第39話 つばめの知らせ

「マイラ? マイラぁー!!」


 ロジータは大声でマイラを呼ぶ。呼べば返ってくる返事が、ない。

 ロジータは心細い思いでマイラの名を呼び続けた。





 書斎の窓を開け、書類整理をしていたボリスは、娘が妹の名を何度も呼んでいる声を拾った。

 今にも泣きそうな声で、妹を呼ぶ娘を不審に思い、ボリスは書斎を飛び出していく。


 慌ただしく階段をかけ降り、エントランスを走り、荒々しく玄関の扉を開け、外に出て娘の姿を求めて走り出した。


 ロジータは敷布の近くにいて、マイラを呼んでいる。


「ロジータ!」


 名前を呼ばれてロジータは振り向く。父が血相を変えて走ってくる。


「お父様」


 ボリスはロジータの元へ駆けつけ、何があったのか、聞き出そうとした瞬間、安心したのかロジータは声を上げて泣き出してしまった。


 ロジータをしっかり抱きしめ、安心させるように背中をトントンと一定のリズムで優しく叩く。


「ロジータ、どうしたのかな? 何があったか、言えるかい?」


 ボリスは穏やかな眼差しでロジータを見つめ、優しく問いかける。


 自分の焦りを娘に気付かれないように細心の注意を払う。ロジータは無邪気な性格だが、勘が鋭く、驚かされることがある。


「マイラがいなくなっちゃったの。さっきまで、ここに座っていたの!」


 ロジータが指をさした先には敷布とバスケットが置かれている。


「目が合って、手を振って、お花を摘んで振り返ったら……マイラが……消えて……」


 ロジータはボリスに説明しながらポロポロと涙をこぼす。ボリスは辺りを見渡したが、花畑には自分たち以外の気配は感じない。


 ボリスはロジータを抱き上げ、屋敷へときびすを返す。慌ただしく飛び出した夫の姿に、心配になったリリーは玄関でボリスの帰りを待っている。


 ボリスがロジータを抱き上げて帰ってきた。


「ロジータを頼む」


 ロジータをリリーに託し、ボリスは外に出て、使用人を集め、花畑の周辺を捜す。


 花畑の近くには森があるが、動物が入れないように高い壁が築かれている。


 鹿ですら飛び越えられない高さの壁だ。人間が壁を乗り越えようとすれば、跡が残るはずだ。


 壁には触れられたような跡はない。いったいマイラは何処へ行ってしまったのだろう? 


 マイラが自分から屋敷を出ていくはずがない。なら、不逞ふていやからかどわかされたのか? そうだとしても、マイラや犯人の姿を目撃した者がいない。


 ロジータの証言で思い当たるのは、魔法でさらわれた可能性だ。


「皆は、もう少し捜してほしい。俺は王都にいる父上に知らせてくる」

「はい、若旦那様」


 ボリスは屋敷へと走っていった。屋敷に戻り、そのまま書斎へ入る。


 便箋にマイラが行方不明になったとつづり、封筒に蝋を垂らし、カレンベルク家のシーリングスタンプを押す。


 封筒に指を当て、呪文を唱えると、封筒がつばめに姿を変えた。ボリスはつばめを指に乗せ、窓際に移動する。


「父上に知らせてくれ」


 つばめを送り出すように窓の外に手を出すと、つばめはスイッと王都を目指し飛んでいった。


 王都にあるカレンベルク邸につばめが飛来し、フィーフィーと鳴く。

 つばめに宿るボリスの魔力を感じ、つばめの存在に気付いた侯爵は窓を開けると、侯爵の手のひらにつばめが乗り、封筒に戻る。


 侯爵は開封し、便箋に書かれた文字を読み進めるうちに顔が真っ青になった。




 愛しい一人娘が行方不明になった。侯爵は激しい動悸に見舞われ、思わず机に手をついた。

 

 どうしたらいいのだろう。動悸と焦り、心配で、頭がうまく働かない。

 うわ言のようにどうすればと、何度も呟き、部屋のなかをグルグルと歩き回る。


 侯爵は何かひらめいたようで、目を輝かせ、歩き回っていた足をとめたが、すぐに顔を曇らせる。


 侯爵の閃きは、フレーデリックに協力を仰ぎ、マイラを捜し出してもらうことだった。


 フレーデリックは王子であると同時に魔導師でもある。ケッセルリング王国の魔導師団長も一目置く、最強の魔導師だ。


 フレーデリックがファーレンホルスト王国に帰国しなかったら、最年少で師団長に任命されていただろうと、噂される程だった。


 フレーデリックに頼りたいが……侯爵は苦虫を噛み潰したように眉間にシワを寄せた。


 マイラに会うために、九回目の面会を申し入れたが却下された。

 頭に血が登った侯爵は国王に、私たちの娘を連れて帰る。もう、娘だけは王族と関わらせたくないと、きっぱり言い切ってしまった。


 言い切ってしまった手前、マイラ絡みで国王やフレーデリックに合わせる顔がない。


 プライドより、大切な娘のために謝罪をしたい。爵位を息子に譲り、隠居する覚悟もある。領地の一部を国王に献上してもいい。

 国王は許してくれるだろうか? 


 国王に歯向かった自覚はある。国王は記憶を失くしたマイラを善意で保護をしてくれただけだったというのに……。 


 ここでぐずぐず考えていても仕方がない。フレーデリックに協力してもらわなければ、マイラがどうなるのか、考えるのも恐ろしい。


 侯爵は執事を呼び、すぐさま馬車を用意するように命じる。自身は登城するために着替え、玄関で馬車を待つ。


 午後二時。

 侯爵はすがる思いで馬車に乗り、王宮へ向かった。

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