第45話 諦めたくないんだ

 フレーデリックはマイラの涙を親指で拭く。


「王族は色々と制限されて、窮屈きゅうくつに思うだろうが、どうか、僕の隣にいてほしい。決して平坦な道程みちのりではなく、辛い決断を下すときもあるが、あなたと一緒なら、乗り越えていける。楽しい思い出もたくさん作ろう。この命が尽きても、あなただけを愛している」


 フレーデリックは再びマイラを抱きしめる。


(誰にも必要とされなかったのに、フレーデリック様は私が隣にいることを、望んでくれた……フレーデリック様と歩む道は幸多き人生になると思うわ)


 抱きしめられたまま、マイラはフレーデリックを見上げた。


「私も……」


 マイラが言いかけた途端だった。





「ウェーッホン!! ウォッホン!! ンッ! ンッ!」


 わざとらしい咳払いがサロンに響く。マイラとフレーデリックは、驚いて肩を揺らし、二人は距離を取る。



 咳払いが聞こえたほうに顔を向けると、腕組みをし、仁王立ちしているマイラの兄、ボリスがいた。


 眉間に深くシワを刻み、眼光は鋭く、への字口でフレーデリックを威嚇いかくしているが、竜殺しドラゴンスレイヤーのフレーデリックに効果はない。


 何ごともなかったかのように平然としているフレーデリックに、ボリスの怒りは頂点に達するが、相手は王子だ。怒鳴り散らしたい思いをグッとこらえて口火を切る。


「あー、オホンッ! 大変盛り上がっているところを、申し訳ないのだが」


 ボリスに一部始終を見られていた。マイラは恥ずかしくて、コルティナの後ろに回り込み、小さくなって気配を消す。


(やだ! お兄様もいらしたの? 影が薄くて全く気付かなかったわ……恥ずかしい。どこかに逃げ出したいわ!)


 矢面やおもてに立たされたコルティナは、複雑な思いで次期侯爵ボリス第二王子フレーデリックのやり取りを見守ることになる。


「殿下は大胆なお方ですねぇ。私のかわいい妹を、拐うように指示したのはあなたの兄でしょう? よりによって被害者のマイラに愛の言葉をささやくとは、いい度胸していますね?」


 ボリスはフレーデリックに対し、目が笑っていない笑顔を見せ、低い声で辛辣しんらつな言葉を投げつける。


「フォルクハルトには重い罪を課す。だが……」


 フレーデリックが口を開いたが、ボリスは言わせてなるものかと、矛先ほこさきを向けた。


「我が父は!! マイラを王族と関わらせないと、陛下に申し出たそうですが、殿下の耳には入っておられないようですね?」

「!!」


 フレーデリックは目を見開いた後、項垂うなだれる。

 マイラが宮殿を去った後に侯爵の言葉を国王から聞かされていた。


 マイラのことは忘れたほうがいいと、国王は辛そうにフレーデリックをさとしたが……


(簡単に諦められるものか。僕は






 ボリスは腕を組み直し、何を言われても拒絶する姿勢を見せた。マイラと同じ銀色の瞳は、氷のように冷たく、フレーデリックを見据えている。


(今は引くしかないのか……)


 強く拒絶され、フレーデリックは悔しそうに唇を噛みしめる。


 コルティナの後ろから顔をのぞかせているマイラと目が合った。

 フレーデリックはい思いがつのり、泣きそうな表情になるが、目を伏せ、気持ちを切り替える。


 ボリスに対し、毅然きぜんと接しなければと、自らをふるい立たせる。表情を引締め、ボリスと向き合う。


「カレンベルク卿、僕は国民に、王太子として認められたら、カレンベルク領を訪れます。そのときは僕と会ってほしい。僕がマイラに相応しい男か、見極めてもらいたい」


 フレーデリックは真剣に申し出た。


 ボリスは面白くなさそうな表情を浮かべている。魅惑的な美貌の持ち主が真剣な顔になると、迫力が増す。


 美しい顔と騎士のような体格に高身長という、恵まれた身体だけではなく、転移魔法が使える、優秀な魔導師でもあるが、なんと言ってもこの国で最も高貴な王族の一人だ。


 ボリスは一般男性の平均身長で身体の線は細い。体格に恵まれたフレーデリックに劣等感が刺激される。


 天は二物を与えず、なんじゃないかとやっかみ、一つくらい自分にも有ったっていいじゃないかと羨ましく思う。


 コンプレックスを刺激され、第二王子フレーデリックは好きになれないとボリスは感じたが、マイラを助け出し、犯人を確保したのは、間違いなくフレーデリックだ。


 マイラを貶め、犯罪に手を染めた第一王子の弟だからと、初めから否定するのではなく、人となりを見極めてやると、ボリスは誓う。 


「約束しましょう。しかし、マイラも適齢期だ。長く待たすようであれば、マイラの嫁ぎ先は父が決めると、心に留め置いてください」








 クレーメンスを王都へ移送させるために、カレンベルク家から馬車を借りた。

 クレーメンスを縛りつけたまま馬車に乗せ、逃げ出さないように監視を付け、馬車は出発する。


 フレーデリックは転移魔法で王宮へ戻ろうとしたが、侯爵夫人が娘を助けてくれたお礼に夕食を振る舞いたいと申し出た。


 フレーデリックは迷惑になるので断ろうとするが、おいしい物を食べて、空気がきれいな領地に泊まってもらい、疲れを癒やしてほしいと懇願こんがんされ、フレーデリックも了承する。


 ボリスは苦虫を噛み潰したような表情で、余計なことをと、母の気遣いをいとうが、母には逆らえない。


 せめて、マイラとフレーデリックが接触しないように目を光らせるつもりだ。




「マイラ、ちょっといいかな?」

「はい?」

「手を触ってもいいかい?」

「……どうぞ」


 マイラにはフレーデリックの意図がつかめない。言われるがまま腕を上げ、フレーデリックはマイラの手をしげしげと見つめる。目つきは真剣そのものだ。


 マイラの手から視線を外し、小声で何かを呟くと、ボリスがいるほうへ振り向き、頭上に視線を向けたと思うと、あちらこちらへと視線を動かす。


 サロンにいるマイラとコルティナ、ボリス、執事と侯爵夫人は、視線を彷徨わせる度に色が変わる瞳に惹きつけられる。


 何をしているのだろうと、フレーデリックの行動を不思議そうに見守っているが……


「見つけた」


 フレーデリックが呟く。何を見つけたのか。 カレンベルク家の面々は理由わけがわからず、戸惑い気味だ。


 マイラへ目を向けると、全員から凝視されていて、フレーデリックはビックリする。


「マイラを拐った奴を見つけました。明日、確保し、牢屋にぶち込みます」


 そう言うと、フレーデリックはニヤリと笑った。

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