第41話 追跡魔法〜サーチ〜

「あなた、私をどうやってさらったの?」

「うん? 知りてぇか? なら、特別にねーちゃんだけには教えてやるよ。俺様はなぁ、転移魔法が使えるンだ」

「転移魔法……」

「おぅ、すげぇだろ?」


 男は自慢気に胸を反らし、左手で胸を叩き、ウイスキーを一口飲んだ。


(転移魔法って、フレーデリック様がお茶会のときに、侍従を連れて目の前で消えた魔法よね? 確か、転移魔法は習得が難しく、使える魔導師は少ないって聞いたけど……)


 考え込むマイラに、男は口角を上げる。やっと静かになったから部屋に戻ろうと、一歩踏み出しかけた。


「ねぇ、後ろ手でしばられていると辛いの。腕を前にして縛りなおしてほしいわ」


 男は目を丸くし、口がだらしなく開いている。やや間が空き、男の肩が小刻みに動く。


「グフッ、ククク……」

「……?」

面白おもしれぇねーちゃんだなぁ、こんなねーちゃんは初めてだわ」


 ベッドのすみにウイスキー瓶を置き、クックと笑いを噛み殺しながら紐を解く。腕を前にして再び手首を紐で縛り直す。


「ほいよ。まぁ、大人しくしてくれたら、それでいい。じゃあな」

「ありがとう」

「こンな状況で、お礼を言われるとは思わンかったぜ」

 男はウイスキー瓶を持ち、奥の部屋へと戻っていった。


(面白い? 私が? 腕が痛いから前で縛ってって、お願いするのが面白いの? よく分かんないや。とりあえず、腕が楽になったから良かった)


 拐われて監禁されているにも関わらず、腕の痛みから開放されてホッとしているマイラだが、指を組んだ手が震えている。


(大丈夫。フレーデリック様は私を守ると言ってくれたわ。助けてくれると、信じている)

 

 祈る思いでフレーデリックを待つ。








 午後一時過ぎ。

 王都からカレンベルク領へ入る検問所で一台の荷馬車が止められた。兵士が荷馬車に駆け寄り、荷物の確認をしようと御者に声をかける。


「荷台を確かめさせてもらうが、いいか?」

「お待ち下さい。これを……」


 御者の手には貴族の紋章がある。兵士は紋章を借り、検問官に渡す。渡された紋章を確認すると、アメルハウザー伯爵の紋章だと判明した。


「お通しするように」

「はっ」


 検問官から紋章を受け取った兵士は急いで御者の元へ近づき、紋章を返した。


「失礼しました。どうぞ、お通りください」


 御者は会釈し、兵士は荷馬車から離れ、カレンベルク領に向かう荷馬車を見送った。







 午後三時。

 カレンベルク侯爵は部屋のなかで右往左往しながら、フレーデリックの訪れを待つ。


 娘の安否が心配でたまらず、怖い思いをしていないか、誰が娘を拐ったのか、何が目的なのだと、まとまらない思いが頭を占めている。


 扉が開き、フレーデリックが入室してきた。侯爵はフレーデリックの姿を認めると、弾かれるように駆け寄った。


「殿下!! お願いです! どうか力をお貸しください、助けてください!」


 フレーデリックの衣装を握りしめた侯爵の、取り乱した姿にフレーデリックは驚く。


 家臣が許しも得ず王族に触れるなど、あってはならないことだ。


 挨拶もなしにフレーデリックに詰め寄るという暴挙に出た侯爵に、近衛騎士は侯爵を取り押さえようと動きかけたが、フレーデリックが手で制した。


「侯爵、ずいぶんと取り乱しているが、話してくれないと何が起きたのか、わからないのだが」


 フレーデリックの低い声で侯爵は我に返る。


「殿下、申し訳ございません」

「謝罪はいい。礼儀を重んじるそなたが我を忘れるほどの何かが起きたのだろう。早く聞かせてほしい」

「殿下、娘が、マイラが……」


 侯爵のただならぬ様子とマイラの名が飛び出し、フレーデリックの胸がざわつく。


「侯爵!! マイラがどうした!? マイラに何かあったのか?」


 侯爵の肩を掴み、早く答えろと、前後に揺する。マイラが心配で力の加減が出来ずに侯爵の頭はグラグラと揺れる。

 この状態では話したくても話せないだろうと、近衛騎士がフレーデリックと侯爵の間に入る。


「殿下、侯爵から手を放してください。話したくとも話せないでしょう」


 近衛騎士に止められ、フレーデリックは手を放した。頭がクラクラしながら侯爵は話す。


「マイラが領地にある屋敷の庭から消えるようにいなくなりました。殿下、お願いです。マイラを捜してください! 助けてください!!」


 マイラが消えたと知り、フレーデリックの顔色が一変した。


(マイラが消えるようにいなくなった!? まさか、転移魔法を使って拐われたのか?)


 手をあごに当て、フレーデリックは思いつく限りの策を練る。


「クルト」

「はい!」

「至急、陛下に伝えてくれ。マイラが拐われた。僕はマイラを捜して助けに行く。誰かに剣を用意するように伝えて」

「私が剣を用意いたします」

「頼む」

「はっ」


 近衛騎士はフレーデリックの剣を持ってくるために走り出した。


「陛下に了承をもらってきてくれ! 早く!」

「はい!」


 クルトも慌てて部屋を飛び出して行く。


「殿下、陛下は今、ケッセルリング王国の王族と会談中だそうです」


 落ち着きを取り戻した侯爵が答える。


「なら、事後承諾じごしょうだくでいい。マイラがどこにいるのか、捜すほうが先だ」


 フレーデリックは窓を開け、小声で呪文を唱える。


追跡サーチ!」


 クンと匂いを嗅ぐ仕草をしたフレーデリックは、マイラの魔力を探し始める。

 かすかにマイラの魔力を感じた。集中し、マイラの魔力を探っていく。



 猟犬が狙いをつけた獲物を追うように、フレーデリックはマイラの魔力を追っていく。


 王都を離れ、町や村を抜け、カレンベルク領の森で、馬の気配がする。馬車か? 乗り合い馬車か? 荷馬車か? マイラの魔力をハッキリと感じた。数人の魔力も感じる。


「見つけた!! 種類までは解らないが、マイラは馬車で移動している。カレンベルク領の森にいる!!」

「おおっ!!」


 カレンベルク侯爵は感嘆の声を漏らした。


 走ってくる足音が聞こえる。


「殿下!」

「ご苦労だったな。待っていたぞ」


 息を切らしながら近衛騎士はフレーデリックに剣を手渡す。


「マイラを必ず連れて帰る」


 普段、王宮では見せない冒険者の顔つきで、フレーデリックの姿が消えた。

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