第40話 マイラの行方

 カレンベルク侯爵は王宮にて国王に謁見したいと申し出た。

 厚顔無恥なのは重々承知している。国王にどうしても謝罪をしたい。

 謝罪しても許されはしないだろうと侯爵は感じている。


 許されなくてもいい。ただ、マイラの捜索、救出に、フレーデリックの協力を仰ぎたい。

 国王の許可を得て、フレーデリックに協力を要請したいのだ。


 フレーデリックは王子でありながら類稀たぐいまれな魔導師でもある。彼しか扱えない魔法もあるという。


 フレーデリックなら、マイラを見つけてくれるだろうと、確固たる確信がある。




 しかし、国王はケッセルリング王国の王族と会談が始まったばかりだという。

 待つとしたら、二時間以上待たなければならないと告げられる。


 一刻も早くマイラを見つけ出したい侯爵には、とても待てる時間ではない。

 国王を軽んじるつもりはない。謁見できたら、手順を守らなかったことも謝罪しよう。


 今は一秒でも時間が惜しい。


 侯爵はフレーデリックに謁見したいと申し出た。


 穏やかな性格のカレンベルク侯爵が鬼気迫る形相をしている。

 只事ではないと感じ、すぐさまフレーデリックに取り次がれた。


 侯爵は案内された部屋のなかで、座りもせずに歩き回る。

 座って待っていると、悪いことばかりが浮かび上がりそうで。気を紛らわすために歩いている。






 なぜ、マイラばかり災難に見舞われるのか。

 卒業パーティーで見世物のように婚約破棄され、魅了魔法で操られていた人々から、心無い言葉を浴びせられたショックで記憶を失くしたと国王から説明を受けた。


 宮殿で保護をされて九ヶ月、マイラに会わせてくれない国王の態度に我慢の限界を超えた。


 ”娘は王族と関わらせない“と言い放ち、侯爵夫妻はそのままマイラの部屋まで行き、はやる気持ちを抑えられず、乱暴に扉を開け放ち、部屋にいた娘の姿に我が目を疑う。


 感情が抜け落ちたマイラを目の当たりにし、侯爵の心は激しくかき乱された。


 マイラはどれだけ辛くて怖かっただろう。

 パーティー会場にいた侯爵ですら、聞くにえない暴言罵声の嵐で、耳を塞ぎたくなるほどだった。


 これほど中傷を受ける理由は何なのか?


 王家のために、ひいては国のためにと、マイラは毎日勉強ばかりしていたというのに。


 婚約者の王太子は努力をおこたりながら、優秀なマイラをねたみ、ないがしろにして側近と遊び回っていたと聞く。


 令嬢のかがみとたたえられたマイラは、いつしか悪女と呼ばれるようになっていた。


 マイラが変わったわけでは無い。周りが変わったのだ。魅了魔法の使い手によって、マイラは悪女だと洗脳されて。





 マイラは領地で過ごすうちに、感情が少しずつ出せるようになり、今では領地にいる使用人たちとも打ち解け、ロジータと姉妹のような関係を築いていると、ボリスの手紙に書かれていた。


 ボリスの手紙を読み終えた侯爵は安心し、もう大丈夫だと、涙があふれる目に手を当てた。




 傷ついた心が癒やされてきた矢先に、マイラが行方不明になった。どうか無事でいてほしい。侯爵は祈る思いでフレーデリックの訪れを待つ。








 時はさかのぼり、午後一時。

 マイラは紅茶を飲み終え、カップの水分を拭き取り、バスケットにしまう。顔を上げ、目を閉じて風を感じていると、鼻と口をふさがれた。


「!?」


 急に視界がぼやける。マイラは声を上げることもできず、意識が遠のいた。

 気を失ったマイラを、男が鼻と口を塞いだ体勢のまま、マイラと男の姿が消えた。





「いいトコのねーちゃんは、警戒心が無くて、サクサク仕事がはかどるからいいねぇ。今回も楽な仕事だったぜ」


 マイラを拐った男はニヤリと笑う。気を失ったマイラは拐われたことを知らない。

 男はマイラを後ろ手で手首をひもで縛り、仕事をやり終えたと、満足そうに酒を飲み始めた。





「ここ……は……?」


 薬が切れて意識がハッキリしてきたマイラは辺りを見回す。どうやら小屋らしき建物のなかにいるらしい。


(森の奥に、狩りで疲れたら休める小屋があると、聞いたことがあるわ。ここがその小屋なのかしら?)


 そう考えながら、何かを忘れている気がして……思い出した。


「ちょっ! どうして私は小屋のなかにいるのぉ!? 花畑にいたよねぇ? ロジータはどこ?」


 自分はロジータと花畑にいたはず。なぜ小屋にいるのか驚いて、声を張り上げた。

 小屋の奥でガタンと音がした。


「うぉっ、ビックリした! ねーちゃん、いきなり大声を出すなや。驚かすンじゃねーよ」

「え? 誰かいるの? ねぇ、どうして私は縛られているの? 何で小屋にいるのよ!」


 ドカドカと荒っぽい足音が響き、床に振動が伝わり、誰かが近づいてくるのがわかる。マイラの目の前に一人の男が現れた。


「なんでェ、もう、薬が切れちまったか」


 男は面倒くさそうに呟き、マイラを見下ろす。アッシュグレイの髪色にコルク色の瞳、酒でも飲んだのか、顔が赤く染まり、目がトロンとしている。右手にウイスキーのビンを持ち、マイラの前で一口飲む。


「プハァ〜、ねーちゃんは元気だなァ。ご令嬢つったら、怖がって震えてンのが普通だけどなァ?」

「ねぇ、私が小屋ここにいるのはどうして?」

「あ? そりゃーよぅ、ねーちゃんが欲しいっつーお方がおってな、俺様に依頼してきたんでさー、ちょいとさらってきたっつーわけ。傷一つつけんなって、言われてるっからよ、ベッド用意して、そこに転がしてやったンだ」


 確かにマイラはベッドらしいモノの上にいた。ちょいと拐ってきたという言葉が頭のなかで何回も繰り返される。


「・・・・・・もしかして私、誘拐されたの?」


 目を見開き、拐ったと言う男に問う。


「あ? だからさっき……」

「どうして私が誘拐されなきゃならないの? 私、何も悪いことしてないじゃない」

「だー! もー! 話を聞かねェねーちゃんだなァ、おい」


 男はいらだたしげに頭を掻きむしり、ため息をついた。

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