第46話 カレンベルク家 

 不審な動きを見せていたフレーデリックが、マイラを拐った犯人の行方を特定したという。

 明日、身柄を確保して牢屋にぶち込むと笑顔を見せた。


「殿下、犯人がどこにいるのか、分かるのですか?」


 先程の視線を彷徨さまよわせる様と関係があるのだろうか。


「マイラの手首に拐った犯人の魔力が残っていたから、追跡サーチで魔力を辿っていたんだ」

追跡サーチとは? 魔法ですか?」


 初めて聞く魔法に、ボリスは小首をかしげる。


「そう。僕が編み出した魔法で、ケッセルリング王国の魔導庁にも登録済みだが、使えるのは僕だけみたいだ」


 ケッセルリング王国の魔導庁の名が出てきて、ボリスは仰天した。


 魔導庁に入庁するには、ケッセルリング王国で、魔力、魔法にけた者しか入学できない魔法学園を、首席で卒業しなければならない。


 まさかフレーデリックが魔導庁に籍を置いているとは……ボリスは瞠目どうもくし、言葉を失くした。


「卒業パーティーで、魅了魔法を解除したのも殿下でしたね」


 侯爵夫人が思い出し、呟く。


「在学中に、陛下から魅了魔法の解除法を調べてほしいと依頼されたが、見つからなくてね。古い文献で魅了魔法を調べて、解除魔法を編み出したんだ」


 ボリスも魔力が強く、ファーレンホルスト王国にある魔法学園で魔法を学び、封印された魔法が在ると知っている。そのなかに魅了魔法も含まれていた。


 解除魔法がなく、いくつもの国を滅亡へと導いた魅了魔法を解除するために、解除魔法を編み出したフレーデリックのお陰で、この国は難を逃れた。

 


 途轍とてつもない能力を秘めたフレーデリックに、ボリスは背筋が寒くなる。


 羨ましいとか嫉妬するレベルではない。生まれ持った資質もあるが、魔法を編み出そうとする努力に舌を巻いた。


 先程の高圧的な態度で接したことを、後悔し始めた。だが、妹を守るためだと自分に言い聞かせ、威厳を保つ。







 夕食の準備が整い、マイラたちは食堂へ移動する。食堂にはボリスの妻と娘がいた。


「殿下、紹介します。妻のリリーと娘のロジータです」


 リリーはカーテシーをし、ロジータも母を真似して同じ動作をし、可愛らしいカーテシーを披露した。




 父の隣に初めて見る人がいる。父と違い、大きな男の人だとロジータは目を丸くする。フレーデリックを指さし、リリーを見上げた。


「誰?」


 リリーは慌ててロジータの手を下げ、人を指でさしてはいけませんとたしなめる。


「あのお方はフレーデリック・ファーレンホルスト殿下ですよ」

「フェーデック?」

「この国の王子様なの」

「王子様?」

「だから、殿下と呼びましょうね」

「殿下……」


 大きい人はフェーデックで、王子様で、殿下だそうだ。いろんな呼び方がある人だなと思い、ロジータはフレーデリックを見上げた。

 リリーに促されてイスに座る。それぞれイスに座ると食事が運ばれて来た。



 侯爵夫人がフレーデリックの向かいに座り、夫人とフレーデリックは懇談こんだんしながら食が進む。

 マイラは夫人側の末席におり、とても話しかけられる雰囲気ではない。

 マイラはロジータと話をしているらしく、頷いたり、笑顔を見せている。


 夕食が終わり、フレーデリックが泊まる部屋に執事が案内する。


「寝間着とガウンをお持ちいたします。入浴のさいにお召し物を洗濯いたしますので、お呼びください」

「シャツだけ洗ってもらえたら、ありがたい」

「承知いたしました」


 執事は引き出しからベルを取り出し、ベッドの横に置いた。


「ご用がありましたら、ベルを鳴らしてください。すぐに参りますので」

「ありがとう」

「ごゆっくりお過ごしください」


 執事は胸に手を当て一礼し、退室した。フレーデリックは窓を開け、夜空を見上げる。王都とは違い、星が多く綺麗に瞬いている。

 執事が寝間着と水さしを持ってきてくれた。フレーデリックはシャツを脱いで執事に渡す。


「シャツをお預かりいたします。明日の朝までには仕上げますので、お目覚めになられたらお持ちいたします」


 執事はシャツを持ち、退室した。フレーデリックは浴室に向かう。湯に浸かるとちょうどいい湯加減で、大きく息をつく。


 マイラが宮殿を去ってから半年が経ち、この屋敷で過ごしてきたのかと思う。

 久しぶりに会ったマイラは宮殿にいたときより表情が豊かになり、美しさを際立きわだたせていて。目を奪われ、胸が早鐘を打つ。


 愛しさが溢れ出してとまらない。こらがたくて、愛していると告げてしまった。


 前世でも今生でも表情が乏しく、自己主張もせず影がある女性だったが、今は影も無く、むしろ眩しくて―――― 


 マイラが領地でどう過ごしてきたのか。フレーデリックの好奇心がうずく。


(ここで過ごしたマイラの様子が知りたい。侯爵夫人は教えてくれるだろうか?)


 フレーデリックは浴槽から上がり、寝間着とガウンを羽織り、ベルを鳴らすと執事が来た。


「殿下、ご用件は」

「侯爵夫人と話せるか? 領地でマイラがどう過ごしていたのか、知りたいんだ」


 執事は目をまたたかせた。すぐに何かを察したようだが、顔には出さない。


「奥様に聞いて参りますので、お待ちください」


 執事は部屋を後にした。間もなく執事が戻り、サロンに来てほしいと伝える。


「この格好でも大丈夫だろうか?」


 シャツは洗濯に出してしまい、着る服が無い。執事もフレーデリックが着るシャツを探したが、ボリスのシャツでは小さいので、寝間着とガウンでサロンに赴くことになるが仕方がない。


 執事に案内され、サロンに行くとすでに夫人が待っていた。


「このような格好で申し訳ない」

「やはり丈が足りませんでしたね。殿下に合う寝間着が無くて申し訳ございません」

「いや、夫人が謝ることではない。僕が人より大柄なせいだ」


 フレーデリックはイスに腰を下ろすと、紅茶を置かれた。執事は扉の横に控えている。

 夫人は紅茶を口にし、喉を潤す。


「殿下、ご用件はなんでしょうか?」


 先に夫人が口を開く。フレーデリックも紅茶を飲んで気を引きしめる。


「サロンに来たマイラを見て驚いた。いや、違うな。目が釘付けになった。宮殿で過ごしていた頃とは違うと感じた」


 フレーデリックの真っ直ぐな物言いに、夫人は一瞬目を見開いたが、すぐに穏やかな表情を見せた。


「マイラが領地で過ごした日々を教えてほしい」


 ひたむきな眼差しを受けて、夫人は頷いた。


「……どこから話せばいいのかしら。そうね、領地で生活を始めた頃から話しましょう」


 夫人は過去を見るように目を伏せた。

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