第43話 顛末
「うわあああぁ――――!?」
静かな庭から叫び声があがる。叫び声を聞いた人々は、何かあったのかと屋敷のなかからゾロゾロと出てくる。
マイラの母、義姉のリリー、姪のロジータの姿もある。
マイラを捜していた者たちや馬の世話をしていた使用人が、何ごとだと、声の主の元へ駆けつけて来た。
集まった人々は息を呑む。ボリスが地面にへたり込み、ボリスの視線の先にはマイラを右腕に乗せた体格の良い男性と、男性に襟首を掴まれた男が引きずられるような格好で、両足を地面に投げ出している。
「マイラ!」
母が叫ぶと同時にマイラは地面に降ろされた。母はマイラに駆け寄り抱きしめる。
「あぁ、マイラ! 怖かったでしょう……無事で良かったわ」
マイラを抱きしめたまま、母は涙を流す。抱きしめる腕が震えている。心配してくれた母の想いが伝わってくる。
「お母様」
マイラも屋敷に戻って来られたことで、拐われた恐怖から開放され、抱きしめてくれる母の背に手を回し、涙をこぼす。
フレーデリックが助けてくれると信じていた。怖かったったが、フレーデリックの言葉を思い出し、助けてくれると強く思い込むことで恐怖心を抑え込んでいたのだ。
「マイラぁー」
ロジータがマイラに飛び付いてきた。衝撃でバランスを崩しそうになったマイラの背に、フレーデリックは手を当て、倒れないように支えてくれた。
「マイラ、どこに行ってたの? あたし、たくさん呼んだのに、マイラが、いな……くて……」
マイラのドレスを掴む。
「うぇっ、マイラ、ひつっく、良かった……見つか、うぅ、良かった。ぐすっ、あたし、ひっ、マイラを、くっ、呼んだのに……うわあああ〜ん」
ロジータが
マイラが消えて呆然とした。マイラの名を呼んでも返事がない。広い花畑に一人残された。
強い風が吹き、摘んだ花が空を舞い、花が揺れて擦れる音で怖くなり、足が震えて、マイラの名を何度も呼んだ――――
「マイラぁ、ぐすっ、マイラ」
ロジータは鼻を赤くし、マイラを見上げる。
「怖くなかった?」
「ちょこっとだけ、怖かったわ。でも」
マイラはロジータの頭を撫でる。
「助けに来てくれるって、信じていたから」
マイラが優しく笑う。その笑顔がロジータには眩しく見えた。
腰が抜けていたボリスが、ようやく立ち上がる。
フレーデリックがボリスの前に男を放り投げた。
「こいつがマイラを拐うよう、指示した犯人だ。拐ったヤツはその場にいなかったが、絶対に捕まえる!」
カレンベルクの使用人たちは、男を取り囲み、怒りをあらわにしていた。
「この野郎!! よくもお嬢様を拐ったな!」
使用人たちは男を殴ったり蹴ったりしている。
「やめなさい」
ボリスは使用人たちに声をかけ、暴力を止めた。使用人たちは不満そうに、男から離れる。
ボリスは殴られていた男に近づく。
「よくも、かわいい妹を拐ってくれたな? お前のせいで、俺の大切な娘が泣くのを堪らえてマイラを捜していたんだ。俺にマイラが消えたと伝えて泣いたんだぞ。娘がどんな気持ちだったか、お前には分かるか? 幼い心に傷をつけた罪は重いぞ。……そして、また俺の娘を泣かせやがって!! お前は死んでロジータに詫びろ!!」
ボリスはクレーメンスに渾身の一撃を食らわせた。
温厚なボリスが青筋を立て、目を吊り上げて怒鳴り散らす。
もの凄い剣幕に、クレーメンスも鼻血を出しながら青ざめて震えている。
使用人たちは豹変した次期侯爵の姿に
若旦那を怒らせることは絶対にしないと、怯えながら己に誓う。
クレーメンスは縄で拘束され、物置小屋に放置された。
マイラは汚れを落とすために湯浴みをしている。温かい湯と心地良い香りが、心身ともに
(森に現れたフレーデリック様は格好良くて。冒険者たちと交渉も早かったし、クレーメンスをあっという間に確保してくれた。優しい瞳で迎えに来たと言ってくれて、とても嬉しかったの)
肩まで湯に浸かり、森での出来事を思い返すと、胸が高鳴って仕方がない。
(どうしよう。ドキドキが止まらない。フレーデリック様のグリーンシトラスの香りが、香るようで落ち着かない)
マイラは顔が熱くなるのを感じ、のぼせる前に浴槽から上がった。
ボリスは書斎でマイラから聞いた証言と、物置小屋にいるクレーメンスから
フレーデリックはサロンで紅茶を飲み、くつろいでいる。
ロジータは泣き疲れて眠ってしまい、部屋でリリーに見守られながら眠っている。
王宮の部屋でカレンベルク侯爵は落ち着かない様子で知らせが届くのを待っている。
殿下はマイラを見つけてくれただろうか、マイラは無事か、犯人を確保してくれただろうかという思いが頭が占めている。
フレーデリックが転移魔法でマイラの元へ転移し、そろそろ一時間経つ。
「侯爵」
声をかけられ侯爵は振り向くと国王がいた。
「陛下、申し訳ございません」
侯爵は膝をつき、謝罪の言葉を述べる。
「侯爵、顔を上げてくれ。そなたが謝る必要はない」
「ですが……」
「儂がいいと言っておる。立ちなさい」
侯爵は言われた通りに立ち上がり、国王に促されてイスに座る。
「マイラが行方不明になったと聞いた。さぞ心配じゃろう」
「殿下がマイラを助けに行ってくださいました」
「ほぅ、ならば大丈夫じゃ。
侯爵はボリスの魔力を感じ取り、窓に近づき、窓を開ける。侯爵の手のひらでつばめが手紙へと変わる。
「陛下、息子からの手紙です」
ことの顛末が書かれているだろうと察し、侯爵は先に国王が読むべきだと、ボリスからの手紙を国王へ差し出す。受け取った国王は開封し、綴られた文字を目で追う。
「……何と! なんて馬鹿なことをしたのじゃ!!」
国王は侯爵に手紙を渡す。侯爵も手紙に目を通し、手紙を持つ手が激しく震え、口がわなわなと開いた。
「――――――陛下!!」
侯爵は叫ぶ。
「近衛騎士団長を呼べ! 早く!!」
「はい」
控えていた近衛騎士は団長を呼びに走り出した。
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