくれそうですね」

「そうだと嬉しいわ」


 マイラもクッキーを渡したロジータのリアクションを思い浮かべて笑顔になる。


「明日、朝食の準備前に作り終えたいから、お手伝いをお願いしますね」

「はい! マイラ様」


 





 

 数日前にバザーで販売するクッキーを油紙で包み、ラッピングするために数色の薄葉紙とリボンが届いた。

 ラッピングするなら可愛くしたい。母とリリー、マイラで試行錯誤しながら考える。

 

 薄葉紙は縦方向は強度があるが、横方向は弱く裂けやすい。

 マイラは前世で見かけたラッピングを思い出し、実演しながら説明を始めた。


「一枚目は縦方向に強度がある紙を縦向き置き、二枚目は縦方向に強度がある紙を横向きに置くの」


 母とリリーは相槌を打ちながらマイラの手元を注目している。


「そうすれば持ち歩いても、破れてクッキーが落ちる心配がないと思うの」


 マイラは二枚の薄葉紙を引っ張ると、一枚は裂けたがもう一枚は無事だった。


「まぁ!」


 母は感嘆の声を上げた。リリーも目を見張る。


「同じ色の薄葉紙を二束に分け、横向きに置く薄葉紙の右下角を切れば、目印になるわ」

「これなら忙しくても、混乱しないで作業が出来るわね」


 母は嬉しそうに両手を合わせた。三人は小物入れをクッキーに見立ててラッピングの練習を始めた。

 真ん中に小物入れを置き、下からふんわりと包み込み、紐で緩めに縛る。上の部分を均等に整え、リボンで結び、花のように広げると、可愛く見える。ラッピングの色でクッキーの中身が分かるようにメモをし、準備を整えた。ラッピングの問題も解決し、バザー当日の朝に備える。








 マイラは厨房から部屋に戻ると、ドライフラワーをテーブルに広げ、小さな花を何本か選び、小さなブーケを作る。菱形の紙に穴を開け、紐を通しておく。小さなリボンを作り、リボンの裏側に糊をつけ、菱形の紙にブーケを置き、リボンで貼り付けた。


 明日、クッキーをラッピングしたリボンの結び目に紐を通し、タグとして使用するつもりだ。

 カルラとニーナにプレゼントする目印になる。国王と侍従クルトの分は同じ色のラッピングにした。

 フレーデリックには多めにクッキーを包むので、大きさで分かるだろうが、色を変えておく。

 ロジータの分もラッピングし、マイラが手渡しでプレゼントするつもりだ。


 明日は早く起きて、イチゴジャムクッキーを作る。冷凍した生地はそのまま切って焼くだけだ。朝食作りの邪魔にならないだろうと、考えている。





 マイラはベッドに横になり、一日の出来事を思い返す。

 拐われて、フレーデリックが助けに来てくれた。愛していると告げられて、応えられなかったことに悔いが残る。


 愛していると言いたかった。もっと抱きしめてほしかった。一緒にいられたらいいのにと思う。


 ボリスの態度を見る限り、フレーデリックの隣にいる未来は無いのかもしれない。


 初めて感じた胸を焦がす想いは叶わないだろう。


 諦めることには慣れている。


 この想いも、いつかは消えるだろう。消さなければいけない想いだが、諦めたくないと心が叫ぶ。

 相反する想いが涙へと姿を変える。とまらない涙を流し続け、マイラはいつのまにか眠りについた。


 まだ夜明け前だが、目が覚めたので着替えて厨房へ行く。


 さすがに早かったらしく、誰もいない。マイラは昨日使用した器具を取り出し、台の上に置いた。絞り袋に口金をセットする。

 材料を台の上に並べているところに料理人が姿を現した。


「マイラ様、おはようございます。ずいぶん早くにお見えですね」

「おはよう。今日もよろしくね」

「はい! よろしくお願いします」


 マイラと料理人はクッキー作りに取りかかる。昨日のクッキーより柔らかく絞りやすい生地を作り、絞り袋に入れていく。


 デコレーション用の口金なので、生地を丸く絞ると生クリームみたいに筋が入る。

 丸く絞った生地の真ん中に少量の生地を絞り、平らにする。

 真ん中にイチゴジャムを乗せてジャムを平らにし、石窯で焼く。


 昨日のうちに作ったクッキーはすでに焼きあがっている。四角のプレーンクッキーと三角のアーモンドココアクッキーを料理人と味見してみる。


「マイラ様、サクッとして、おいしいクッキーですね!」

「そうね。イチゴジャムクッキーの出来栄えが心配だけど」


 イチゴジャムクッキーが焼きあがった。クッキーとイチゴの甘い香りが食欲を刺激し、お腹がくぅと鳴る。完全に冷めてから味見した。


 甘さ控えめのクッキーに甘いジャムがいい塩梅あんばいで水分が抜けている。口にするとクッキーがほろりと溶けていく。ジャムの部分はヌガーみたいだ。


 クッキー作りが終わった頃、料理人たちは朝食作りを始めている。

 マイラは邪魔にならない場所で油紙を人数分並べ、トングでクッキーを五枚ずつ油紙の上に置いていく。

 ロジータ用は三枚ずつ、フレーデリックは七枚ずつ包んだ。


 ピンクのラッピングにドライフラワーのタグを付け、カルラとニーナに。

 国王と侍従クルトは青のラッピングで、フレーデリックは緑のラッピングにした。

 ロジータには黄色とピンクでラッピングした。


 大きな紙袋にラッピングしたクッキーを並べて入れる。フレーデリックが王都へ帰る直前に渡そうと思っている。


 紙袋を持ち、マイラは部屋に戻り着替える。時計に目を向けると、朝食の時間になっていた。


 マイラは慌てて食堂へ向かう。

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